No.49 真心と過ちと優しさ ~ハルとコハルの世界

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「ん……あれ? 俺、寝てた……?」


 諸星良樹が目を覚ました時、自分がそれまで何をしていたのかすぐには思い出せなかった。

 彼がいるのは、ショッピングモールに併設されている小さな公園、そのベンチの上である。

 隣座って眠っているのは、彼の恋人である風見真理――


(あれ? えーっと、今日は確か真理と出かけようとして……? あれ??)


 朝方にハルと偶然出会ったことまでは覚えている。

 しかし、そこから先の記憶がかなり曖昧だ。


「ぅ、ん……?」

「あ、真理……」


 そうこうしているうちに、隣で眠っていた真理も目を覚ます。

 ――そこで初めて良樹は気付く。

 休日のショッピングモール脇の公園だというのに、人気がほとんどないということを。


「あれ……? 私たち、一体……?」


 寝起きというのを差し引いても、真理も良樹同様に記憶が曖昧なようだった。




 目覚めた二人は当初は記憶が曖昧だったものの、互いに話していくうちに段々ときた。




「……ついてないよなぁ。なんてさ」

「ふふ、そうね。でも、こうしてのんびりするのも……悪くなかったかな」


 付き合って数か月。

 ――と男として決意を固めていた良樹としては少々がっくりとくる結末ではあったが……。


(……まぁ悪くはないよな、うん。まぁ……多分?)


 若干記憶は曖昧だが、停電により電車が止まってしまったため地元を二人で歩くだけのデート。

 そして、歩き疲れて公園で喋っている間にうたた寝をしてしまう……。

 望んでいた結果には到達できなかったものの、これもまた青春アオハルだなと良樹は半ば無理矢理納得するのであった。


「そろそろ帰りましょうか、日も傾いてきたようですし」

「あ、ああ。そうだな……」


 妙にお腹も空いているし、真理の言う通り日も傾いてきている。

 ハルとは違い、二人とも実家暮らしだ。高校生ともなればそれなりに自由度は増しているが、かといって休日にあまりに遅くなってしまっては今後に差し支えるだろう。

 ……諸々を呑み込み、良樹も真理の意見に同意し帰ろうとする。




 ――その時だった。




 にゃー。


「お、人懐っこい猫だなー」


 どこからか良樹と真理の元へと子猫がやってきて、良樹の足へと身体を摺り寄せる。

 特に動物が嫌いではない――むしろ結構好きな方――な良樹は屈みこみ、子猫を構う。


「……綺麗な柄ですね」

「だなー」


 その子猫は、まるで春に咲く桜のような――可憐な薄い桜色の毛並みをしていた。

 すりすりと積極的に良樹へとすり寄る猫は可愛い。

 二人はひとしきり子猫を構っていたが、やがて満足したのか子猫は、


 にゃーん。


 と一鳴きするとまたどこかへと走り去ってしまった。

 少し残念に思いながらも、二人とも家の都合でペットを飼うわけにもいかない。

 今時野良猫が街をうろついているとは思えない……首輪はなかったが、おそらくどこかの家で放し飼いにされている猫なのだろう、この近所ならばまたどこかで見掛けることもあるだろうと二人は割り切ることとした。




 そんなこんなで、二人は帰路につこうとしたのだが――


「…………。その、また今度――ね?」

「……っ!!!」


 こそっと真理が良樹にそう耳打ちし――良樹の頭は真っ白になるのであった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「……どうやら良樹たちも大丈夫みたいだな」


