豪華な牢屋

 衛兵によって逮捕された場合というのは、衛兵所に連れて行かれるのが通常だ。

 そこでは強面のおじさんから尋問を受けたり、軽い罪だと一晩ほど留置場に入れられたりするらしい。


 しかし、俺の場合は普通の逮捕とは違うようで……。


「それでは、こちらで少々お待ちください。もうすぐがいらっしゃいますので」

「それって俺の親父のことですよね?」

「……とにかく、ここでお待ちください」


 王都の北端に位置する王城内のかなり奥の方。普通の人は一生入ることのなさそうな、だだっ広い大広間にて。


 この唐突な逮捕劇の首謀者に心当たりしかない俺は、ここまで俺を連れてきた衛兵の一人に話しかけるも質問の核心には答えてくれず、結局全員部屋から出て行ってしまった。


 これで部屋に残されたのは俺一人。


 今さら逃げ出そうなんていう気は起きず、たった一人で過ごすにはあまりに過大なこの空間を、俺はぼぉーと眺める。


 壁や柱には華美な装飾があり、天井には大きなシャンデリアが四つぶら下がっている。

 この場所ではきっと、国内外の要人を集めた豪華なパーティーなんかが夜な夜な開かれているに違いない。


 これからここで始まる話し合いは、そんな優雅なものには決してならないだろうが。


「アールト!」


 俺がそんなことを考えていると、聞きなじみはあるが不快感しかない不思議な声が聞こえてきた。

 その音の発生源の方に目を向けてみれば、そこにいたのはやはり。


「父さんの職場にまで来てくれるなんてうれしいなぁ。今日はこの城の中でも一番豪勢な部屋を用意したから、ここでゆっくり――」

「自分の部下使って無理やり連れてきといて何言ってんだこのバカ親父! 職権乱用が過ぎるだろ‼」


 にやにやと笑いながら近づく親父が視界に入った瞬間に俺の怒りが爆発。

 空気の読めない親父も俺のあまりの剣幕にはさすがにひるんだようで、両手を挙げて俺をなだめるようなポーズをとる。

 

「おいおい、アルトも少し落ち着け。確かに、魔法部隊を使って多少強引にここまで連れてきたのは認めるが、そこまで怒らなくていいじゃないか」 

「突然衛兵に拘束された上に、人の多い街中を引きずられてきたんだぞ⁉ 怒って当然だろ! それに俺なんか、もういろいろバレたのかと思ってめちゃくちゃ焦って……」

「バレるってアルト、衛兵に知られたら逮捕されるような心当たりがあるのか?」

「べべ、別にそんなんはねえけど? ただちょっと驚いたってだけで……」


(あっぶな! 完全に口が滑った!)


 フランカたちは黙っていてくれると言っていたし、世界征服うんぬんは親父も知らないはずだから言葉には気をつけないと。

 

「まあそんなことはいいとして……。アルト、お前が今働いてるあれは一体何なんだ?」

「えっ⁉」


 すると、その『うんぬん』に鋭く迫る質問が親父から唐突に飛び出し、思わず声が漏れた。

 

「アルトがいつまで経っても家に帰ってこないから部下たちに居場所を探させてみれば、とんでもなくボロボロの建物に入ってくお前を見たと言うじゃないか。なんでそんなところで働いてるんだ?」

「そ、それは全部親父のせいだろ⁉ 法律変えて冒険者になれないようにしたり、街中に俺を雇わないようお達しを出したりして!」

「まあそれもそうだが、だからってそんなところで働かなくたっていいだろ。だからアルト、そこは今すぐ辞めてワシのところへ来なさい」

「……俺は俺なりに頑張ってんだよ。別に悪いことをしてるわけじゃ……ないから放っておいてくれ」

「ちょっと不穏なところで詰まった気がするんだが……、本当か?」

「あ、当たり前だろ! ふざけたこと言うなよな、まじで」


 無意識のうちに視線を逸らながらの返答になってしまったのが情けないが、俺は嘘なんて言っていない。

 それどころか、俺はダンジョンのゴーレムを一掃したという実績まであるんだ。むしろ表彰されたっていいくらいだろう。


 だからこそ、俺自身が選んで入ったバファルッツを、親父の要求に応えて辞めてやる義理なんて存在しない。

 

「とにかく、俺は冒険者になれない限り今の仕事を辞めるつもりなんてないからな」


 今さら何を言われても自分の考えを曲げるつもりはない。そんな思いを込めて、俺は言いながら親父を軽く睨み付けた。

 こうすれば言い返すこともできないだろう、と思っていたが。

 

「アルトがそう言うだろうとはワシも思っていた。だから今回は、ただ説得するだけじゃなくてちゃんとを用意しておるぞ」


 と、意外にも親父はすぐに反応してきて、さらに気になることを口にした。


 俺が少しあっけにとられていると、親父はすかした表情を浮かべたまま話を続けていく。

 

