突撃、俺の晩ご飯
「明日の魔法勝負、なんかいい作戦とかないかなー。あっ、食事はそこに置いておいてください」
「か、かしこまりました。……はい、ではこれで失礼します」
「はいはい。お疲れさんでーす」
人間不思議なもので、こんなに浮世離れした部屋であっても、何時間かベッドでくつろいでいたら、もうすっかり慣れてしまった。
そのせいか食事を運んできてくれる人への対応も、自然とフランクなものになっている。
俺はベッドの上に寝転んだまま扉が閉められる音を聞くと、起き上がって夕食が置かれたテーブルの上を確認する。
「昼の時もそうだったけど、飯が無駄に豪華だな……」
ここ何年かは拝むことすらなかったステーキに加え、横にはデザートのケーキが夕食として出され、悔しいけど少しテンションが上がってしまう。
今は飯なんかよりも重要なことがあるというのに。
「うーん、俺も風魔法に関しては現役バリバリの魔法部隊にも負けてはないと思うけど、親父から仕掛けてきたんだし、まじですごい人とかいんのかな?」
もしそうだとすれば、正攻法では通用しないという可能性もある。
「……いや、もっと自分に自信を持てよ! 弱気になってる時点で親父の思うつぼだぞ!」
俺は両頬叩いて、弱気な思考を頭から追い出す。
昼前にここに入れられてからずっと明日の魔法勝負のことを考えていたが、腹をくくって正面突破してやってもいいかもしれない。
「そうですよ。その勝負の内容はよく分からないですけど、アルトさんはすごい魔法使いなんですから、どんな相手が来ても絶対大丈夫です!」
うん、やっぱり自信を持っても大丈夫そうだ。
なぜだかクラリスも俺を応援してくれてるような気がするし。
「おい、そんなことよりもすぐに退散するぞ。ここに長居してると、警備の奴らに見つかる危険がある」
「あぁ、そういえばあいつら大丈夫だったかな? 俺を置いて逃げていった後のことは知らないけど……」
(あ、あれ? 音がやけにリアルだし、クラリスだけじゃなくてハインツの声まで聞こえるような気が……)
「それでアルトさん、このケーキ私が食べちゃってもいいですか? ここまで忍び込むの大変だったんでお腹すいてるんですよ」
「……まあ確かに飯も食べられてなかったし、少しくらいならいいか。よし、では我はこっちの肉の方を――」
「うわあああぁぁ! なんでお前らそんなとこにいんの⁉」
「ちょっ、せっかくアルトさんを助けに来たんですから、あんまり大きな声を出さないでください! 外の人に聞こえちゃいますよ!」
突然ベッド下の隙間から這い出てきたクラリスとハインツの姿に俺がビビり散らしていると、うつぶせ状態のクラリスが自分の口の前に指を立てた。
ただ、ここにいるはずのない二人がいきなり現われただけで驚くのに、そんなホラーすぎる登場の仕方をされたら声くらい出たってしょうがないと思う。
「お、おい。俺を助けにこんな王城のど真ん中まで来てくれたのはありがたいけどさ、どうやってここまで来たんだよ? ここは簡単に侵入できるような場所じゃないぞ」
「それはハイちゃんの変装のおかげですよ。私たちはアルトさんが拉致された後、すぐにその後を尾けていったんですけど、なんと王城に入っていったじゃないですか。なのでハイちゃんは外国の皇太子の変装をして正面から突破したんです。相手がそんなに偉い人なら王城に用があっても不思議じゃありませんし、いくら身長が極端に低かろうと、隣に私みたいな関係性が謎の若い女を連れてても、そのことをうかつに聞けませんからね」
「た、確かにそうだけど、それで入れちゃうこの城の警備が心配だよ!」
今のハインツは変装を解いていて俺はその皇太子になった変装姿は見てないが、絶対に拭いきれない違和感は残っていたはず。
(だってゴブリンなんだよ? 体、緑なんだよ⁉)
「いただきまーす……。それで、その後はいろいろ中を隠れながら回ってアルトさんがいる部屋を見つけ出して、ベッドやテーブルがここに運ばれる時にそれに紛れて部屋に入ったんです。あとはアルトさんが一人になる瞬間を見計らって……。これすごくおいしい!」