 良樹たちがいたすぐ近くの空間――一見すると誰もいないように見えるところから、安心したようなハルの言葉が聞こえて来た。


「うん。急だったけど……しね。『超科学催眠電波』もしっかり効いてるし、大丈夫だと思う」




 ――ハルたちはナツの出した超科学アイテム、『超科学迷彩装置』によって姿が見えないようにして良樹たちの傍に隠れていたのだ。

 別に良樹たちの傍である必要はなかったのだが、やはりハルの親友とその彼女ということもあって心配だったためだ。




 ……今回のショッピングモールを襲ったデブリたちの事件は、公になることはない。

 なぜならば、『超科学催眠電波』によって広範囲の事実を塗り替えたからだ。

 本来ならN世界からこのような干渉をすることはないのだが、事態が事態である。

 このまま放置していればH世界でもデブリの存在を認識し、色々とややこしいことになるかもしれない。

 そのため、ハルたちは急いでN世界へと赴き『責任者』に直談判して『超科学催眠電波』によって事実の塗り替えを行ってもらったのだった。


 塗り替えの内容は、『ショッピングモール内でガス漏れが発生して一時避難することになった』『運悪く停電が起こり電車が一時止まった』というものである。

 前者はデブリのことを隠すため、後者はデートを中断することとなった良樹たちを誤魔化すためだ、

 急ぎでもあったため『応急処置』程度でしかないため、後日あらためてN世界側できちんと事後処理をするということはハルが無理矢理約束させた。

 ……『デブリ』という存在が現れたのも、全てN世界が原因なのだから。それを、他の並行世界から害されてはマズい『特異点』が知っている、ということはN世界のいわゆる『偉い人』的には都合が悪いのには違いない。

 半ば脅迫ではあったが、特にハルは罪悪感は抱かなかった。ある意味で当然のことなのだから。


「……あんまり記憶弄ったりはしてほしくはないけど、まー今回はしょうがないか」

「うん。記憶と認識の改変だけだとアレだけど……今回は『今日のことは気にしない』っていう催眠もかけるから、影響は出ないと思う」

「N世界がそういうことできるっていう事実自体が怖いけどな――ま、こっちが余計なことしなければ、向こうもあまり干渉するつもりはなさそうだし……良しとしとくか」


 誰にも詳細な説明ができない以上、どこかで割り切りは必要だろう。そうハルは自分を納得させる。

 元より並行世界の整合性などどうでもよい。

 要は各世界に住む人間に被害が出なければいいのだから。

 ……ある意味で、ハルは正義の味方などではなく利己的な判断を下すだけの人間なのだと言える。そして、今回はそれでも全然かまわないと自覚もしていた。


 にゃー……。


「お、。どうだった?」


 にゃにゃー……なーう。


「……よくわからんが、まぁ怒ってるわけじゃなさそうだし……いいか」


 ふにゃー。


 桜色の子猫を『コハル』と呼び、ハルは笑いながら少し乱暴に撫で繰り回すのであった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ハルがコハルへと持ち掛けた『取引』の内容とは――




