No.42 真相

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「――ッ!?」


 異変に気付いたのは偽ナツ――『ハルのデブリ』が先だった。

 と同時に、床に倒れ込もうとしていたハルが手をつき、ハルデブリから離れるように転がり、そして立ち上がる。


「危ないところだった……」

「……くっ、ナツの仕業ね……!」

「ああ。備えあれば憂いなし、ってな」


 刺されたはずの腹部を軽く叩き、ハルが力無く笑う。




 ハルデブリの持つナイフには、

 今思えば手応えも少しおかしかったように思う――とは言え、ハルデブリでも人を刺したことなどないので本当の手応えなどわかるわけがないのだが。

 ハルも刺された衝撃はあったものの、傷一つついていない。

 その秘密は、ハルが服の下に着こんだシャツ――『超科学防護シャツ』のおかげだった。


 ――「えーっと……一応護身用のアイテムとかあるけど……いる?」

 ――「あ、ああ……一応くれ。一応、な」


 以前、ナツにハルが護身用アイテムをもらった時に渡されたアイテムの一つだ。

 ハルがいざという時に一人でも戦えるように『武器』を渡すという考えもあったのだが、それよりも『生存』を優先したためである。

 とにかくデブリに殺されず生き残ること、ひいては『逃げ延びる』ことを最優先とする――生きてさえいれば、いずれアキたちと合流してデブリを排除することができる、それがハルとナツの出した考えだ。

 下手に武器を手にしてしまえば、『戦う』ということを選択してしまうかもしれない。

 戦ってしまえば、どうしてもデブリに傷つけられる確率が高まってしまうし、油断していなかったとしても何が起こるかわからない。

 何よりもハルは武道にも通じているとはいえ、戦いに関しては素人だ。

 素人の生兵法は恐ろしい。

 そのことをハルはよくわかっていたため、戦いよりも生存。防御と逃走に特化した護身アイテムをナツから借り受けたのである。


 『超科学防護シャツ』は、その名の通りのシャツの形状をしておりインナーとしてどんな服装にでも合わせて着込むことができる。

 その上、N世界の超科学で作られているのだ。防刃・防弾・耐火・耐水・耐衝撃etc……あらゆるダメージを防ぐことが可能な万能防護服であると言える。

 もちろんシャツに覆われていない部分を攻撃されれば意味はなさないが、重要な内臓の詰まっている上に守らなければならない面積の広い胴体部分さえ守れれば良いという考えだ。

 まさかデブリに殴られたりするのではなく、ナイフで刺されることになるとはハルも想像していなかったが……。




「……お前は俺のデブリ――『四季嶋春人が女性だったとしたらの世界』から来たヤツだな……?」


 ハルデブリがすぐに襲って来れない程度の距離を開け、巨大デブリの動きに注意しつつハルがそう問いかける。

 巨大デブリはこちらを見下ろしているものの、すぐに襲い掛かってくる様子はない。

 ……

 最初の不意打ちが失敗した時点で、追い詰められている状況に変わりはないものの『勝ちの目』が見えて来たことにハルは内心で笑みを浮かべる。

 まだ油断できる状況ではないが――


「――

「……なに?」


 だが、ハルデブリの返答はハルの予想とは異なるものだった。

 ハルデブリの表情がすっと消え、底知れぬ……感情の窺えない暗い目がハルを見つめている。

 無感情なのではない。

 様々な感情が入り混じりすぎて逆に何も見えない――濁りきった底なし沼のような、混沌がそこにあるのをハルは感じていた。


「わたしがデブリなんじゃない。

 四季嶋春人――

「……っ!?」


 ハルデブリの言葉が一瞬理解できなかった。

 彼女ではなくハルの方がデブリ――IF世界の存在ロマニアである、そう言っているのはわかる。言葉通りだ。

 しかし、それを素直に呑み込むことができないし頭に入ってこない。

 そんな混乱しているハルに向けて、彼女は続ける。


「あんたが『特異点』だというのは合ってるわ。

 でも、? ……答えは簡単。――これだけの話よ」

「……」

「つまり、本来あるべき世界……わたし――四季嶋心春こはるの世界が本来の並行世界なのに、N世界は間違えて四季嶋春人の世界……『四季嶋心春が男だった場合の世界』を観測し基軸世界アクシスとしてしまった。

 それが『真相』。

 だからわたしじゃなくてあなたの方が……いや、この世界そのものがデブリなのよ」

「バカな……そんなはず……!」


 ハルデブリ――コハルの言っていることは理解できる。

 ただし、それが正しいかどうかはハルに判断することはできない。判断材料が何もない。

 そんなハルの内心を見越してコハルは『根拠』を突きつける。


「あなたにしろわたしにしろ、全世界に影響を与えるような大層な人間だと思う? そこまで傲慢になれる?

