No.45 真に信頼できるもの(前編)

 最後の悪あがき――だが、これ以上ないほど効果的な悪あがきでもあった。


「フユちゃん……!」


 デブリに捕らわれたフユを目にし、アキは悔やむ。

 フユが手にした『超科学収納ボックス』から鬼デブリをアキへとけしかけたのは事実だし、その後フユは行方を晦ませていた。

 どういう理由があったのか聞きたい気持ちはあったが、巨大デブリが出現していたのはわかっていたのでハルの方を優先せざるを得なかった――そしてその選択は状況を考えれば『正解』だったと言えるだろう。

 フユの行方を気にしていないわけではなかったが、まさかここで新たな人質として現れるとは思っていなかったため、対応が遅れた。


(……すぐに動けていたら……!)


 アキの戦闘力ならば、たとえフユが人質に取られていたとしてもデブリが出現した瞬間に襲い掛かって解放することができたはずだ。

 しかし、心配していたフユがデブリに捕まっていると認識した瞬間に、アキは足を止めてしまった。

 ……何も考えることなく自分が動いていれば良かった。表情に出さずに内心でそう後悔している。


(ハル君、ナツちゃん……どうすれば……!?)


 アキも並行世界のハルであることには変わりはない。

 その世界における天才なのは間違いないだろう。

 けれどもあくまでも『その世界において』であり、アキの世界は腕力がモノを言う世界だ。

 彼女の天才性は単純な『戦闘』において発揮される。

 だから、こういった人質が絡んだり裏で思惑が絡み合うような複雑な『戦場』では、意外なことに余り頼りにならない面もある――そしてそれは彼女自身も自覚している。

 思わずどうすればよいか、自分たちのチームの『頭脳』である二人へと無言で視線を送ると……。


(……? 二人とも、落ち着いているわね……?)


 意外なことに、ハルもナツもフユが人質として捕らわれていることについては何とも思っていないようだった。

 それはフユを見捨てることを選択したというわけでもなく、『何の問題もない』と思っているようにアキには感じられる。


(うぅ、『つーしんき通信機』を拾っておくべきだったかしら~?)


 鬼デブリとの戦闘時に落とした『超科学脳波通信機』は未回収のままだ。

 もしあれがあれば、ハルたちが今何を考えているのか、アキはどう行動すべきなのか相談することもできたのだが……そのような時間はなかったし、どこにあるかを探す術もなかったので仕方のないことである。


(――と、とにかく……私はいつでも動けるようにしておくしかないですね~……)


 下手に動けばハルたちの『考え』を台無しにしてしまうかもしれない。

 自らの役割をしっかりと認識しているアキは、これ以上のミスを重ねないためにもハルたちの『考え』に全てを委ね――いつでも攻撃できるように機を窺う。




 一方、アキからしてみれば落ち着いてみているハルとナツだったが、驚いていることには変わりはない。

 ただ違うのは、コハルに対して付け入る隙を与えないように驚きを隠していることと――


「……やっぱり、のね……!」


 相手側の最後の一手についての確信を得られたこととそれに対する怒りを押し込めていたからに他ならない。


「そういうことか」


 短いナツの言葉だけでハルも理解した。

 フユこそがコハルやN世界の風見デブリに情報を流していた『内通者』だったということに。

 ハルたちの内内の会話をコハルが盗み聞くことは難しいため、『そういうものなんだろう』で流していたが、フユから聞き出していたというのであれば納得だ。

 N風見デブリならば、事前に――ナツが単独でハルを救出しに向かっていたあの日にフユに接触することが出来るし、超科学アイテムをこっそりと渡すことも可能である。

 ハルたちの推測でしかないが、おそらくN風見デブリはフユに対してこう脅迫していたのだろう。




『ハルとナツの妨害を上手くやらなければ、再びF世界へと戻す』




 と。

 フユにとってF世界は『懐かしきわが世界』などではない。

 二度と帰りたくない『地獄』以外の何物でもないのだ。

 N風見デブリの言葉の真贋を確かめる術はフユにはない。

 だから、恐怖に縛られ言いなりになる――それ以外に道はなかったのだ。


(……そういえば、4人揃っていた時に、N世界の風見さんがをしていたな……くそっ、あの時気付けていれば……!)


