事件発生

「ちょっと待ってください。同じアパートなのに、なんでアルトさんの方が家賃が安いんですか⁉ こんなの不公平ですよ!」

「いや、クラリスは端の部屋だろ? こっちは両隣から音が漏れ聞こえてくるんだから、安くて当然だよ。しかも、右隣の奴なんかは、夜に下手くそな歌をでかい声で歌いやがるし」


 アジトに向かう中で、俺たちは同じアパートの話題で盛り上がっていた。


 朝の日差しが街全体を包み込み、すれ違う人の数も増えてきている。

 もう、街が動き出す時間だ。

 

「最近夜になると、下の方から気持ちの悪い不快な音がすると思ってたんですけど、もしかしてこれその人の声だったりします?」

「多分そうだとは思うけど、さすがに言い過ぎじゃないか……?」


 クラリスの辛辣すぎる評価に、俺は顔も知らない迷惑な隣人に軽く同情してしまう。

 そして、そんなとりとめのない話をしていると、あっという間に俺たちのぼろアジト前の通りに入ってきた。

 

「やっぱりアジト近くの公園にしといて正解でしたね。こんなに移動時間が短いなら、ギリギリまで魔法の授業ができますよ」

「だから次からは出勤前はやめようって……。あれっ、あそこにいるのって団長とハインツじゃないか?」

「ほんとですね。何をやってるんでしょう?」


 いざ出勤しようとアジトに近づくと、入り口の前にはなぜか中に入らず、何かを話し込む団長とハインツがいた。

 なにかトラブルでもあったのか、団長は腕を組んで唸るような表情を浮かべている。


 俺とクラリスはそうした団長たちの様子を認めると、少し歩く速度を上げて二人のもとへと歩み寄った。

 

「団長にハイちゃんもどうしたんですか? 早く中に入りましょうよ」

「……あっ、ちょっとお前、そんな大きな声を出すんじゃない」

「クラリスか? いや、ちょっと面倒なことに……。おっ、アルトもいるじゃないか! ちょっとこっちに来てくれるか?」

「えっ、なに? 面倒なことならあんまり関わりたくないんだけど……」

「新入りはうだうだ言わずにさっさと来るんだよ」

「お、おい! そんなに引っ張るなって」


 『面倒』というワードに反応して俺が思わず足を止めると、ハインツに袖を掴まれて強引に扉の前まで連れて行かれた。

 それに続いてクラリスもアジトの入り口のところまで来ると、そこで団長から小声での事情説明が入る。

 

「いやあ、どうにも我々のアジトに侵入者がいるみたいでな……」

「し、侵入者ですか⁉」

「だからお前は静かにしろって」

「あっ……」


 ハインツに再び注意され、クラリスは慌てて口に手をあてる。

 

(……なんか、朝っぱらからいきなり物騒な展開だな)

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。侵入者ってなにかの勘違いじゃないのか? こんなボロボロの建物にわざわざ入っていく物好きなんていないと思うけど」

「そんなことを言うんなら、アルトも扉に耳を当ててみなさい。……ほら、変な音がするだろう?」

「……あぁ、確かにちょっと音が……。いや、これ結構な音だな。何これ?」


 俺が団長に続いてドアに聞き耳を立てると、中からはガサゴソという音が同時多発的に聞こえてきた。

 それはどこからともなくやって来た動物が中に迷い込んだというよりも、意図を持った人間が何かを物色していると説明された方が納得できる異音だ。

 

「今朝は散歩がてらハインツの依頼書回収にワタシも同行してたんだが、帰っていざドアを開けようとしたらこの状態だ。まったく、一体どこの誰がこんなことを」

「それならさっさと通報しようぜ。なんなら俺が衛兵でも呼んでこようか?」

「いや待て。我らバファルッツはほとんど何の実績もないとはいえ、世界征服を目指す秘密結社だ。そのアジトを衛兵なんかにほいほいと見られるわけにはいかないのだよ」

「誰かに入られてる時点でもう手遅れだと思うけど……。じゃあ、どうすんの?」

「そこでだ。アルト、今から中に入って侵入者たちをつまみ出してきてくれ」

「……はい?」


 団長からの突然の無茶ぶりに、俺は頭の理解が追いつかず、すぐに聞き返してしまう。

 

