焦りと驚きと自信

 親父が対戦相手だと分かった時、俺は父親の情けない姿を白い目で見ると同時に、内心かなり焦っていた。


 勝負を持ちかけてきた時の口ぶりからは本人が出てくるとは想像できなかったし、本当に癪な話だが、親父の魔法の腕は誇張抜きにこの国随一だからだ。


 ただ、そんな弱気を表に出して『親父と戦ったら絶対負けるから嫌!』などと騒ぎ立てるようなダサい真似はできるはずもない。


 そうして、俺は一抹の不安を抱えながら運命の魔法勝負に突入していったが……。

 

「――はぁ、はぁ……。ロータス、ワシの成績はどうだ?」

「少々お待ちください……。えっと、シルヴェスター様のただいまの記録は三十六枚です」

「三十六⁉ だったらアルトと全く一緒じゃないか!」

「ですので、一回戦の的撃ち抜き対決は引き分けとなります」

「いいですよいいですよ! 数こそ同じでしたけど、勢いで言えばアルトさんの方が――」

「ちょっ、お前は黙って見てろ! そういう約束だったろ!」


 気が散ってしょうがない客席というマイナス要因を抱えながら、親父との戦いは意外にも互角に展開していた。


 今回の対決は全部で三つの対決を行い、勝ち越した方が勝者となる三番勝負だ。

 さっきの対決は三十秒間に魔法を使って何枚の的を撃ち抜けるのか、というもので、結果は両者同数。


 この結果は親父にとっても予想外だったようで、悔しさをかみ殺すように歯ぎしりをしている。

 

「アルト、ワシは少々お前を舐めすぎていたのかもしれんな。次は手加減なしでいくぞ」

「さっきも必死こいてやってたろ。俺も次こそは仕留めてやるからな」

「よし! ロータス、次の対決の準備をしろ!」

「また一人でやるのか……。はい、かしこまりました……」


 愚痴の声量が上がってきたロータスさんは、壊れた的の片付けにとぼとぼと向かった。

 ロータスさんには迷惑をかけてしまって申し訳なく思うが、今は自分のことに集中する。


 最初は引き分けとなってしまったが、とにかく残り二つの対決で勝てばいい。

 勝負が始まる前の俺ならともかく、今の俺にはその自信が間違いなくある。

 

「まあでも、最後の勝負は完全にワシに有利なものだがな」


 すると、俺が静かに闘志を燃やしている中、親父から挑発的な言葉がかけられる。

 

「いいか? さっきは魔法を撃つ速さを競う対決だった。そして次は正確性。これらは繊細な風魔法に有利な勝負と言えるだろう。ただ、最後に競うのは魔法のだ」

「……そんなことは分かってんだよ」


 頭では理解しつつも、無意識のうちに避けていた事実。


 そう、これが最後に乗り越えなければならない大きな壁だ。

 

「アルトがワシにも劣らぬこの国でトップクラスの風魔法の使い手であることは認めねばならんだろう。……ただ、威力の面では風や水魔法には限界がある。どうしても炎や地属性の魔法には威力では敵わん。そしてワシは全ての属性の最高峰に君臨する――」

「だから言われなくても分かってるんだって! ああもう! でも俺は親父と違って風魔法だけを極めてきたんだから、威力だって器用貧乏な親父には負けねえからな!」

「はっはっはっ! その自信は結構! ただ、アルトは健闘こそしておるが、一戦目を獲れんかった時点でかなりの崖っぷちだぞ!」


 親父のむかつく高笑いが響くが、言っていることが事実なだけに反論できない。


 確かに一戦目を引き分けに持ち込めたことは、親父との実力差を考えれば十分な大健闘と言えるかもしれないが、俺が勝利を得るためには足りない。

 俺は唯一の勝ち筋を、風魔法の得意分野である速さ、そして精度の二本取りだと考えていたので、すでにその計画が崩れたことになる。


 だからこそ、次の二戦目は絶対に獲らなければ……。


 