「王城の入り口までは団長も一緒だったんだが、あの方はお年がお年だからな。昨日のダンジョン遠征の疲れが祟り、尾行の最中に完全にバテて今はアジトで休まれている。……この肉、信じられないほど柔らかいな。どうやって焼いたらこうなるんだ」
ベッドの下から完全に出てきた二人はテーブルに置かれた料理の皿を手に取ると、俺が座っているベッドに腰掛けて本格的に食事を始める。
口に食べ物を入れながら喋るその姿は行儀の良いものとは言えないが、おかげでここにいない団長も含めた全員の無事が確認できた。
そのことが分かり、俺も安心から息が漏れる。
団長たちが俺に背中を向けて逃げていった時には見捨てられたと思って腹が立ったが、衛兵たちがアジトに来た理由が俺にあると分かってからは、三人を心配していたので本当に良かった。
それに、すぐに俺を連れ戻しに来てくれるなんてちょっと照れる。
(ただ、こうなってくると衛兵に連れて行かれる時にこいつらを道連れにしようとした俺はどうなんだって話になるな……。よし、そのことは黙っておこう)
「ふー、ごちそうさまです……。で、アルトさん? さっきは何も分からないまま応援しちゃいましたけど、さっき言ってた『明日の勝負』って何なんですか?」
すると、用意されていたケーキをあっという間に平らげて満足したらしいクラリスは、空いた皿をテーブルに戻しながら俺に尋ねる。
「その話に関しては我としても気になるところだな。幸い、外の連中が中に入ってくるような様子もないし、お前が王城に連行された事情も含めて先に説明してもらおうか」
そしてハインツの方はというと、俺の横に座ったまま、いったんフォークを置いて真剣な声音で質問を重ねた。
「……これは全部言っちゃうしかないか」
俺は親父のこととかをごまかせないかと一瞬考えたが、すぐにそれを断念。
こんな王城の奥深くで歓待を受けている時点でおかしいし、クラリスやハインツ、それに団長をここまで巻き込んでしまった以上は洗いざらい話すのが筋だろう。
「ちょっとどこから説明したらいいのか分からないんだけどさ……」
「そうか。『魔法庁長官であるお前の父親がお前を自分のもとで働かせる説得のために王女不在で自由に使えるこの王城にお前を拉致したが、結局誘いを拒否された。そこで魔法の腕に自信のあるお前を挑発し、まんまとお前の将来を賭けた勝負を取り付けることに成功した』ってところまでは既に知っているから、この部分以外を説明すれば足りるぞ」
「この部分以外というか、それが全部だよ! なんでそんなことまで知ってんの⁉」
「ふっ、それぐらいのことなど、王城内で聞いた衛兵たちの会話や、今のお前が置かれた状況から簡単に察せられる。ゴブリンだからといって我をあまり侮るのではないぞ」
「お、おみそれしました……」
俺がバファルッツの面子には一切言っていなかった裏の事情を、王城内に潜入していたわずかな時間だけで完璧に把握したハインツ。
そんな驚異的な洞察力に、若干舐めてかかっていた俺も思わず頭を下げてしまった。
もしも今ハインツの口元にステーキのソースがべっとりとついていなかったら、あやうく先生と呼んでいたと思う。危ないところだ。
「えっと、じゃあクラリスも俺の親父のこととか分かってたのか?」
「わ、私ですか? も、もちろん私も分かってましたよ。アルトさんが衛兵に連れて行かれた時にはもう全部……」
「お前は分からなかったんだな」
「ううっ……。もう、アルトさんもハイちゃんもそういう大事なことはすぐ私に教えてくださいよ。これじゃあ私だけ何も分かっていない間抜けみたじゃないですか!」
「実際何も分かってない間抜けだからいいだろ。今回も、城の中に入るのは我だけで十分だと言うのに無理やりついてきただけだしな」
ハインツはそう言うと皿を俺に押しつけ、そのままベッドから飛び降りた。
そしてそのまま、何かを探すようにゆっくりと大広間の壁沿いを歩いていく。
「ここから抜け出すには……。おっ、あそこに通気口があるな」