「コハル、

「…………は?」


 コハルを倒さず、だった。

 なぜそんなことを言うのか、言われたコハルの方は全く理解できていない。

 ナツたちも同様だが……ハルの続く言葉を待ち、口を挟むことはしない。


「さっきも言った通り、これは『取引』だ。

 お前の望み通り俺と入れ替わることは流石にできないが――お前をこのままこの世界に残してやる。

 そうすれば、……そういうことだ」

「ぁ……」


 彼の言葉に反応したのはフユ。

 そう、そもそもナツたちがH世界にやってきたのは、『デブリからハルを守るため』なのだ。

 原因たるデブリが残っているのであれば、そのままナツたち――特に危険感知能力を持つフユは最低でも残しておかなければハルの安全が確保できない。

 ハルは続ける。


「まぁ今のままの姿ってわけにはいかないから、別の姿に変えてもらう必要もあるが――できるよな?」

「……う、うん……」


 ハルが『コハル次第』と言ったのは、取引をするかどうかという点もあったがむしろこちらの方が大きい。

 ただ、ハルは『出来る』とほぼ確信していた。

 何しろ並行世界はなのだ。

 ならば、例えばH世界で『人間』の姿であるが、IF世界ロマニアの中には人間ではなく別の動物が霊長の主として君臨している世界もあるはずだ。

 仮に存在していないとしても、『ある』ということにしてしまえば存在できる――だからこそのIF世界なのだ。


「コハルさ……お前、良樹は当然のこととして、風見さんも傷つける気はなかっただろ? お前の中ではなんだよな?」

「……っ」


 痛いところを突かれた、と言わんばかりに露骨に視線を逸らすコハル。

 人質として良樹たちを捕らえたのはわかるが、もしもコハルの目的が良樹であるならば――その良樹の恋人である真理は邪魔者以外の何物でもないはず。

 なのに、コハルは真理を傷つけることはしなかった。

 だからハルは予想していたのだ。N世界でナツと真理が本来は友人であったように、IF世界でもコハルと真理が友人であるということに。


「正直さ? 俺だって『ちくしょー』と思うところはあったぜ?

 俺自身の問題ではあるけど、親友だと思ってた良樹に恋人ができて羨ましいってさ。

 けどよ――」


 そこで一旦言葉を区切り、優し気に笑みを浮かべてコハルへと真摯に向き合い続ける。


「それでも、親友の恋は応援したいって……そう思ったんだ、俺は。

 ――お前も本当はわかってたんだろ? だから、風見さんを傷つけたくなかった……だよな」

「……う、うぅ……」


 思い返せば、最初に現れた巨大デブリの動きは妙だった。

 アレが大暴れしていれば結末は変わったかもしれない――が、巨大デブリはそのような動きをすることはなく、むしろ無関係な人間を傷つけないようにしていたように思える。

 良樹たちを捕らえ、ハルを追いかけることしかしなかったのだ。

 それはコハルが本音では他の人間を傷つけるつもりはなかった……ハル以外には被害を極力出さないようにしていた、ということの証左ではないかとハルには思えた。

 他にも、というのも不自然だ。

 コハルがなりふり構わずハルを襲うつもりであれば、もっと他人に被害が出ても構わない……というように襲い掛かってきた方が良かったはずである。

 なのにそうしなかった――そのためにコハルは敗北したのだが――その理由は、ハルが推測した通りである。


「だからさ、お前を良樹の恋人にしてやることはできないけど……あいつの傍にいさせてやることはできる。

 ――どうだ? それで手を打たないか?

 お前は良樹の傍にいることができる、俺たちはフユを元の世界に返さないでも済む――そういう『取引』だ」


 ある意味では、悪魔の取引であろう。

 本当は危険のないコハルをそのまま残し、N世界側にはまだデブリが存在しているということにし、フユたちをH世界に残留させる理由を無理矢理作る。

 ……コハルの危険性のなさはすぐにバレるであろうが、その点についてもハルには確信があった。


「コハルがそのまま残るというのは、

「え? そんなのあるの!?」

「ああ」


 おそらくはハルとコハルしか知らない事実であろう。


「デブリ――いや、

 おそらくだが、基軸世界アクシスと違って不安定なためだろうな。同一人物のデブリは同じ世界にはいられないんだ。

 …………だからだろ? コハルの仲間に、ナツたちのデブリがいなかったのは」


 ――もしも、コハルの仲間にナツ、アキ、フユのデブリがいたとしたら。

 圧倒的戦闘力のアキをアキデブリが互角の力で抑え込み、その間に有象無象のデブリがハルを襲う……ということもできただろう。

 それをしなかったのではない、できなかったのだ、とハルは見抜いていた。

 未観測の不安定な存在故に、同じ人物のデブリ同士は衝突しあうか、最悪の場合は対消滅してしまうのかもしれない。どうなるのかまではハルにもわからなかったが、少なくともハルとナツたちのような無条件の絶対的信頼に基づいた協力関係にはならず、存在できたとしても互いに自分の利を追求しあって対立することになっていた可能性が高いとは思っている。

