指輪論争
「やっと着いたぁ……。アルトさん、ありがとうございました!」
「いやお前、こんな重いのよく背負ってたな。……はいどうぞ」
結局クラリスの異常に重い荷物を持たされることになった俺は、背中がバキバキになりながらも、バファルッツのぼろアジトの前まで戻ってきた。
その道中では団長が『おしゃべり』という名目で自分の学生時代の話を一方的に話し続け、ハインツだけがそれに興奮して反応するという地獄のような時間が続き、体感としては一晩超えたくらいの長丁場にも思えたが、実際は日付も変わらぬ
両脇に立ち並ぶアパートや民家から漏れる明かりのおかげで今はまだ互いの顔くらいは分かるが、これが草木も眠る深夜ともなれば、辺り一帯が漆黒の闇に包まれるのだろう。
それに、日没からこんなにも時間が経ってしまうと、昼間でさえ人通りの少ないこの道は一層寂しくなり、季節外れのコートを羽織った男の人をさっき脇道の陰で見た以外は、人の気配すら感じない。
初日から残業もいいところだ。
「で、団長? 俺はもう家に帰っていいの? 朝から何も食ってないから、さすがに腹減ったんだけど」
「私は歩き疲れてヘトヘトなので、同じくすぐに帰りたいです。今日はもうアジトでやることなんてないですよね?」
「まあそこまで言うならしょうがない。せっかくだし二人にも一緒に来てもらいたかったが、質屋にはワタシとハインツだけで行くか。それで構わんよな?」
「ええ、それがよろしいかと」
あんな長距離を歩いてきた直後にも関わらず年の割に元気な団長と、街中に戻り今は変装モードで帽子を被っているハインツは、何やら気になることを口にした。
「えっ、ダンジョンで何か見つけたんですか? 団長、『奥には何もなかった』みたいなこと言ってませんでしたっけ?」
「確かに……。黙ってたけど、実際はお宝でも見つけてたとか?」
「いや、お宝なんて大層なもんじゃないぞ。あのダンジョンで取ってきたのは、床に一個だけ落ちてた指輪だけだからな」
「ゆ、指輪⁉」
団長による突然の告白に、俺とクラリスは同時に驚きの声を上げる。
(……指輪ってことは、宝石がついてたりしてて結構な高値になるよな)
あのダンジョンで一番苦労したのは間違いなく俺だ。もしその指輪が金になったら、俺が多めに分け前をもらってもバチは当たらないはず。
そんな下衆な妄想を膨らませながら、ふと横目でクラリスの方を見ると、こいつも俺と同じように薄ら笑いを浮かべていた。
どうやら、考えていることは同じみたいだ。
「ちなみに、その指輪ってのは……?」
「わ、私も是非見てみたいです!」
「今はハインツが持ってるぞ。思い出話に熱中して忘れていたが、質屋に持って行く前に二人には見せようと思っていたんだよ。ハインツ、ちょっと貸してくれ」
「承知しました。……どうぞ」
団長はハインツから指輪らしきものを受け取ると、それを指にはめ始めた。
そしてすぐに、その団長の準備は終わった。
「見るがいい! これがメビフラダンジョンでの戦利品だ!」
「おぉ! これがその指輪……、って、なんだこれ?」
「えっと、これはどう反応したらいいんですかね……」
俺とクラリスは団長が自信満々に差し出してきた手に顔を近づけると、確かに団長の右手の指にはかなりの存在感がある白い指輪があった。
ただ、その存在感の放ち方がかなり特殊だ。
クラリスは言いづらそうにしていたが、単刀直入にこれを表現するならば、
「くっそダサいな。なんだこれ? こんなの質屋に持ってっても、ダサすぎて買い取ってもらえないだろ」
「えっ⁉ 嘘だろ⁉」
俺の素直な感想を聞いた団長は、信じられないとでも言わんばかりに声を上げる。
「いやいや、何をそんなに驚いてんの? よく考えてみろって。骸骨型のスカルリングとかは聞いたことあるけど、魚の骨があしらわれた指輪なんて前代未聞だろ? 誰が好き好んで小魚の死骸なんか指につけんだよ」
「確かに指輪の色は白っぽいが、本物の骨じゃないぞ! これはあくまで、魚の骨型の指輪だからな!」