「アルト、お前が今の仕事を続けることを認めるし、今後お前を宮廷魔術師に勧誘することは一切しないと約束しよう」

「えっ、まじで⁉ でもなんで急に――」

「ただし! どんな過酷な環境でも一人で生きていける実力があるんだと、ワシに認めさせてみなさい」


 俺が望むような言葉が初めて出てきたのも束の間。親父はしたり顔で仰々しい条件を出してきた。

 

「……えっと、一人で生きていけるってのは何? サバイバル的なやつ?」

「違う違う。簡単に言えば、自分が一人前の魔法使いであると示せってことだ。ワシだってアルトにはアルトが生きたいように生きて欲しいという気持ちはあるが、親としては息子に危険な目に遭って欲しくないという気持ちもある。そこでアルトには、たとえ地の果てだろうと、言葉の通じぬ異国だろうと、どこに行ったとしても腕一本で生きていけるほどの魔法の実力を見せてもらいたい」


「まあ、言いたいことは分かったけど、その実力の証明方法は? 親父の主観で判断とか言うなよ。絶対に私情にまみれた審査になるだろうからな」

「ふっふっふっ。いくらワシでもそんな小狡いことはせんよ。ワシが提案する証明方法はずばり、魔法勝負だ!」


 親父はそう言って両手を大きく広げてみせてきた。

 そんな姿に俺も思わず『うざっ!』と言ってしまいそうになったが、俺がリアクションをとるよりも先に親父から詳しい説明が入る。

 

「アルトにはベンザール王国が誇る魔法部隊の精鋭と戦ってもらう。魔法の精度や威力なんかを競うんだ」

「……パルディウスの試験みたいな感じか」


 聞けば、親父の言っていた魔法勝負とやらは、学生時代に何度も受けた実技試験の形式と同じようなものだった。

 俺も魔法の腕には自信があるし、この提案は案外悪いものではないかもしれない。


 ただ、対決という形式をとる以上、勝ちがあれば当然負けもあるわけで。

 

「俺が勝てば親父は金輪際口出ししないって話だったけど、もし負けたら?」

「そのときは、アルトはまだワシの助けなしには生きられないひよっこということで、宮廷魔術師になってワシのもとにいてもらう」

「なるほど、そっちが親父の狙いってわけか」


 言ってみれば、これは親父からの挑戦状だ。


 ただ、勝算もなく勝負を持ちかけるようなバカはいないので、こういった誘いにほいほいと乗るのはあまり賢い選択とは言えない。

 

「まあ、アルトは学校を首席で卒業したといっても、所詮は厳しい戦いの世界を知らない甘ちゃんだからな。勝つ自信が無いなら断ってくれてもいいぞ」

 

 そして見え見えの挑発。俺を見下ろしてくるような視線がむかついてしょうがない。

 俺もこんな安い挑発に乗らず、しっかりリスク管理をしてから答えを出さなければ。

 

「それに魔法の実力もまだ学生レベルで」


 出さなければ、いけないのに……。

 

「まだまだ父さんのレベルからはほど遠いもんな!」

「よし、その勝負受けてやるよ! 精鋭だろうがなんだろうが絶対ぶっ倒して――」


「はい、これで正式決定だな! 明日に魔法部隊の演習場を確保しとるから、対決の場所はそこで。あとアルトはそんなことはしないと思うが、一応逃亡防止のために明日まではこの王城の中にいてもらうぞ」

「……へ?」


 俺が怒りと勢いで勝負を受けてしまった瞬間、親父は『待ってました』と言わんばかりに魔法勝負の詳細を語り出した。


 しかもその内容は明らかに周到に準備していたもので……。

 

(もしかしなくても、完全にはめられた?)

 

「それではワシはこのへんで。後でベッドとかの家具類に、飯時になったら食べ物なんかも持ってこさせるから、アルトはここでゆっくりしていなさい」

「……えっ、俺今日ここで寝るの⁉」

「父親の威厳が示せる空き部屋はここだけだったからな。明日までレーナちゃんは外遊の予定だし、アルトが寝てる横で突然パーティーが始まることはないから安心しなさい」

「そうじゃなくて、こんな金ぴかのだだっ広い空間で落ち着けるわけないって話だよ!」

「それにドアの前に見張りの人間を置いとくから、何かあったらそいつに言ってくれ。それじゃあアルト、明日の勝負楽しみにしてるぞー」

「だから話を聞け‼」


 俺の絶叫をどこ吹く風でスルーした親父はひらひらと手を振りながら、お一人様一泊には不向きすぎるこの大広間から出て行ってしまった。


 扉を閉めた時にガチャッという音が聞こえたので、俺は明日までここに軟禁状態になるのだろう。

 親父が出て行った扉をそのままじっと見つめていると、自然とため息が漏れてくる。

 

「……勝負なんて受けずにさっさと逃げれば良かったな」


 負けたら宮廷魔術師確定、つまり夢を追えなくなってしまうというリスクの大きさに今さらながら気づいたが、どうあがいても後ろに退くことはできない。


 俺がこぼした弱音は、この豪華絢爛な大広間の中でむなしく霧散するだけだった。

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