 項垂れたコハルの様子が、ハルの予想がほぼ正しいことを裏付けていた。


「つまり、コハルがこの世界にいる限り、別のデブリが俺を狙うということがない……ってわけだ」


 少なくとも、ハルのデブリに関してはコハルがいる限り出現することはできないだろう。

 その他の有象無象のデブリについては、散々考えてきた通り『特異点』であってもハルを明確に狙う理由がない。

 コハルが残るということは、ハルの安全を確保する上でこれ以上ないほど有効な手なのだ。

 そして『コハルが悪さをしないか監視する』という名目の元、フユもこのままH世界に残せる。

 ……ナツとアキについてはついでではあるが、本人たちの希望次第だろう。


「さぁ、『取引』を飲むか?

 ……結構強引だが、これが一番丸く収まる方法だと思うぞ?」




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 結局、コハルもナツたちもハルの『取引』――実質『提案』を受け入れることとした。

 出てしまった被害者については悪く思うものの、コハル自身も気を遣っていたこともあり怪我人は出ていないはずだ。

 巨大デブリは目撃されてしまっているが、これも『超科学催眠電波』などN世界の科学力で誤魔化すことはまだできる……そもそもコハルを生み出した元凶がN世界側なのだ、そのくらいのフォローはさせても罰は当たるまいとハルは考えている。


 コハルはハルの指示により、『人間以外の生物になっているIF世界』から新しい姿へと変わった。

 それが桜色の子猫――人間ではなく猫妖精ケット・シーが主流となっているIF世界の身体である。

 子猫の姿でH世界に滞在し、良樹に可愛がってもらえればそれで良い。そうコハルも割り切ることとした。


「あとは、フユたちについてN世界側と交渉するだけだな」

「うん。まぁそこはどうにかするわよ、N世界の責任だと思うしね」


 コハルのことを強制的に排除しようとする可能性はゼロではないが、ハル以外の同一人物が出会ってしまうことを考えればなかなか踏ん切りがつかないだろう。

 その間にハルたちの生活を安定させてしまえば、N世界側から干渉することは難しくなり放置してくれるのでは……と期待している。おそらくは、ハルの読み通りに動いてくれるとは思っているが。


「あー……最後の最後に厄介な問題が残ってた」

「あら? まだ何かあるかしら~?」

「…………金、どうすっかなー……」


 忘れていたわけではないが、そこに関しては完全にノープランだったことを思い出しハルは頭を抱える。

 ある意味で、デブリよりもよほど厄介な、最大の問題だ。


「……私のご飯も忘れないで欲しい……にゃ」

「くっ、お前もかコハル……」


 普段は子猫の振りをしているが、実態はただの猫ではなくケット・シーだ。コハルも喋ることができるし、当然食事をする必要もある。

 コハルをこの世界に残し、更に猫の振りをしてもらうという不便を課しているのだ。

 ペット……というわけではないが、ある程度世話をしてやるのは義務の内だろう。


(バイトするしかないかなー……いや、でもそうすると親にも説明しなければならないし……)


 デブリとの問題は解決したが、更なる問題に頭を悩ませることとなってしまった。

 が、これも自分で選んだ結果だ。

 コハルの願いを叶え、フユを助ける。その選択はハル自身が『最良』と信じたものである。


「――ま、何とかなるわよ。私たちだっているんだし、ね?」

「えっと~……せ、節約とかならわたしが何とかするわ~」

「……フユも、がんばる……」

「ま、そんな高級なエサは望んでないにゃ」

「お前ら……」


 最後のコハルはともかくとして、ナツたちもこの生活を続けるためにそれぞれのやれることをやる気でいるようだ。


「そうだな。ま、何とかするさ」


 この世界で最も信頼できる『自分自身』が複数人いるのだ。

 きっと今度の困難も解決できる――そう信じ、ハルは笑みを見せるのであった。

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