 ハルは思い出す。

 N世界で4人が揃い、H世界へと戻ろうとする直前――展望ラウンジでの出来事だ。

 N良樹がハルへと詰め寄ってきた時、N風見はなぜかその時にフユへと近づいて何事か話しかけていた。

 ……おそらくその時に、幾つか指示を与えていたのだろう。もしかしたら、アキと共に手渡した『超科学収納ボックス』以外のアイテムを与えていたのかもしれない。

 もっとも、その時点で全てに気付くというのは無理があったのはわかっているが……。




「さぁ、フユ! もう一度『ボックス』を開きなさい!」

「…………ぅぅ……」


 フユの手に握られていたのは、N風見に渡されていたのとは別の『超科学収納ボックス』――アキへと鬼デブリを放った時と同じものであった。


「あ、あの箱は……!」


 アキには当然見覚えがある。

 この場で鬼デブリが現れたとしてもアキが相手にすることは出来るが、そうなるとハルとナツをデブリから守ることもフユを解放することもできなくなる。

 ……その隙をコハルが狙っていることは明白だ。

 ハルたちはボックス内に鬼デブリが隠されていることを知らないはずだ。


「――フユ、?」


(……?)


 警告しようとしたアキが口を噤んだ。

 動揺することもなく、ハルは捕まっているフユへとそう声を掛ける。

 その意図が一瞬わからずアキは混乱するが――


「………………」


 今にも消えそうな小声でフユは顔を伏せながらそう応えた。

 ――その答えを聞いて、アキもハルの意図を理解する。おそらく、ナツも同様だろう。

 理解していないのはコハルだけだ。


「チッ……早くしなさい!」

「……っ」


 イラついたコハルがせっつくとデブリがフユの身体を締め付けているのだろう、苦しそうにフユが顔を歪め……震える手でボックスの蓋に手を掛ける。

 ――その一瞬、フユの何かを訴えかけるような視線がハルへと向けられ……。


「大丈夫だ、俺たちに任せろ、フユ」


 ハルが笑みを浮かべる。

 ……彼の笑みの意味を、きっとフユも理解したに違いない。

 表情はあまり動いていないが――少なくとも先ほどのように手の震えはなく、真っすぐにハルたちへと視線を向けながらボックスを開く。

 そこから黒い泥が溢れ出し……やはり『鬼』の姿のデブリと化す。

 大きさはショッピングモール内でアキが戦ったものよりも一回り大きい。

 もし普通に襲い掛かって来たとしたら、人間なぞ腕の一振りでバラバラになるくらいの脅威であろう。




 ――これこそが最後の障害。コハルたちデブリが用意した、最後の『切り札』なのは間違いない。

 人間には対抗することのできない圧倒的戦闘力を持つ生物のデブリを呼び出し、とにかく最終目的である『ハルの殺害』のみを達成する。

 ……切り札ではあるが、なりふり構わない文字通りの『最終手段』ではある。

 フユを人質としつつ最強の鬼デブリでハルたちを始末する――それがコハルたちの最終手段だったのだ。

 鬼デブリを単発で出しただけならばアキが対処できるが、アキであっても瞬殺することは難しいレベルの相手であれば時間稼ぎは出来る。

 そのための要となるのがフユという人質なのだ。

 しかも、フユを拘束しているのがデブリであれば、そう簡単には解放することはできない。

 ……これもまた文字通りの『悪あがき』でしかないが、それでも『ハルの殺害』という目的を達成することは十分に可能な悪あがきではある。







 コハルたちデブリと、ハルたちとの最後の戦いは僅かな時間で終わることとなる――長時間戦うことに、互いに意味はないためだ。

 ハルという『特異点』を巡る一連の事件の結末は、この戦いの結果に委ねられることとなる。

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