「えっと、中に一体何人いるのかとか、相手の目的、それにどんな武器を持ってるかも分からないような状態のまま一人で突っ込んでいけってこと?」

「まあ、そういうことになるな。だから頼むぞ、バファルッツが誇る戦闘員よ!」

「いやいやいや、さすがに無理だって。戦闘員なんて言われても、こういう人間が絡む犯罪系のやつはゴーレムとかとは別の怖さがあって嫌なんだけど」


「私もモンスターの子なら大歓迎なんですけど、犯罪者は勘弁なので一人でお願いします」

「えぇ……、じゃあハインツは?」

「我にはバート様をお守りするという責務があるのでな。さっさと一人で行ってこい」

「ちょっと待って、まじで俺が行くの⁉ やっぱり大人しく通報した方が……」


「アルトさん、私の命令には絶対服従ということでしたよね? 早く行ってください」

「お前は都合のいいときだけ兵長ヅラすんなよな! ……あぁもう、行けばいいんだろ、行けば!」


 全員から強めの圧力を受け、俺は単独でのアジト突入を渋々承諾。


 三人はそれを受けて『頑張れ』だのなんだの声をかけてきたが、激励なんかよりも普通についてきて欲しい。

 そんなことを思いながら俺が改めて扉の前に立つと、本来なら誰もいないはずのアジトの中からは、やはり何かが倒れたりぶつかったりするような異音が聞こえてくる。

 

(しかも、さっきよりも音が大きくなってないか……?)


 俺は一つ覚悟を決めると、中にいるに気づかれないよう、斜めにしたドアノブをゆっくりと手前に引いた。

 本来なら鍵がかかっていて開いてはいけないはずの扉も、やはりと言うべきか。

 

「開いた……」


 この時点で中に侵入者がいることは確定。


 それによってさらに警戒心を高めた俺は、扉をいきなり全開にするのではなく、拳がギリギリ入る程の隙間のみを空ける。

 そして中の様子を窺うべく、その隙間からそおーっとのぞき込むと……、

 

「おい見ろ! 対象が戻ってきたぞ!」

「よし! すぐに連行――」


 バタンッ!


 アジトの中にいた衛兵数人と目が合い、俺はすぐにドアを閉めた。

 

「ここはもう終わり! みんな早く逃げ……ろって言う前から逃げるんじゃねえよ! 俺を置いていくな‼」


 慌てて後ろを振り返ると、脇目も振らずに走って逃げる三人の姿が見えた。


 俺もそれに続いて逃げ出そうとしたのだが、その瞬間。

 

「確保ぉ‼」

「ちょ、何だよ⁉ 離せよな!」


 勢いよく開けられたドアが壁にぶつかる音と共に、中から飛び出してきた二人の衛兵に両脇を抱えられてあっさり捕まってしまった。

 

「おい、俺はなんも悪いことなんてしてねえぞ! こんなの不当逮捕だ‼」

「……申し訳ありませんが、あなたにはこれから我々に同行してもらいます」

「いやだから連れて行くならちゃんと俺の容疑を……、おい! 無理やり引きずるな! ちゃんと俺の話を聞け!」


 俺は必死に抗議をするも、それは完全にスルーされる。

 そしてさっき目が合った残りの衛兵三人もアジトから出てきて、俺が逃げられないよう、俺と俺を拘束する二人の衛兵を取り囲んできた。


 そんな厳重体制のまま俺が連行されていると、かなり遠くの方に……。

 

「あっ、あそこの建物の陰にいる三人がこの組織の中心だぞ! だから入りたての俺よりあっちの方を優先しろって!」

「…………」

「だから話を聞けよ‼」


 結局、俺の言葉に返事が帰ってくることは一度もなく、自分を連行する衛兵の制服が、衛兵は衛兵でも親父が指揮権を持つのものであることには、俺は王城の中に連れ込まれるまで気づくことができなかった。

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