「えっ、もう帰っちゃうんですか? だったらアルトさんは……」
壁の最上部に位置する通気口に入るべくその下に椅子を運ぶハインツを尻目に、クラリスは不安げに俺の方を見つめてくる。
「もともと連れて帰る予定だったが、こいつは居残りだな。この状況で連れ帰っても、またすぐに衛兵たちが押しかけてきてしまう」
「まあ、普通に考えればそうなるよな」
二人がわざわざ危険を冒して俺を助けに来てくれたことは本当にありがたいが、親父とけりをつけないまま城を抜け出しても根本的な解決にはならないだろう。
それが分かっているからこそ、俺は二人と一緒にここから出て行くわけにはいかない。
「あのー、すみません」
すると、さっきからずっと俺の方をもじもじと見ていたクラリスが近づいてきた。
「さっきは知ったかぶりしちゃったんですけど、本当は私、今アルトさんが置かれた状況が全然分かってなくて。それこそ、私の知ってることなんて明日魔法に関する勝負があるってことくらいなんですよね」
見れば、その表情は普段通りの明るいものになってはいたが、それは吹っ切れた、というよりも平然を取り繕っているようだった。
「クラリス……」
「だから本当は、勝算はあるのかとかを訊かなきゃいけないと思うんですけど、アルトさんは私のかわいい手下ってだけじゃなくて、私の頼れる先生でもありますから。私が言うのはこれだけです」
クラリスはそう言うと、俺の目をまっすぐ見つめ、
「明日はちゃちゃっと勝って、みんなでアジトに帰りましょう!」
その瞬間だけは、一つの陰りもない笑顔を見せてきた。
「あぁ、そうだな。俺は大魔法使いなんだし、明日は一瞬でけりをつけてやるか!」
「ふふっ、私もそこまでは言ってないですけどね」
「……おーい、準備できたぞ。そんな調子乗りは置いといて、お前は我と一緒に退散だ」
俺とクラリスが軽口を言い合って笑っていると、脱出準備を終えたらしいハインツから声がかかった。
そっちの方向に顔を向ければ、通気口の蓋はすでに外されていて、その下に置かれた椅子に立っているハインツは腕を組み、むすっとした表情でこちらを見ている。
「じゃあ私も行きますね。私は絶対応援に行くので、その会場で会いましょう!」
「えっ、応援? いや、それは別に――」
「では、また明日です!」
クラリスは俺が全てを言い切るより先に、すぐハインツの方へと走っていった。
(……気持ちは嬉しいけど、二人が捕まるとかなり面倒なことになるから複雑だな)
「おい、我は応援になんて行かないぞ。我々は招かれざる客だってことくらいお前も分かってるだろ?」
「それはそうですけど、どうせハイちゃんはどこで勝負をやるのかも知ってるんですよね? それならさっきの、なんちゃらかんちゃら三世の変装して行っちゃいましょうよ」
「だから我の変装相手の名前くらいちゃんと覚えろ! さっきはお前が名前をうろ覚えだったせいで、危うく変装がバレるところだったんだからな!」
「だってさっきはすごい緊張してましたし、それにあれ長いんですもん。そうだ! だったら私がその名前をちゃんと覚えられたら二人で応援に行くってのは……」
通気口の中に入っていく最中もずっと言い合いをしていた二人を見送り、俺は今度こそ部屋に一人残されることになった。
「……あれは元に戻しといた方がいいよな」
二人が脱出の為に使った椅子や外されたままの通気口の蓋が目に入り、俺は立ち上がってそれを片付けに向かう。
二人がいたのは短い時間だったが、おかげで明日に向けての気合いが入った。
だから今日は明日に備え、しっかりと食べて早く寝なければ。
そう思ってふとテーブルの上を見てみると……。
「うわっ、あいつら俺の分まで残さずに全部食ってんじゃん! まじかよ!」
――その後、俺は皿の回収に来た人に向かって『さっきここに来た俺の仲間が全部食べちゃったんで、もう一回作ってくれますか?』とは言えず、腹を空かせたまま眠りに就く羽目になった。
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