「――続いての対決では、魔法を使ってこの赤いペンの蓋を倒していただきます。ただし、これは黒いペンの蓋が円形に百個立てられた中心に置かれ、黒の方を一個でも倒してしまえばその時点で敗北となります」

「まじ? そんなことって可能なの?」


 ロータスさんから第二戦の概要が説明されたが、その難易度はべらぼうに高い。

 すぐ横にはすでにセッティングが完了した大量の蓋が並べられているが、蓋同士の間隔も狭く、真ん中の一つだけを狙い撃ちにするのは至難の業だ。

 

「さっきはワシが後攻だったんだ。今度はワシからいかせてもらおう」


 しかし、親父はひるむような様子もなく、蓋が並べられたところからずんずん離れていく。

 そして十歩ほど歩いた距離にある、魔法を撃つ場所の目印となる線を跨ぐと、こっちに振り返ってにやりと笑った。

 

「ここからだと赤の蓋は微かに見える程度だが、ワシの水魔法にかかれば問題はない」


 親父は俺に向かって強気に宣言。


 俺はそれに対して『かっこつけるな』とヤジを飛ばしてやったが、親父もそれには構わずに魔法発動の準備を始める。

 まずは右腕をまっすぐに伸ばし、その先で指を一本立てて狙いを定めていたが、すぐにその腕の動きが止まった。


 ――見えたのだろう。中心のたった一つを捉えるための道筋が。


 そして親父の動きが止まってから数秒後、何が起きるのかを今か今かと待っていると。

 

「あれっ、何か音がしませんか? どこかで水が流れているような」

「そうですね。でも親父はまだ何も……。あっ!」


 異変を感じ、俺がペンの蓋の方に目を向けた瞬間だった。

 土の中から出てきた細い水の線が、赤い蓋のみを宙に向かって押し上げたのは。

 

「し、シルヴェスター様、成功です!」

「どうだアルト! 父さんは地中の水脈まで操ることができるんだぞ! すごいだろ!」

「はいはい、すごいすごい。……あぁクソッ」


 下から湧き出た少量の水によって、指一本がかろうじて入る程の高さにまで浮いた赤の蓋は、水がやむと勢いなく自然落下し、周りの蓋を倒すことなく地面に転がった。


 水脈を操るというだけでも水魔法の究極の境地に位置するが、水の量や出す位置をあそこまで自在に、そして正確にコントロールできるとは。

 あまり親父を認めたくはないが、この技には感嘆せざるを得ない。

 

「次はアルトだな。ここを落としてしまえば宮廷魔術師になるのはほぼ確定してしまうが、あまり気負うんじゃないぞ」


 俺が悔しさと焦りで顔を歪めていると、戻ってきた親父から嫌みったらしい激励が飛んでくる。

 

「心優しいお言葉どうも! じゃあ俺もう行くから!」


 俺は苛立ちを露わに言葉を返し、そのまま魔法を撃つポイントに向か……

 

「アルトさーん! 絶対大丈夫ですから、思い切ってやっちゃってください‼」


 おうとしたが、たった一人が発する大声援によって思わず足が止まってしまった。

 

(さ、さすがにこれは、嬉しさよりも焦りが勝つって)

 

「さっきから気にはなっていたが、なんであの子はあんなにアルトに肩入れしてるんだ?」

 

(あーあ! 至極当然な疑問が来ちゃったよ!)

