PART 6 : What a Heartful World

No.43 真・真相

「残念だったわね! あなたの『計画』はもう終わりよ!」


 びしっと指をコハルへと突きつけ、ナツは高らかに宣言する。

 それに怯むことはないが、忌々し気にコハルは顔を歪め舌打ちし応える。


「ナツ……もういい。いいんだ……」


 自分の方こそが偽物だと気付いたハルは力なく言う。

 自分が消え、あるべき姿へと世界を戻す――そうすれば、他の誰も傷つくことなく今回の件を終わらせることができる、そう思って。

 しかし……。


「? 何がもういいのよ? デブリの親玉――今回の黒幕がここにいるんだよ? もう一息で解決じゃない!」


 ナツはハルの知った事実を知らないのだ。

 ハルを守る『価値』などないということに。

 と、『あー……』と何か納得したようにナツは頷く。


「ハル、どうせそこのデブリに『お前の方が偽物だ』とか言われて信じちゃったんでしょ?」

「うっ……」


 その通りなので反論できず言葉に詰まる。

 呆れたように、しかし決してバカにするつもりはないと示すように、大げさにナツはため息を吐いてみせる。


「ハルらしくもないわね~。じゃない」

「……何がだよ……?」

「当然、どっちが本当のデブリか、よ」


 言いながら、再び視線をコハルへと向けるナツ。


「――って言っても、わたしは外から色々と見て来たからわかってるだけなんだけどねー。

 そうそう、ハルのデブリ。あんたのはもう退治し終わってるわよ!」

「くっ……」

「そのおかげで真相が見えたってだけなんだけどね。

 ……ねぇ、ハル。あの巨大デブリが人質に取っているマリちゃんと諸星君――なんでだと思った?」

「! それは――」


 ハルは自分が何を考えていたのかを思い返す。

 人質を取って見せ、その後すぐに襲い掛かってこなかった巨大デブリを見て、ハルはある理由から『勝ちの目』があることを推測した。

 そのある理由とは――







 ハルが女だった世界では、良樹とおそらくは深い仲なのである。

 だから傷つけられない。

 風見真理が一緒に人質に取られているのは一緒にいたから……という理由もあるが、おそらくそれだけではない。

 コハルが良樹に抱いている想いがハルの予想通りだとすれば、風見真理は要するに『憎き恋敵』なのである。

 だから人質にしている――これもおそらく、ハルと一緒に始末するために。






 というのがハルの考えた理由であり、『勝ちの目』だ。

 少なくとも良樹を傷つけることはないだろうし、ハルが倒れない限りは風見真理の身の安全も保証されるはず――ここに関しては不確定要素と言えなくもないが。

 ハルとしてはとにかく時間を稼ぎ、アキたちと合流できるまで逃げ続けていればいずれ勝てる、そう思っていたのだ。




 そして、ここまで思い出してハルは違和感に気付く。


「…………あれ?」


 その違和感はなぜ見過ごしていたのか、と自分自身を問い詰めたいくらいの大きな違和感だった。

 ハルが気付いたことに気付いたのだろう、ナツが笑みを浮かべコハルが悔しそうな顔で俯く。


「そう、ハルが偽物のわけがないし、あの――わたしそっくりのデブリの方が本物なんてこともない。

 だって、……もの」


 例えどんな並行世界であろうと、どんな理由であろうと。

 ハルたちは異性に対して尋常ではない拒否反応を示すのだ。

 だからコハルが良樹に対して好意を抱いていたとしたら、それは他にどんな論理があろうとも『コハルはIF世界の存在ロマニアである』という突き崩せない証拠となる。

 それほど、彼らの異性嫌いの根は深い。

 容姿、性格、生い立ち……性別含めありとあらゆる点で異なる並行世界において、理屈では説明のつかない『見えない軸』として存在する強固な事実。

 薄っぺらい『真相』を容赦なく打ち砕く『事実』なのである。


「よってハルが本物、あっちが偽物で確定。

 なんでハルが『特異点』なのかっていう謎は残ってるけど、わ」

「どうでもいいって、おまえ……」

「しょうがないじゃない。科学でも説明のつかないことなんだもん。そういうことだってある、と思っておくしかないわよ……今のところはね」


 意外と超科学の世界もファジーなのである。


。だから来るのがちょっと遅くなっちゃったんだけど……間に合って本当に良かった。

 後は、この世界にデブリを呼びだしていた元凶――こいつを倒して終わりよ!」


 ナツは再度そう宣言する。

 迷いなく宣言するその姿を見て、ハルも奮い立つ。

 ナツの言った根拠の方がコハルの言葉よりもハルにとっては説得力があった。

 理屈を超えた確信が、彼女の言葉にはある。


「――ああ。そうだな……!」


 ハルも立ち上がり、コハルと巨大デブリへと改めて向き直る。

 一方のコハルは自分の『計画』が全て崩れ去ろうとしていることを悟り、怒りと憎悪を隠すことなくハルたちへと向ける。


「まだよ……! まだ終わってない……!! ハル――あんたさえ殺せば……!!!」


 最後の悪あがきをしようと、コハルが巨大デブリへと合図を送る――

 護身用アイテムしか持っていないハルと、超科学アイテムを持っているとはいえ戦闘力のないナツならば巨大デブリの物量で押せば何とかなる。

 あるいは、いざとなれば人質で脅せば――そうコハルは考えている。

 ハルたちもまた、ここで良樹たちの身を脅かされれば苦しくなることはわかっている。

 だからここからの戦いは、ハルの身の安全を守りつつ人質を迅速に救出できるかにかかっている……そう3人とも考えていた。







「あら~? 捕まってる子がいるわねぇ~。助けておきますねぇ~」






 ……しかし、戦いにはならなかった。


「…………は?」


 動こうとした巨大デブリは、結局その場から一歩も動くことなく。

 天から降り注いだ『弾丸』によって頭頂部から真っ二つに断ち割られ、あっさりと消滅していった。


「アキ姉! 良かった、間に合った!」

「アキさん……!」


 どのような道を辿って来たのであろうか。

 ともかく、巨大デブリの頭上から勢いよく飛び蹴りを放ち両断、捕まっていた二人を抱えて現れたのは連絡がつかなくなっていたアキであった。


「こ、こんな……バカな……」


 コハルが愕然とした表情をしている。

 まず間違いなく、たった今目の前で瞬殺された巨大デブリこそが彼女の『切り札』だったのだろう。

 その『切り札』は失われ、人質も救助されてしまった。

 もはや勝敗は明らかだ。




「ふふん♪ これで終わりね!」

「くそっ……くそっ!!」


 ナツの勝ち誇った声に、コハルは呪詛を呟く以外にないのであった。

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