被害者代表

 王城で過ごす初めての夜を越え、命運をかけた戦いの日がやって来た。


 空腹状態だった俺は、出された朝食をがっつきぎみで完食。

 その後は、『準備が整い次第お呼びします』と言われたのでしばらく部屋で待機していたのだが、昼前になってようやく鍵のかかったドアが開かれた。

 

「……お、お待たせしました。それでは会場の方にご案内いたします。……はぁ」

「よっしゃ! やっと来やがっ……た、か」


 一人でいる間はずっと集中力と闘争心を高めていたので、俺は結構な興奮状態にあった。


 しかし、その気持ちの昂ぶりは一瞬にしてしぼんでしまう。

 なぜなら……。

 

「あ、あのー、体調大丈夫ですか? すごいクマがあるし、顔色もすごく悪いっすけど」

「ひや、全然問題ありません。お、お気遣ありがとうございます。……しんどっ」

 

(どうしよう、俺を呼びに来た人が明らかに過労死寸前なんだけど……)


 最後に心の声が漏れちゃっているし、手の指とかめちゃくちゃ震えている。


 今までこの大広間に出入りしていたのは衛兵だったが、このやつれたおじさんは宮廷魔術師の制服を着ているので多分親父の直属の部下だ。

 親父は俺をどうこうする前に、自分のところの労働環境を改善するべきだと思う。

 

「ご準備がお済みなら早速会場に向かいましょう。私につ、ついて、きてください」

「俺は別に大丈夫なんだけど、あなたの準備が全く整ってない気が……」


 そんな俺の心配をよそに、このいろいろとまずそうな人は、ふらついた足取りでそそくさと大広間から出て行く。

 俺はそれをあわてて追いかけ、運命の対決会場に向かって進み始めた。



 ――王城内の広い廊下を抜け、曇り空の下でも映える青々とした庭にまで出てきた頃。

 大広間を出てからはずっと無言を保っていた案内人が、不意に口を開いた。

 

「あ、あのーアルト様。少しいいですか?」

「はい? ……えっと、どうかしました?」


 会話はもうないだろうと完全に油断していたが、そうはいかないらしい。

 俺が面を食らいながら返事をすると、少し前を歩くその人は足を止めないまま、俺の方に顔を向けてくる。

 

「これは職務に関係ないことなので、今話すのは不適切なのかもしれませんが……。私のこと覚えてらっしゃいますか?」

「……え?」


 俺の聞き間違いでなければ、今この人は、自分のことを覚えているかと聞いてきた。

 ということは、俺は前にこの人と会ったことがあるんだろうけど……。

 

(やっべ。全然思い出せねえや)

 

「えっと、すみません。最後にお会いしたのっていつぐらい……ですかね?」

「あーいや。覚えてらっしゃらないならいいんです。所詮私なんて、何の記憶にも残らないしょうもない存在ですから……」

「すみません! 今思い出します! えっと、確かあれは……」

 

(まずいぞ。この弱り切った状態で俺がこのまま思い出せなかったら、まじでこの人何をしでかすか分かんねえ)


 でも俺が親父以外の宮廷魔術師と関わったことなんて、ほとんどないはずだ。

 あるとすれば、学外の人間との交流なんてほとんどなかったパルディウス時代よりも前。

 

(そんな俺が小さい頃に会った大人で、まだ覚えてる人っていったら……)

 

「あっ、多分だけど、昔親父に無理やり連れて行かれたパーティーで俺の相手をしてくれた人……ですよね。たしか親父がどっかのお偉いさんにつかまって俺が一人になった時、小さかった俺のおもりをしてくれた――」

「そう、その通りです! いやぁ、そんな何年も前のことを未だに覚えてくれている人がいるなんて……。本当に生きてて良かった!」

 

(よし! 今の顔がやつれすぎててほぼ勘で言ったけど、どうにかなったぞ!)


 喜び方が異常でこの人の情緒が心配になってくるが、さっきでの沈みきった雰囲気よりは、こっちの方がよっぽどましだ。

 

「あぁ申し訳ありません。取り乱してしまいました。私の生存権確認のために申し遅れてしまいましたが、私はロータス・クリック。シルヴェスター様の補佐官を務めさせていただいております」

「生きる権利は確認しなくてもちゃんとありますからね! ……でも、ロータスさんか。なるほど」


 最近どこかで聞いた名前だと思えばあれだ。親父が法律をいじった責任を押しつけていた人だ。

 

(あのパーティーがあったのは八年くらい前だから、この人はその間ずっと親父にこき使われてるのか……)


 本当に気の毒でしょうがない。

 

「いやー、特に最近はシルヴェスター様が私に無茶な要求ばかりしてきて、まともに寝ることすらできないほどの忙しさだったのですよ。なのでアルト様のその優しさが身に染みてきました……。うっ、うっ」

「すみません。辛いのは分かるんですけど、もう少し情緒を安定させてくれませんか?」


 そしていよいよ、いろいろきちゃっているロータスさんが両手で顔を覆い出し、その間から涙があふれ出してきた。

 俺は何の専門知識も持っていないが、この人は今すぐ家に帰って寝た方がいいことくらい分かる。

 そうしないと体も心もやばそうだし、なにより俺が話していてしんどい。

 

(あぁ、早く会場に着いてほしい……)

 

「うっ……。あっアルト様、見えてきました。あの建物が演習場です」

「やった、ようやく解放……。じゃなくて、ようやく勝負ができるぞー」


 いったん庭まで出て、城の周りをぐるっとまわるように移動を始めて十分ほど経っただろうか。


 そうしてようやく現われた演習場と呼ばれる建物は、隣接する王城とはうって変わって飾りっ気のない無骨な外観をしていた。

 小さな競技場のような形をしている演習場の横には『衛兵待機所』の看板が掲げられた建物もあり、ここは王城の警備施設も兼ねていることが分かる。

 

「では私はここで失礼します。手前の入り口が中のグラウンドに続いておりますので、あそこからお入りください」

「なんかいろいろ大変そうなのにありがとうございました。……その、ロータスさんも親父が調子に乗ったことを言ってきたら、ぶん殴ってやってもいいですからね。その時には俺が全力でかばいますから」

「はははっ! そのお気持ちだけで十分ですよ。ありがとうございます」


 殴りたい気持ちがあることは否定しなかったロータスさんは、俺に向かって丁寧に腰を折った。

 

「そ、そうですか。じゃあ――」

「ただ、アルト様が宮廷魔術師になることを拒んでおられることは重々承知しているのですが……」


 俺がお辞儀を返し、そのまま会場へと向かおうとした瞬間。

 ロータスさんは頭を上げながら、そんなことを言ってきたのだが。

 

「アルト様に来ていただけたら、シルヴェスター様のご機嫌が良くなるわ、私の負担は減るわで、ほんとーーーに助かります!」

「……ははっ。そ、そうっすよねー」


 最後に悲痛な訴えをしてきたロータスさんの表情は、本当に鬼気迫るものだった。


 親父がわざわざロータスさんに会場まで案内させたのは、きっとこれが狙いだったのだろう。

 

(クソ親父め! 今からの対決、めちゃくちゃやりづらくなったじゃねえかよ!)


 俺はロータスさんにどんな言葉を返せばいいのか分からず、薄ら笑いでごまかす。

 そしてそのまま方向転換し、逃げるように演習場へと入っていった。

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