道、重なる
「へぇー、パルディウスを首席で。戦闘員としての実力は保証済みというわけか」
仕事の話に入ると、簡単にその内容説明があった。
バファルッツでは、誰かから受けた依頼を遂行する何でも屋的な仕事と、モンスターや悪の組織などを討伐する『平和維持』の二つが主な活動らしい。
前者は活動資金を稼ぐためで、後者は好感度獲得が目的とのことだ。
悪の組織なんてものが他に存在するとは思えないし、なぜここに好感度が必要なのかはさっぱり分からなかったが、質問するタイミングを逸してしまった。
「それでアルト君、あのチラシを読んだのなら、うちが目指す目標は分かってるだろ?」
そして少し顔を引き締めた団長は、おもむろにそう語り出した。
「ワタシたちの目標、いや夢と言ってもいいな。もしその夢を一緒に追いかけてくれるなら――」
「あっ、私は別に団長とハイちゃんの夢を共有してるわけじゃないですよ。私は単にお金がもらえるからここにいるだけなので。だからアルトさんは私まで変人だと思わないでくださいね」
「おい、今は大事な話をしてるんだから静かにしてろ! ……バート様すみません、続けてください」
「……少し邪魔が入ったが、アルト君! 一緒に世界征服を目指さないか?」
「あの……、返事をする前にちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「おお、まだ何も詳しい話をしてないし、それもそうだ。何でも聞いてくれ」
突然露呈した組織の結束力のなさにツッコミを入れたい気持ちもあるが、ひとまず今はここに来る前からの疑問をぶつけることにする。
「ここが世界征服を目指す秘密結社だってのは知ってるんですけど、チラシに書いてあった『平和的な世界征服』って何なんですか? その内容によってはここに入るのも考え直したいというか……」
そう、ここが俺の最大の懸念点だった。
正直言って、このおじさんが率いる集団が世界征服なんてできるとは思っていない。
それどころか、ここの活動はせいぜい子供がやるごっこ遊びぐらいだと思っている。
俺はごっこ遊びでも魔法さえ好きに使えればそれでいいので不満はないが、もしその遊びが法に触れるようなものなら話は別だ。
何の罪も無い人を傷つけるなんて俺はしたくないし、する勇気もない。まして国と面と向かって争うなんてのは想像すらできない。
だからきっと、『平和的』という記述が無かったら俺はここにはいなかっただろう。
もしも平和的とは名ばかりで、極悪な犯罪行為をさせられると言うのなら、俺はここからすぐにでも逃げだそうと……。
「よくぞ聞いてくれた!」
「‼」
突然響いた団長の大声と拳が机を打つ音に、俺は思わず声を上げそうになる。
俺が呆気にとられたままでいると、両手をついて前屈みになった団長は、不敵な笑みを浮かべながら意気揚々と話し始めた。
「平和的な世界征服というのは、この組織において最も重要な方針だぞ。その方針を守るべく、鉄の掟三箇条なんてものを置いているぐらいに」
団長はそう言うと、右手の指を一本まっすぐ立てた。
「一つ、『罪の無い者を傷つけないこと』。これは人として当然のことだな。それに、そんなことをすると我々のような弱小秘密結社はすぐに衛兵によって壊滅させられてしまうから、そういう意味でも絶対駄目だ」
(へぇ、結構ちゃんとしてるんだなあ)
世界征服をしようとしているのに、意外とまともな倫理観を持っていて驚いた。
すると団長は指をもう一本立てて話を続ける。
「二つ、『悪いことをしていいのはどうしても必要なときだけ』。我々も目標が目標なだけに、多少は犯罪すれすれのことをやらなきゃならんこともあるわけだ。そんなときは、相手が悪い奴か、それをすれば誰かを助けられるのか、そんな必要性を考えんといかん」
その言葉を聞いて俺は小さく安堵の声を漏らす。
どうやらここは極悪組織というわけではなさそうだ。
「三つ目はクラリスに言ってもらうか。クラリス、ちゃんと覚えてるか?」
「えっ、私ですか⁉」
姿勢をまっすぐに直した団長は、横で今までのやり取りをぼんやりと聞いていたクラリスに三つ目の掟を託した。
「えっと確か、『征服は恐怖でなく、信頼によって勝ち取る』でしたっけ?」
「その通り! アルト君、我々が目指す世界征服は、どこぞの魔王がやるような力にものを言わせたものではないんだよ! バファルッツでは人々の為になる行動をし、『バファルッツになら自分たちを任せてもいい』と思ってもらうことが征服の手段となる!」
(なるほど、ここで好感度の話につながるわけか……)
言葉にだんだんと力を込めてきた団長は、俺の目を見て最後の一押しをする。
「最終目標は、『国なんかよりもバファルッツのもとで暮らしたーい』状態だぁ!」
すると、団長はとうとう立ち上がり、両手を高く挙げて話の締めくくりとした。
その姿を見たハインツは感動したのか目を潤わせ、クラリスの方は恥ずかしそうに団長から顔を逸らしている。
ここでも距離感の差が露呈したが、団長はそんなのお構いなしで俺に再び問いかける。
「アルト君、ワタシたちと一緒に、そんな平和的な世界征服をしてくれるか?」
その実現可能性はともかく、バファルッツのやりたいことはよく分かった。
親父に抗うため、そして何より俺自身の夢のため。
――ここに賭けてみようと思えるくらいには。
「あの、俺にはどうしても叶えたい夢があって。それはバファルッツが目指すものとは違ってくるんですけど、それでもいいんですか?」
「あぁもちろんだ。クラリスのように、君もここを最大限利用すればいいさ。その代わり、ワタシも君の魔法を目一杯利用させてもらうよ」
「……魔法を目一杯。そうですか」
その言葉が聞けたなら、これ以上言うことはない。
「それなら、俺はバファルッツの一員としてせ、世界征服……を頑張ります!」
(やばい。自分でいざ口にしてみると、結構恥ずかしいなこれ!)
「ということは、これでアルトさんは私の手下ですよね? やったやったぁ!」
「バート様に仕えると決めたなら、お前はもう私の仲間だ。これからよろしく頼むぞ」
まあ、一度きりの人生なんだ。たまには馬鹿なことをするのも悪くないだろう。
(……うん、そういうことにしておこう)
「入団おめでとう、アルト。期待しているぞ!」
部屋全体が歓迎ムードに包まれる中、団長は握手を求めて手を差し出す。
こうして、俺のろくでもない無職生活は終わりを告げた。思い描いていた夢への道のりからは、大きく逸れることになってしまったが。
俺はハインツからクラリス、そして最後に団長と、新たな仲間の方に顔を向けた。
「よろしくお願いします!」
不思議と気持ちは晴れやかで、握り返す手にも自然と力が入る。
「……あっ、今まったく金持ってないんで、給料の前借りとかできます?」
右手に込めた力は、案外すぐに抜けた。
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