クラリスの荒療治
「おい、モンスターが出てくる前に帰ろうぜ。団長とハインツも財宝目当てなのか知らないけど、命に代わるものなんて無いんだからな」
「まあまあ、そんな堅いことを言うなよ。せっかくあのゴーレムたちを倒したんだから、中をちょっと探検するくらいいいだろ?」
「探検……いい響きじゃないですか。私もダンジョンに来るのなんて初めてですし、いろいろ見て回りたいです」
「そういうことだ、新入り。組織に入ったのだから、多数決の論理はわきまえておけよ」
「そんな好奇心のせいでモンスターにやられたら、死んでも死に切れねえよ……」
俺の悲哀に満ちた嘆声が、ダンジョン内部の低い天井に反響する。
この特に意味の無いダンジョン潜入は、壁に
現在地は地下一階。
幸いにもまだモンスターとの遭遇は避けられているが、いつ襲われてもおかしくない危険な状況だ。
だからこそ、今のうちにこのお気楽な連中に釘を刺しておかなければならない。
「未だに俺はこの行動の意味が分からないし、やる必要なんて一切ないと思ってるんだけど……。このまま奥に進むって言うなら、全員俺から絶対離れるなよ。魔法を使えないにしても、一番動けるのは俺だろうし」
「おっ、アルトもようやくやる気が出てきな。その意気で頼むぞ」
「今の俺の言葉をどう解釈したら『やる気』なんて言葉が出てくるんだよ……。いいから勝手にどっか行ったりするなよ! あとクラリス、ちょっとこっち来て」
「えっ、私ですか?」
俺はノリノリで一番前を歩いていたクラリスを呼んでから足を止める。
その姿が少し危なそうに見えたというのもあるが、もっと大きな理由としては、戦えない兵長に一つ仕事をしてもらいたかったからだ。
「さっきは急に走り出すもんだから頼めなかったけど、今俺に回復魔法を使ってくれ」
「あぁ確かに、危ない目に遭ってからだと遅いですもんね」
「その通り。あと、もしクラリスの魔法がうまくいったら少しくらいダンジョンにいてもいいけど、駄目だったらすぐに回れ右して全員で帰るからな。ダンジョンの中に入ったのも、クラリスが俺の魔力を回復できるっていう前提があったからだし」
「あれ? その口ぶりだと私の魔法の実力を疑ってますね。他の色はともかく、白系統の魔法はちゃんと使えるんですから、見ててください」
クラリスはそう言うと、腕まくりしながら意気揚々と俺に近づいてくる。
「普通白系統の魔法しか使えないなら、兵長なんて役職に立候補しないんだけどな……」
ここでの『白』とは、人間や動物といった命を宿す存在に作用する魔法のことだ。
その中には、動物やモンスターなどを操る『操縦魔法』や、傷を癒やす『治癒魔法』などがあるが、攻撃性能はいずれも全くない。そのため、白系統の魔法使いは後方支援に回るのが冒険者の中では普通になっている。
だからこそ、自ら攻撃の指揮を振るおうとするクラリスが白の魔法をちゃんと使えるのかは、かなり怪しい。
しかも、今からクラリスがやろうとしているのは、中位魔法の『魔力回復』ときている。
(まあ駄目なら駄目で、ダンジョンから出る流れになるから良いんだけど)
「じゃあアルトさん、私が魔法を使ってる間は動かないでくださいね」
「ッ…… お、おう」
そして俺の目の前まで来たクラリスは、その小さな両掌を俺の胸のところに押し当てた。
思わず変な声が出そうになったが、歯を食いしばってそれを阻止。
社会的に死ぬことだけは、なんとか回避できた。
「えーっと、どうやるんだっけ……。あっ、そうだ」
「ん? 今やり方忘れてた?」
「そ、そんなことないですよ。あと、気が散るので話しかけないでください」
絶対忘れていたクラリスはそう言ってごまかすと、大きく呼吸をしながら集中力を高めていく。
すると、体の中でも奥のさらに奥の方。
魔力の源である『核』のあたりがざわつくのを感じ……。
「お、おい、なんか俺の胸のところが紫に光り出したんだけど、これほんとに魔力回復なのか⁉ 俺こんなの初めて見たんだけど!」
「ちょっ、動かないでください! もうちょっとで終わりますから!」
「やだ! 俺はまだ死にたくない!」
「は、はい、終わりました! どうですか、魔力の方は?」
「はぁ……はぁ……。えっ、終わったの?」
最後の方は胸ぐらをつかむ勢いだった荒療治から解放され、俺は体に異常が無いかを確認する。
一応気分が悪いとかはないが、肝心の魔力はというと。
「……おおすごい! 確かに魔力が戻って来てるわ!」
「ほんとですか? よかったぁ、成功したんだ……」
「おい、ちょっと待て。もしかして成功する自信がない魔法を俺にかけたのか?」
「ま、まあ、実際魔力が回復できたならいいじゃないですか。細かいことは気にしないでください」
「ちょっと、これほんとに大丈夫な――」
「それじゃあ、探検を続けましょう!」
クラリスは俺に背を向けると、このダンジョン潜入の継続を高らかに宣言する。
(……まじで、俺大丈夫なの?)
勝手に実験体にされた気分の俺としては、今すぐ治癒術士のとこに駆け込んで検査と治療をお願いしたいところだが、俺の魔力が回復したらダンジョン探検を続けると約束してしまった以上、『帰らせろ』とはなかなか言えない。
「じゃあ俺もあと少しだけ付き合ってやってもいいけど、さっき言ったことは忘れるなよ。全員俺から離れるな、ってやつ」
「もちろん忘れたりなんかしませんよ。アルトさんがいないとモンスターの子が出てきたときに困っちゃいますからね。……それで、一個だけ質問してもいいですか?」
「そりゃあ質問くらい良いけど、どうしたの?」
「あのー、団長とハイちゃんがどこに行ったか分かりますか?」
「えっ、どこに行ったもなにも、あんだけ念押ししたんだから勝手に俺から離れたりするわけ……な、い……」
恐る恐るあたりを見渡すと、視界に入ってきたのは目の前にいるクラリスだけ。
あの白髪のおっさんと経理のゴブリンの姿はどこにもなかった。
「ははっ。はぐれちゃいましたね」
「あのバカどもがーーーーー‼」
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