 ……ならないわよね?」


 確かに様々な面で他人より優れた能力を発揮しているものの、だからと言ってハルは思いあがることはない。

 親に金を出してもらわなければ生活もままならず、学校でも友人のいない孤独には耐えられない。

 ちょっと人より秀でたものは持っているが、所詮はただの少年――自分が『神に選ばれた特別な人間』とかそういう思い上がりは一度も持ったことはない。

 ……むしろ、生活に支障をきたし、家族と離れ離れになって暮らさなければならないくらいの『欠陥』を抱えているとまで思っている。

 長所も短所もある、『普通の人間』だ。そうハルは自分のことを評価している。


「そんな普通の人間が、たまたま『特異点』となった? そんなわけないじゃん。

 あなたが『特異点』となる理由――特別な理由がない。

 だったらなぜ『特異点』なのか?

 ……そう、さっき言った通りN世界が観測する世界を間違えたから。それ以外にないわ」

「…………なら、おまえの目的は――」


 今まで色々と考えて来た中で、最後の最後まで不明……というか『犯人』がわからなかったため解明のしようがなかった謎が一つある。

 だ。

 ハルが『特異点』だとして、なぜデブリを以て害そうとするのか。ハルを殺害する動機がわからなかった。

 コハルの姿を見て大体のことを察したとは言え、『答え合わせ』は――自分が死ぬ前に真相を知っておきたい。そうハルは思ってしまったが故に問いかけた。

 ハルの言葉に笑みを浮かべつつ、コハルが左手を巨大デブリに向かって振る。

 それが指示だったのだろう、ずっと動かず見下ろしていた巨大デブリが良樹たちを掴んだままハルへとにじり寄ろうとする。


「わたしの目的はただ一つ。

 並行世界の『特異点』であるあなたを消し、この世界をあるべき形へ戻すこと。それだけよ」


 かつてナツは言った。

 『特異点』であるハルが消えた場合、並行世界がどうなるかは全くの不明だと。

 何も起きないかもしれないし、全ての並行世界が崩壊するかもしれない。

 あるいは、IF世界ロマニアに侵食されるのかもしれない。

 N世界の科学力をもってしてもわからない、と。

 しかし、コハルは確信しているようだ。

 だからハルを殺してH世界をコハルの世界に戻そうとしている。


(…………俺の方が偽物、なのか……)


 コハルの突きつけた『根拠』が絶対的に正しいとまでは思えない。『神に選ばれた人間』のようなものではないとは思うが、それでも何らかの偶然でそうなっているという可能性は捨てきれない。

 なのにハルは納得してしまった。

 自分が間違った存在――偽物だからこそ、デブリを呼びよせてしまうのだと。

 デブリの襲撃に無関係な人々を巻き込んでしまっているのだと。

 ……『真相」を知ることもなく、最初のナイフに貫かれてしまった方が良かった――そんなことまでも。


「……」

「わかったみたいね?

 それじゃ、アキが足止めされているうちに終わらせましょうか」


 どうやらアキがこの場に来ないのもコハルの仕込みだったらしい、とぼんやりした頭でハルは理解する。

 全てコハルの計画通りだったのだ。

 ナツがいない隙を狙い、アキたちを足止めし、孤立したハルを仕留める。

 それこそがコハルの計画――




 俯き、動かなくなったハルへと巨大デブリが迫る。

 いかに『超科学防護シャツ』を着ていたとしても、全身を叩き潰せるほどの巨体の攻撃は防げない。

 振りかぶった拳がハルへと無慈悲に叩きつけられ、コハルの計画通りにH世界は崩壊し『コハルの世界』へと上書きされる――







「超科学フラッーーーシュッ!!!」




 周囲を眩い光が覆う。


「!? チッ……」


 光に晒された巨大デブリの拳は、まるでそもそも存在しなかったかのように消失。巨大デブリが怯み、コハルが舌打ちしながらその場から後ろへと下がって距離を取る。


「お、おまえ……」


 見覚えのある光にハルは顔を上げ、自分を守るように背を向けて立ちはだかる人物の姿を見る。

 一体何が彼女の身に起きたのであろうか、記憶にあるよりも汚れ、傷ついた姿。

 けれども、決して見間違えることのない『もう一人の自分』の姿を。


「無事でよかったわ、ハル!」

「な、ナツ……!?」


 最初の時とは違い抱き着いては来なかったが――

 最初の時のように迫りくるデブリからハルを守ったのは、間違うはずもない。




 背後に庇ったハルへと振り返り、弾けんばかりの笑顔でナツは言う。


「もう大丈夫! ハルはわたしが守ってみせる!」

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