良く言えば多様性

「どうぞ、ハーブティーです」

「ど、どうも……」


 ゴブリン、もといハインツによって、目の前に爽やかな香りの立つお茶が出される。

 全身緑色の存在が普通にお茶出しをしている姿は違和感しかないが、団の人間メンバー二人はそれを当然とばかりに気にする様子もない。


「なんで秘密結社が求人広告なんて出すんだ、と君も不思議に思っただろう? あれは二週間前にワタシが勝手に作って街に貼ったはいいものの、目立つことをするなとハインツに怒られてすぐに回収したものでな。一枚だけ貼った場所から無くなって困っていたが、君が持ってきてくれて本当に助かった」

「……まあ、お役に立てたのなら良かったです」

「全て回収したとおっしゃっていたのに……。バート様、もう嘘はなしでお願いしますよ」

「おうおう、悪かった悪かった」


 お茶出しを続けながら嘆息するハインツに対し、軽い返事をする団長。

 その団長は、ドア越しの声から予想していた通りの中年男性だった。少し日に焼けた顔には細かいシワがあり、髪は全部白髪になっている。


 その髪色自体は特に目立つものではないが、何より異彩を放つのはその長さだろう。

 男としてはかなりの長髪は後ろで結ばれ、その束は肩にまでかかっている。

 見た目だけで言うと、秘密結社の団長という肩書きに負けない変わり者っぷりだ。


 やがて、人数分のカップが机の上に並び終わると、ハインツは俺から見て右端の椅子に腰掛けた。

 背の低いハインツの顔は机の上にわずかに出るほどしか見えないが、ひとまずこれでバファルッツの面々と俺の話し合いの準備が整った。


「そんな恩人である君に、さっきは失礼なことをした。君があのチラシを持ってるなんて知らなかったから、つい国の回し者だと勘違いしてしまってな。本当にすまなかった」

「わわ、私も失礼なことしてすみませんでした。そ、その、私自身人と話すのが苦手で少し緊張してしまったのと……、あ、アルトさんの顔があまりに公権力顔だったのでつい……」

「別にもう気にしてないから全然大丈夫ですよ。足の痛みも引いてきましたし」


 俺の顔については、『地味な顔』とか、『これといって特徴がない』とか、『無理やり褒めるとしたら、よく見ると目の形がちょっとだけ良い……、かも』とかは言われたことがあるが、『公権力顔』は初めましてだ。

 その心が少し気になるが、そんなことを面と向かって言われたら俺が傷つきそうなのでやめておく。


 まあそんなどうでもいいことは置いておくとして、二人の口ぶりからすると、親父が配った似顔絵がここにも届いていたわけではなく、単純に俺の顔がうさんくさく見えただけのようだ。

 俺は安心だかショックだかよく分からない複雑な感情を一旦整理し、途中で中断させられていた自己紹介を改めて始める。


「さっきはバタバタしててちゃんと名乗れなかったんですけど、僕の名前がアルト……で、年は十五です。」

「ほう、十五才か。若いなー。十五と言うとクラリスの三つ上になるのか?」

「いや二つですよ。この前私の誕生日を祝ってくれたばかりなのに、もう私の年齢忘れたんですか?」

「団長はお前と違ってお忙しいんだよ。下っ端の年なんていちいち覚えてらいられるか。だから団長が三つ上かとおっしゃったら、はい三つ上ですと答えろ」

「もー、なんでハイちゃんはいつまで経っても私に懐いてくれないんですか?」

「何度も言うが我はお前のペットではないぞ。我は副団長なのだから、もっと敬意を持て」


 親父のことを意識して念のため家名は名乗らないでおいたが、心配のしすぎだったかもしれない。机の向こうの三人、もしくは二人と一匹は、俺のことを変に意識するでもなく、普通に会話をしてくれている。