 

「さ、さぁ……。分かんないけど、同世代だからとかじゃないの?」

「そういうもんか……。でも、アルトの名前までは教えてないような……」

「アルト、行きまーす‼」


 結局一度も親父の方に振り返れないまま、俺は会話を強制終了させるべくポイントに向けて走り出した。

 怪我の功名で心のモヤモヤはなくなったが、こんな荒療治は本当に勘弁してほしい。


 そしてすぐにポイントにたどり着くと、まずは客席の方を確認する。

 

(……よし、ちゃんとハインツがクラリスの口を押さえて黙らせてるな)


 これで安心して勝負に臨める。

 俺はほっと一息ついてから、ロータスさんがさっきセットし直したペン蓋の隊列を見据えた。


 ルール説明の時から思っていたが、今回の勝負内容は精度を競うものとはいえ、風魔法の使い手にはかなり厳しいものだろう。


 親父が使った水魔法ではという中心部への抜け道があったが、風魔法にはそれがなく、地上から愚直に攻めていくしかないからだ。


 俺も風の動きをある程度コントロールできるとはいえ、あの細く不規則な蓋と蓋の間の隙間を縫っていくのさすがに難易度が高すぎる。

 だからこそ、ここは発想の転換が必要になってくるだろう。

 

「ロータスさん? この勝負って赤だけ倒して、いっぱいある黒は〝最後〟に立ってればいいんですよね?」

「えぇ、その通りです」

「了解でーす。……それなら、まだ戦えるな」


 この不可能とも思える曲芸を成功に導く渾身の作戦が浮かび、自然と笑みがこぼれる。


 ……俺は絶対に負けない。

 

「じゃあ俺もいくか! 今から結構な砂埃が舞うからみんな口は閉じてた方がいいぞ!」

「砂埃ってお前、これは魔法の精度をはかるもので、そんな大がかりな魔法は使わんはずだろ?」

「親父は黙って見てればいいんだよ。……いくぞ、『トルネード』‼」

「うわっ!」


 俺が赤の蓋に狙いを定めて詠唱を行うと、それを中心に小さな竜巻が発生。

 演習場に激しい風の音が響くと共に、突如舞い上がった砂に親父とハインツは慌てて目や口を手で覆う。


 その竜巻は瞬く間に大量の黒い蓋を取り込み、俺が手を上に掲げていくと、その動きに合わせて上昇を始めた。


 そして、目標となる赤の蓋はというと。

 

「の、残ってる。赤の蓋だけそのまま残っているぞ!」


 竜巻が上昇したことによって砂埃が収まると、いち早く状況を把握した親父が叫ぶ。


 そう、これが俺の狙いだ。

 

「な、なるほど。竜巻は筒状に発生するから、真ん中には風のない目が生まれる。アルト様はそれを利用したのか……」

「そういうこと! あとはこうすれば準備は完了だ!」


 仕上げに俺がやったのは、竜巻の外側、それも下の方に風の流れがないを作り、竜巻の中で激しく舞う黒い蓋がそこに近づいていくように風を調整することだ。


 そうすることによって、この竜巻は迫力満点の大砲へと変化する。

 弾は黒の蓋、目標は地面。そして威力はというと。


 ――ズドンッ


「うわっ! おいアルト、今ワシを狙ったろ⁉」

「安心しろよ。当たらないギリギリを狙ってるから」

「アルト様! 私もいるのでもっと遠くを狙ってください!」


 一発目が地面に着弾したのを皮切りに、次々と親父とロータスさんの周りで轟音と土煙が上がる。


 その後、俺が役割を果たした竜巻を消失させてしばらく経つと、再びあたりに充満していた土煙は自然の風によって流されていった。

 そうすると親父たちの周りには……、

 

「うわぁ、これは何というか」

「ちゃんと黒の蓋は立ってるだろ? 地面にめり込んでることと、ひびが入って壊れかけてることは大目に見てくれよな」


 百本の黒い物体が植えられた、不気味な花畑が完成していた。

 

「あとは残ったあれを倒せばいいんだよな。……ほいっと」


 残った仕事は魔法学校の一年生でもできるような簡単なものだ。唯一地面に根を生やしていない赤の蓋に向け、まっすぐ風を当ててやるだけ。

 

「はい、俺も成功でーす」


 これで二戦連続の引き分け。

 この勝負は、第三戦にまでもつれることになった。

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