そんなことを力説されても、ダサいもんはダサいからしょうがない。
団長が自信満々にそれを見せつけてきた時は目を疑ったが、ダンジョンで拾ってきたという指輪の上には、頭から尾びれまでしっかりある魚の骨の装飾がのっていた。
その大きさは小指大ほどで、ぱっと見だと残飯にしか見えない。
「それに、これダサいだけじゃなくて絶対呪いとかかかってるだろ。あんな怪しげなダンジョンに落ちてるような死骸型の指輪なんて」
「それに関しては大丈夫だと思うぞ。これをつけてても、別に何も感じないからな。ハインツもそう思うだろ?」
「えぇ、特に問題はありません」
「えっ、ハイちゃんに呪術的な能力なんてありましたっけ? 私初耳なんですけど」
「……ま、まあ確かに、ゴブリンとしての勘で言っているだけだから、確実ではないが」
「それ何の信頼も置けないやつじゃん……」
ハインツは、この組織の中では割としっかり者というイメージだったが、案外適当なところもあるらしい。
クラリスの問いに少しバツの悪そうに答えると、ハインツは団長の方に助けを求めるような視線を送った。
「そ、そんなことより二人とも、これを見てみろ。この指輪にはかっこいいところがあってな、こうやって時間が経つとたまに……」
「あ、アルトさん! 魚の目の部分が光り出しましたよ!」
「やっぱこれ絶対呪われてんじゃん! 怖さよりダサさが勝っちゃってるけど!」
この時点で『ゴブリンの勘』とやらは欠陥品であることが確定。
残飯の目が緑色に光り出す姿はちょっと面白いが、なにかしらの呪術的な力が宿っていることは確実なようだ。
「うーん、そんな風に言われると、本当にこれ呪われてるような気がしてきたな。クラリスとアルトからの評判が良かったら質屋に売らずに自分で使おうと思っていたが、それはやめといた方が良さそうだな」
「絶対ちゃんと処分した方がいいです。それに、こんなおかしなデザインの物を使おうだなんて思わないでください。これ呪いとかを抜きにしても相当変ですよ」
「そうか。この指輪は若者から見ると、そんなにおかしな見た目をしてるんだな……」
少し遠慮をしていたクラリスから初めて辛辣な評価が下り、団長もようやく現実が見えたらしい。
うつろな目で自分の右手を見つめると、おもむろに指輪を外し、それをポケットの中へと突っ込んだ。
「じゃあ、ワタシとハインツは今から質屋に行ってくるから、二人は帰っていいぞ。変な物をつかまされた腹いせに、呪いごと質屋に押しつけやる!」
「自分で勝手に拾ったくせに……。清々しいほどの八つ当たりだな」
こんな理不尽な恨みをぶつけられる質屋さんが、本当にかわいそうでならない。
「じゃあ二人ともお疲れさん。今日は大変な一日だったし、帰ったら夜更かしせずにすぐ寝るんだぞ」
「それと明日も朝から仕事だから、お前ら遅れずにちゃんと来いよ」
「……へいへーい」
「お疲れ様でしたー」
そうして団長たちが繁華街の方へと向かう後ろ姿を見送ると、アジトの前には夜の静寂が滑り込んできた。
そして、そこに残されたのは俺とクラリスの二人だけ。
(……なんか無駄に緊張するな)
「じゃ、じゃあ俺たちは帰るとするか」
「そうですね。もうすっかり遅くなっちゃいましたし」
ちなみに、現在の俺はアガり過ぎてクラリスの顔すら見ることができていない状態だ。
今日一日でクラリスの変な一面も含めていろいろと知り、話す時の緊張はもうなくなったとはいえ、さすがにこの状況は慣れてなさ過ぎる。
(このまま話を続ければ大恥をかきそうだし、ここは早めに切り上げるとするか)
「それじゃあまた明日――」
クラリスの方を見ないまま軽く手を挙げ、歩き始めた瞬間。
「あ、あの!」
早々に別れを告げ、家路につき始めた俺の足は、
「……こんな夜遅くなのに、送ってくれないんですか?」
クラリスの微かに震える声によって、すぐに止められた。
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