 カオスだったこのアジトにも、ようやく落ち着いた時間が流れ始めた。


「そういえば、こっちもちゃんとした紹介がまだだったな」


 ハインツとクラリスがやいやいと言い合いを続ける中、その二人に挟まれた団長が声を上げた。

 向こうの会話でバファルッツの人たちの名前はすでに知っていたが、言われてみれば確かに、まだちゃんと名乗られたわけではなかった。


「ワタシの名前はバート! この秘密結社バファルッツを率いる団長だ」


 挨拶を短く済ませた団長は、自分をバートとだけ名乗った。

 ハインツはずっとバート様と呼んでいたが、団長は家名を明かしていないので、もしかしたらコードネームを使っているのかもしれない。それは結構秘密結社っぽい。


「ちなみに、ここのバファルッツという名前は、ワタシの本名『バート・ファン・ルッツ』を縮めたものになっている」

「ダサっ……」


 秘密結社っぽいなんてことは全然なかった。なんなら本名をアピールしていた。


「じゃあハインツも自己紹介をしなさい」

「あっ、はい。じゃあお前は少し黙っていろよ」

「はいはい。ほんとにハイちゃんは素直じゃないですね」


 クラリスの言葉にまだ何か言いたいことがありそうだが、ハインツは俺の方に視線を移して団長の指示に従う。


「我の名はハインツだ。ゴブリンなので家名はない。お前はなぜゴブリンがこんな人里にいるのかと疑問に思っているだろうが、我はバート様の目標達成の一助となるべく副団長として仕えているのだ。だからお前もバート様に敵対しない限り、危害などを加えるつもりなどないから安心しろ」

「ッ……あっ、はい」


(顔が半分隠れた状態でそんな渋い台詞を言うなよ。あやうく吹き出すところだっただろ)


 その騎士然とした話し方もそうだが、さっきからハインツは見た目と行動のギャップがいちいち大きすぎる。


 普通ゴブリンはこの王都近くには住んでおらず、俺も生でその姿を見たのは初めてだったが、緑色の体や大きな鼻、尖った耳などの特徴は噂や本で見聞きしていた通りだ。


 ただ、今はその顔の大半が見えない状態になっていて、これはさっきお茶を入れてくれた時の印象になるが、ハインツの顔からはゴブリンとしての恐ろしさだけでなく、なぜか憎めないような愛嬌も感じた。

 単純に小さい体で机の上にお茶を載せている姿が微笑ましかっただけかもしれないが、クラリスがペット扱いする気持ちも少し分かる気がする。


「よし、次はクラリスだ。ちゃんと自分で話せるか?」

「はい? あっ、だ、大丈夫ですよ。今回は頑張って自分で話します」


 そして、この自己紹介のリレーは最後の段階にまでやってきた。


 さっき人と話すのが苦手と言っていたクラリスは、気持ちを整理しているのか、話す内容を考えているのか、硬い表情のままうつむいて小さく何かをつぶやいている。

 その内容はこっちまで聞こえてこないが、これから話を始めるクラリスに注目していると、その顔をちゃんと見るのが初めてだということに気づいた。


 ドアが開いたら一瞬で閉められたし、机を囲んで座っているこの間もコミュ障の悲しい性なのか、女子というだけでなんとなく視線を逸らしてしまっていた。


 クラリスは、さっきは俺よりも二歳下だと言っていたが、見た目だとそれよりも少し年下に見える童顔だ。

 くりっとした大きな目と、小さいけど形の良い鼻。それに肩の上で切り揃えられた青藍の髪は、部屋の明かりに照らされ、穏やかな湖を思わせる。

 こういう子はきっと将来モテるんだろうなと初対面ながらに思うし、こんな可愛らしい女の子がなんでこの変な組織にいるのかと疑問に感じてしまう。

 それくらい、この子は長髪のおっさんとゴブリンが陣取るこの空間の中では浮いていた。 


 そんなことをぼんやり考えていると、クラリスは突然ぱっと目線を上げ、引き込まれてしまいそうになる澄んだ瞳で俺の方を見つめてきた。


「あ、あの、私はクラリス・ケルガーっていって、アルトさんと同じ魔法使いです! なのでここに入ってくれるなら、魔法仲間が増えて私は嬉しいです!」

「う、うん。……ども」


 言い終わったクラリスは、緊張から解放され少し顔をほころばせた。


 俺も初対面の人と話すのが苦手な質なので、その気持ちはよく分かる。

 だから頑張って気の利いたことを言ってくれたのに、しょうもない返事をしてしまったことは許して欲しい。


(だって急にしゃべり出すからさ! 俺にも準備の時間をくれよ!)


「これで一通りは終わったな。自己紹介はこんなものでいいか」


 さっきの返答についての脳内反省会が始まってしまった俺と、一仕事を終えてようやく息をついたクラリスをちらりと見た団長は、ここで話に区切りを入れた。


「じゃあそろそろ、仕事の話に入ろうか」


 その言葉が耳に入り、脳内反省会も一時中断。

 頭を仕事モードに切り替え、俺は集中力を高め始めた。

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