No.19 死と灰と滅び ~フユの世界(後編)
F世界は、儚くも美しい世界だった。
詳細は不明だが、かつてはH世界のような文明があったことがわかる。ただし、全て建物は崩れ去り文明は欠片も残っていなかったが。
空は闇夜に覆われ、雲もないのにどこからともなくはらはらと白い『灰』が降り注ぐ――景色だけ見れば幻想的で美しい世界だと言えるだろう。
しかし、彼らがF世界の景色を楽しむ暇はなかった。
移動してから数秒後、彼らをF世界の『住人』が襲ったのだ。
……A世界の『ヨシキ』は現実離れはしていたが、まだ『人間』の範疇と言える姿をしていた。言葉も通じていたし、男女が殺し合う世界と言えども意思疎通自体は可能のようだった。
だが、F世界で現れたのは――『人間』とは相いれることのない『怪物』としか言いようがない。
大きさは『ヨシキ』よりも更に大きく、ハルたちの前に現れた個体はおおよそ4メートルほど。『ヨシキ』のような不自然なほどの筋肉の盛り様はなかったが、大きさからして腕だけでも丸太のようになっている。
肌は赤黒く、体毛が鱗のように変化し天然の鎧と化している。
耳まで裂けた口からは肉食獣のような鋭い牙がずらりと並び、見開かれた目は爛々と赤い光を放ち薄暗い中でも明確にハルたちの姿を捉えている。
これで頭に『角』が生えていれば、完全に『鬼』だろう。
「……まさかとは思うが、アレが――あの『鬼』というか『巨人』が、あの世界の……?」
ハルの問いかけにナツは頷き肯定する。
「そう、アレがF世界の『男』――アレのせいで、後数年もしないうちにF世界は滅びることになると予想されているわ……」
突如襲い掛かって来たF世界の『男』ではあったが、アキによって何とか撃退。逃げることが出来た。
ただし、アキの超パワーをもってしてもとどめを刺すことは出来ず、殴り飛ばして距離を稼ぐのが精々でしかなかったが……。
「F世界はあまりに危険すぎて、N世界側での調査がほとんど進んでないのよ。
わかっているのは、かつてあった文明が何らかのきっかけで滅んでいて、地上は『鬼』となった男が支配している――全ての生物は、『鬼』のエサとなっているってことね」
「全てって……じゃあ『女』もか?」
「うん……男とは真逆で、女は――フユちゃんを見ればわかるように、とても小さくてか弱い、非力な姿になってしまっているの。
F世界が滅びる理由は、男によってあらゆる生き物が喰い尽くされ――
「……ありえるのか、そんな世界……いや実際目にしてはいるが……」
地球上の食物連鎖の頂点に君臨することになった『男』。
もはや野生の獣という表現すら生ぬるい『モンスター』と化した男たちによって全ては喰われ、やがて男たちも飢えて消えていく――それがF世界の辿る運命だ。
「それで、ここからが本題なんだけど」
「ああ」
「……フユちゃんをこのままF世界から隔離したいと思っているの」
「! それは――」
滅びることがほぼ確定している世界からフユを救い出す。
『並行世界の自分』ということを除いても、助けたいという気持ちはハルにもわかる。
だがそれは『傲慢』ではないのかとも思ってしまう。
それに異なる並行世界の存在をそのまま置いておいても良いのか、という問題も考えられる。
「…………難しいな」
「うん。色々と問題もあって難しいとは思う。でも――」
「気持ちはわかるが……」
絶滅しかけている動物を保護する、という問題よりも更に難しい問題だろう。
「あの世界、もう『女』どころか『男』以外の生物がほぼ残ってない状態なのよ。海の底とかならまた話は別なんだけど……。
だから、フユちゃんが最後の生き残りといっても過言ではないくらい。
……傲慢なのはわかってるけど、知ってしまった以上は……やっぱり見過ごせない」
「もしかして、フユをメンバーにしたのはそれが理由なのか?」
となると、護衛対象はハルだけでなくフユも含まれることになってしまう。
ハル自身は別にそれでも構わないと思っている――なんだかんだで、ハルもフユのことを守りたいという気持ちはあるのだ。並行世界の自分自身という点を除いても。
しかし、今度はナツは首を横に振って否定する。
「ううん。そんなことないわよ。フユちゃんも『護衛』という点では優れた能力を持っているわ。
F世界があんな感じだったでしょ? だからなのか、あの世界の『女』は自分の身に迫る危険を察知する能力に長けているみたいなの――まぁそれがあっても『男』から逃げ切れなかったみたいだけど……」
その辺りは肉食獣から草食獣が常に逃げ切れるわけではないのと同じだろう。
ましてや、F世界では被捕食者の数は減る一方なのだから。
「A世界で『ヨシキ』が襲ってくる前にフユちゃんが気付いたでしょ?」
「ああ、そういえば……」
「フユちゃんの危険感知能力は、もうほぼ超能力の域ね。ほんの数秒だけど、未来に迫る危険をも察知することができるくらいなの」
「なるほど、となると確かに『護衛』という点では申し分ない能力だな」
デブリ相手ならアキ一人で無双できそうではあるが、いつ『ヨシキ』や『鬼』のような相手が出てくるかわからない。
それに対応することのできない不意打ちも防げるという点では、フユの危険察知能力は護衛として適任だと言えるだろう。
「後は……フユを俺の世界に連れて行っても大丈夫かってところだが――」
「あ、それは大丈夫。F世界の男がアレだったでしょ? だから、普通の男は平気みたい。
……ハルにだってちょっと人見知りはしてたけど、嫌がる素振りなかったでしょ?」
「そうか。まぁフユさえ嫌でなければそこは構わないが……なるべく近くで見てやってる方がいいんだろうな」
「そうね。とはいっても学校あるからなー……アキ姉もそうだけど」
「ああ。そこは考えないとな。
……けど、アキさんもフユも『高校生』で通すのは難しいよな……」
ハルからしてみれば、アキならば――生徒は難しくとも『教師の一人』とでも催眠すればいけるか、とは思うがフユだけはどうにもならない。
彼女はどう高く見積もっても小学校高学年だ。しかもそれはかなり『おまけ』しての話である。
これが小学校~高校まで一貫の学園であれば話は別だが、ハルの通う高校はそうではない。そして近い位置に小学校はない――どちらにしてもフユを単独行動させるのはなるべくなら避けたいところではあるが……。
と、色々と天才的頭脳をフル回転させるハルを見て、ナツは首を傾げ……やがてハルが何を考えていたのか理解したのだろう、苦笑いを浮かべる。
「あー……ハル?」
「ん? どうした?」
「あのね、言ってなかったけど……
「…………は?」
「だから、アキ姉もフユちゃんも私たちと同じ17歳なんだってば」
「……マジで?」
「マジだよ」
ハル的には、色々とあったが本日一番の衝撃であった。
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