挑戦者が現われた!

 中に入るとそこは、少し砂埃の舞う、派手さも華美さもない無機質な空間だった。

 足下の土は固められていて、周りの一段上がったところには簡易な席が設置されている。

 広さはパルディウスの運動場と同じか、それより少し小さいくらいだろうか。


 そしてその中心には、腕を組んで偉そうに佇む人影が一つ。

 

「どうだアルト、昨日はよく眠れたか? ワシとしても、アルトには負けた時の言い訳ができないように万全な状態でいてもらわんと困るからな」

「……だったらロータスさんを俺に会わせるなよ。あの人が余りに不憫ふびんで、俺が手伝ってあげた方がいいのかなって考えちゃっただろ」

「おぉ! それなら勝負抜きで宮廷魔術師になるか?」

「いや、あの人の労働環境改善は俺じゃなくて親父がやれ!」


 演習場に入ってすぐ、俺を待ち構えていた親父が声を上げる。

 いきなりストレスのたまる会話からスタートして軽くイラッときたが、俺はそれと同時に違和感も覚えた。

 

「……そんなことはいいとして、昨日親父が言ってた『魔法部隊の精鋭』ってのはどこにいんだよ? 相手がいないことには勝負なんて始まらないだろ」


 そう、このだだっ広い空間には、周りの座席も含めて、俺と親父以外の気配すらない。

 勝負というからには、親父の隣には血気盛んな強者がいるものだと思っていたので、この状況にはかなり拍子抜けだ。


 だからこそ、俺はその疑問をぶつけたわけだが。

 

「はっはっはっ! アルト、いいことに気がついたな!」


 親父はその返答として、勝ち誇ったような高笑いを寄越してきた。


 そして俺がそんな親父の態度に困惑していると、笑いの収まった親父はぐっと力を込め、さっきよりも一段大きな声を出す。

 

「いいかアルト! なんとお前の対戦相手は……!」


 親父がそう言って答えをためた瞬間、入り口の方から足音が聞こえきた。


 そしてそこに現われたのは……。

 

「あのー、シルヴェスター様? 少しよろしいですか?」

「……えっ、対戦相手ってロータスさんなの?」

「はっ? いや、違う。全然違うぞ。おいロータス! せっかくいいところだったのに、一体何の用だ⁉」

「す、すみません。ただ私は言われた通りにアルト様を送り届けたので、一応報告をしておいた方が良いかと……」

「そんな報告はいらんわ! もういい、お前は雰囲気をぶち壊した罰としてここに残って雑用だ!」

「ええぇぇ! でもシルヴェスター様、それは若い衆がやる予定だったはずでは……?」

「うだうだ言うんじゃない! お前にも対決の概要は伝えてあるからできるはずだろ⁉まずは倉庫から的をとってきて、あそこに並べろ!」

「……承知しました。……はぁ、また余計な仕事が増えた」

「うちのバカ親父に代わって謝ります! ほんとにすみません‼」


 とんだとばっちりを受けたロータスさんは、露骨に肩を落としてこの場から一時退場。


 俺がそんな哀愁漂う背中に向かって何度も頭を下げていると、当の親父は『う、うん』と咳払いをして俺の視線を再び自分の方に向けさせる。


「と、とにかく! さっきは邪魔が入ったが、これを聞けばアルトはきっと腰を抜かして驚くぞ。なんと! 今回の魔法対決でアルトの相手になるのは……!」


 さっきのリベンジのつもりか、親父は大会の優勝者を発表するが如く、長いためを作る。


 そして数秒後、親父がいよいよ自ら作った沈黙を破ろうと大きく息を吸った。

 

「シルヴェスター様、お待たせしました!」


 それと同時に、そんな若々しい活気のある声が、まるでタイミングを示し合わせていたかのように演習場に響く。

 声がした入り口の方に目を向けてみれば、そこには俺と同い年くらいに見える、若い衛兵が立っていた。


 つまり、こいつが俺の相手ということか。


 その若さもそうだが、絶対的な自信を感じるその引き締まった表情が、こいつはただ者ではないと言っているようで……、


「アルト? そんな一目置くような視線を向けてるところ悪いが、こいつも対戦相手じゃないぞ」

「えっ、違うの?」

「はぁ、どいつもこいつも邪魔ばかりしおって……。おい! お前は先週入ったばかりのペーペーだろ! ワシはお前を待っていた覚えなどないが、一体何をしに来た⁉」

「ぺ、ペーペー……」


 俺が自分の見る目の無さに愕然としていると、怒られてすっかり意気消沈した新米くんはさっきまでとは打って変わり、おどおどとした頼りない表情を浮かべて上申する。

 

