ファーストアタック
チラシに載っていた住所は、王都の中心部から少し外れたところにあった。
そこに行くには必ず歓楽街を抜けなければならず、昼間だってのに酔い潰れていたり、ギャンブルに負けたのか喚き散らしたりしている駄目なおっさんを、道中ではよく見た。
そんなお世辞にも治安が良いとは言えない道を通った後、何本もの細い路地を抜け、ようやくお目当ての建物を見つけたのだが。
「住所的にはここであってるはずだけど、これは予想外だったな……」
目の前の建物を見てみると、それは今にも崩れそうなぼろぼろの家屋だった。
両隣の小さなアパートも決してきれいで新しいとは言えないが、目の前の一階建てのぼろ家は人の気配すら感じない。
世界征服を
この街の雰囲気で、そんな仰々しいものが出てくるわけないと薄々感じてはいたが、屋根や壁の一部が剥がれかかっているこんなひどい状態はさすがに予想外。
「やっぱりいたずらだったのか? でも他に選択肢はないし……。あぁもう! なるようになれだ!」
俺は覚悟を決め、所々に傷があるドアを三回大きくノックした。
「あのー、すみません! 魔法使いを募集してるって見たんですけど、誰かいますか?」
ドアの向こう側にそう呼びかけると、すぐに中から声が漏れ聞こえてきた。
ドアも壁も薄いのか、その内容まで全てこっちに伝わってくる。
『団長、誰か来ましたよ。入団希望の人みたいです』
『いや待てよ、ここは秘密結社のアジトだぞ? そんな気軽にほいほい来れるような場所ではないし……。分かった! そいつは多分、我らバファルッツの存在を察知した衛兵だろう。よし、でなくていいぞ』
『でも私たち、まだ逮捕されるような実績なんて何も残してないですよ。少なくとも私が入ってからは、ここでだらだらしてばかりですし』
『確かに、それもそうだな……』
声を聞く限りだと、敬語で話しているのが俺と同じか少し下くらいの女の子で、団長と呼ばれた男は親父と同じくらいの年齢だろうか。
『じゃあクラリス、ちょっと開けてきてくれ。衛兵っぽかったらすぐ閉めればいいから』
『なんでそんな危険な役割を私に押しつけるんですか。団長が行ってくださいよ。逮捕されるなら首謀者の団長だけが犠牲になってください』
『そんなこと言わずにさあ。そうだ、もし外の奴が本当に入団希望者だったら、そいつをクラリスの部下にしてあげるぞ』
『部下なんて言われても、私は人と深く関わりたくないので逆に嫌です』
『じゃあ、手下で。絶対服従ってことにしてもいいぞ』
『……分かりました。もう、しょうがないですね』
すると、トットットという軽い足音がだんだんこちらに近づいてきた。
話の流れからすると、足音の主はクラリスという子だろう。
(……ちょっと、本当にここに入ってもいいのか不安になってきたな)
俺はドアの前で立っていただけなのに、ここに入った暁には年下の女の子の手下になることが確定したし、その子が言うには最近ここは何の活動もしてないらしい。
そんな不安が胸いっぱいに押し寄せてきたと同時に、大きくなってきた足音が止まった。
すると、目の前のドアがゆっくりと開き始めた。
「あのー、魔法使い募集の件で来たアルト――」
バンッ!
俺が全てを言い切る前に、一瞬だけ目が合ったクラリスという子によって勢いよくドアが閉められた。
「ちょ、ちょっと! なんでいきなり閉めるの⁉ 俺、衛兵じゃないよ!」
「だ、だんちょお! とてつもない公権力が来ました! ここはもうお終いなので、未来ある私だけはどうにかして逃がしてください!」
「俺は公権力でもない! あと足が痛いからとりあえず力入れるのやめて!」
咄嗟に入れた左足によって、ドアが完全に閉め切られるのをなんとか回避。
ひとまず話ができる状態は確保したが、クラリスはドアを閉めようとする力をなかなか緩めてくれない。
「ねえちょっと、話をしようよ! 俺は拾ったチラシを見て、本当にこのバファルッツに入りたいって思ってここに来たんだよ。今はその気持ちがだいぶ揺らいでるけどね」
「あの……、私は無理矢理にここに入れられたようなものなんです。だから私は被害者というか……」
駄目だ。この子、完全に俺のことを権力側の人間だと思い込んでいる。
(ていうか俺って、そんなに怖がられるような顔してんの?)
「おーい、そんな簡単に上司を売るんじゃない。それにクラリス、自分から売り込んできておいて被害者はないだろ、被害者は」
このドアを挟んだ攻防が続く中、奥の方から団長と思われる人の声が近づいてきた。
すると、ドアに込められていた力が緩められ、俺の左足が痛みから解放される。
「団長、だったら自分で対応してください。私は逃走の準備をしてくるので」
「なんで逃げる必要があるんだ? さっきからドアの向こうの人はバファルッツに入りたいと言ってるじゃないか」
口を挟まずに話の展開をうかがっていると、団長によってドアが開けられる。
「ようこそ、我らのアジトへ。よくここまでたどり着いたな」
「いや、落ちてたチラシを見ただけなので、そこまで苦労は――」
バンッ!
「なんでまた閉めるんだよぉぉおおおお!」
「く、クラリス! ワタシが間違ってた! 入団希望者じゃなくて権力の化身がいたぞ!」
「だからそう言ったじゃないですか」
「誰が権力の化身だ! いいから早くドアを開けてくれ! すでに限界の足が、もうすぐ限界突破しちゃうから!」
団長の方も俺を見るなり、一瞬で閉めやがった。
また咄嗟に出してしまった左足が、悲鳴どころか断末魔をあげている。
(まじで、こいつらには俺の顔がどう見えてんだ? もしかして、こんなところにも俺の似顔絵が配られてたりすんの?)
「これは一体何の騒ぎなんです? バート様、どうかされましたか?」
「あっ、ハインツ! 助けてくれ! もうすでに国がバファルッツを崩壊させようとしてここまでやって来たぞ!」
俺が最悪の事態を想像していると、ここの団員らしき人の声が後ろから聞こえてきた。
似顔絵が配られているかも問題だが、今は足の状態の方がやばいので、俺はその人に助けを求めようと振り返った。
しかし、視線の先には誰もおらず、おかしいと思ってふと視線を少し下げてみると。
「ぎゃああああああああああああああ! ごご、ゴブリンがいるぅ!」
大昔より人類の敵対種族として認定され、この王都内にはいないはずのゴブリンが、目の前にいた。
大人の腰くらいの背格好のそのゴブリンは、怪訝な表情で俺を見上げている。
「な、なんでこんなところにゴブリンがいるんだ⁉ まじでどうなってんの!」
「ハインツ! とにかく早くワタシを助けてくれええええええええええ!」
「あの! 近所迷惑なのでとりあえず全員黙ってください‼」
「あっ、はい……」
俺と団長は同時にしょんぼりとした返事をする。
一番後から来たゴブリンに、一番常識的なことを言われてしまった。
結局、常識人なゴブリンがこじれにこじれた話をまとめてくれた結果、とりあえず部屋の中で俺の採用面接が行われることになった。
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