「あ、あのー。先程私の上司から連絡があったと思うのですが、魔法勝負が行われると聞き、ぜひそれを観戦したいとおっしゃった客人をお連れしました……」

「あー、そういえばそんな話もあったな。ただ、タイミングってもんがあるだろ! ワシが一番盛り上がってるところで話に入ってくるんじゃない!」

「それは大変失礼しました……。そ、それで、こちらがベルナルド……えぇー。ベルナルド・ラバル・ペレイロ・パストラーナ・デ・ラ・ルイサ・ヒメネス三世様と、そのお連れの方です」

「なんか嫌な予感……」


 一度聞いただけでは『なんたらかんたら三世』としか表現しようがない名前が聞こえ、昨日のハインツたちとの会話がフラッシュバック。

 

(……応援に来てくれるのはいいけど、頼むから侵入者だってバレないでくれよ)

 

「シルヴェスター殿、今回は私の要望を受け入れていただいたことを感謝します。ベンザール王国の中でもトップクラスの魔法が見られることを楽しみにしておりますので、本日はよろしくお願いします」

「えっと、ベルナルド・ラバル……、ペ、ペレイラ?……パスタソース・エッサ・ホイサ・ヒメサマ三世の連れである私も楽しみです」


 最悪だ。


 バレないでくれと願っていたら、エキゾチックな服を着ただけのゴブリンと、隣にいる奴の名前もまともに言えない不審人物のコンビが現われてしまった。


 クラリスの顔が真っ赤なのは緊張とか恥ずかしさからだろうが、ハインツの顔も少し赤くなっているのはきっとあれだ。突然パスタソースとか言い出したアホのせいだろう。


 こんなお粗末な出来でここまで来られたことに驚きしかないが、親父は腐りに腐っても国の一機関のトップ。これ以上はさすがに……、

 

「ベンザール王国魔法庁長官、シルヴェスター・オーゲン・クリーズはあなた方を歓迎いたします」


 いけてしまった。


 親父は深々と腰を折り、異国からの客人、という設定の不法侵入者に対して深い敬意を表している。

 

(なんかここまでくると、本当に俺の方がおかしいような気がしてくるな……)

 

「ではそちらの者に席まで案内させます。……おい、頼むぞ」

「かしこまりました。ではこちらです」


 こうしてハインツとクラリスは見事に全員を騙し切り、新米くんの後ろに続いて観戦用の座席に向かっていった。

 その際、クラリスは俺に向かってこっそりと親指を立てていたが、お願いだから余計なことはせずに大人しくしていてほしい。

 

「それじゃあ、気を取り直していくか!」


 すると、親父はさっきまでの儀礼的な口調からいつもの調子に戻り、手を大きく鳴らして俺の方に向き直ってきた。

 

「今見た通り、今回の魔法勝負は魔法に興味があるというナシメント王国の皇太子殿下が観戦されるが、あまり気にしなくていいぞ。黙ってあそこの席から覗くだけだからな」

「……それは全然いいんだけどさ。親父はさっきの二人を見てなんか変だとか思わなかったの?」

「ん? どこか変だったか? あの長い名前の人は到着するのが予定よりも少し早かったが、それ以外に特に変わったところはなかったぞ」

「そ、そっか。ならいいんだけど……」


 なるほど、親父もあの長ったらしい名前を覚えていなかったから、クラリスが変なことを言っていてもそれに気づかなかったのか。

 

(これで全部納得……。いや、だったらゴブリンの方は気づけよ!)

 

「とにかく、そんなことよりも大事なことがあるだろ!」


 俺が心の中でツッコミを入れていると、親父は今度こそとばかりに拳に力を込める。

 

「いいか、アルトには全くの予想外かもしれんが、お前の相手はなんと……!」


 もう何度目か忘れたくらいの、このためる時間。

 

(でも、親父がこんなにもったいぶって毎回得意げな顔をしてるってことは多分……)

 

「もう分かっちゃたんだけど、俺の相手って親父だろ?」

「…………うん」


 用意していた最大のサプライズを見破られ、露骨にしゅんとする親父。

 

「シルヴェスター様、的をとってきましたよ。これを全部並べれば……。あのー、そんなに震えてどうかされ――」

「あああぁぁぁ! うるさいぞ‼ いいからさっさと並べんか!」


 恥ずかしさに身悶えているところを部下に見られ、八つ当たりをかます親父。

 

「あ、アルト! この勝負ワシが絶対勝って、お前を宮廷魔術師にしてみせるからな! い、今に見てろよ!」


 そして今までの醜態をごまかすためか、自分の子供を指さしながら小物の悪役みたいな台詞を吐く親父。

 

「親のこんな姿、こっちが恥ずかしくて見てらんねえよ……」

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