似た者同士
「……えっと、私もかなり加減したので三十分もすればまた動けるようになりますよ」
「お前、この時間を計算してあんな早くに来てたんだな。変なところで計算高い奴め」
結局、昨日と同じように体をガッチガチに固められた俺は、その犯人に向けて嫌みを一つくれてやる。
「それで、私の魔法の問題点は分かりましたか?」
すると、俺と同じベンチに座っているクラリスから本題となる質問が飛んできた。
俺は頭を満足に動かせないので視線だけを横に向けると、クラリスはさらに話を続ける。
「さっきの二回目は、私の魔法の特徴をはっきり把握した上でやったじゃないですか。なので、私が魔力回復を使ったときに人を固めちゃう原因が分かったり……?」
「いや、まだ全っ然進展なし」
「はぁ……。やっぱり、そんな甘いものじゃないですよね……」
「あっでも、気になることは何個か出てきたかな」
「……気になること、ですか?」
俺は小首を傾げるクラリスに向けて、二度の硬直によって得たわずかな収穫を伝える。
「ほら、今日は昨日と違って、すぐに俺の体が固まっちゃったじゃん?」
「あぁ、確かにそうでしたね」
昨日と今日。クラリスが同じように魔法をかけ、同じように俺が固められる、というほとんど同じ展開の中でも一つだけ違いがあった。
それは俺の体が硬直し始めるまでの時間だ。
「昨日は俺の魔力がスカスカ状態で、今日が逆に満タンだったのが理由なのかなって思ってるけど、確信は持ててないな」
「なるほど。私も固まるまでの時間はあまり考えたことがなかったですけど、そこはちょっと気になりますね」
この件については今後も調べていくとして、俺が引っかかっていることはまだある。
「あと、これは昨日から思ってたことだけどさ。手とか足は動かせないのに、こうやってちゃんと喋れてるのって不思議だと思わないか?」
「言われてみれば……。なんで口だけは動くんでしょうか?」
「いや、動かせるのは口だけじゃないんだよ。目は瞼も含めて普段通りだし、頭と首は微かにだけど動かせる」
「うーん。動く部分と動かない部分、どういった違いがあるんでしょうか」
そんな異常現象を生み出す張本人のはずなのに、クラリスは本気で頭を悩ませている。
お前が分からなかったら誰が分かるんだよと思わなくはないが、こいつの先生になってしまった以上、俺に原因を探る責任があるのでここはぐっと我慢。
「初日の進展としてはこれで十分だろ。俺ももう動けないし、これで終わりでいいか?」
「そうですね、今日の授業はここまでにしますか」
これにて俺の先生としての初授業が終了。
正直クラリスの問題の解決にほとんど近づけてない気もするが、きっと頑張った方だ。
(全くの白紙になった次の授業プランは帰ってから考えるか。風呂に入って、うまいもんでも食えばきっといいアイデアが降って……きてください。お願いします)
「じゃあアルトさん、アルトさんが動けるようになるまでおしゃべりでもしましょうよ。固まってる間は暇ですよね?」
「まあ暇だけど、それをお前が言うなよな……」
俺がとうとう神頼みを始めると、クラリスから少しだけ癪に障るお誘いがくる。
「それに、昨日は『おしゃべり』とか言って自分の話を一方的にし続けた奴がいたけど、そんなのは勘弁してくれよ」
「あ、当たり前ですよ! 私も昨日は内心うんざりしてたんですからね!」
俺と同じ気持ちだったらしいクラリスは、あんな奴と同列扱いするなという怒りを込めた反論を終えると、頭を切り替えるように息を吐いた。
「それなら、何個か質問し合いましょうよ。そうすれば自分語りにならなくて済みますし、お互いにまだ知らないことも多いですから」
「そうだな。俺も雑談を何分ももたせるほどのトーク力なんてないから、そっちの方がありがたい」
「……私も同じことを考えてましたけど、嫌なところで気が合いますね。では、アルトさんからどうぞ」
「俺から⁉ ……えっと、そうだな」
「あっ、学生時代の質問は無しでお願いします。私には苦い経験しかないので……」
「……ほんとに嫌なところで気が合うな。俺もろくな思い出がないから安心しろ」
なんだか、傷の舐め合いみたいになってきた。
(このままだと悲しくて涙が出てきそうだし、さっさと質問するか)
「これはずっと気になってたことだったんだけどさ。クラリスって、なんでバファルッツに入ったの? 自分から門を叩いた俺が言うのもなんだけど、あんなの未来ある若者が入るようなところじゃないだろ」
「ははっ。確かにそうかもしれませんね」
どうやらクラリスにも、自分が所属する組織が変だという自覚はあったようだ。
俺の散々なバファルッツ評に対して、クラリスは笑いながら同意した。
「ほら、魔法学校を退学になったって前に言ったじゃないですか。そのことを家族にも言えず、働こうにもなかなか私を雇ってくれるところが見つからなくて……。で、そんな時に、なんでもいいからとにかく魔法使いが欲しい、と言って団員を探している人を見つけたんですよ。それがアルトさんもご存じの団長です」
「……ということは、お金目当て?」
「はい! もちろんです!」
未だに体を動かせない俺は、隣に座るクラリスの表情をうかがい知ることはできないが、きっと満面の笑みを浮かべているに違いない。
今まで聞いた声の中で、さっきのが一番生き生きしてた気がするし。
「でも、団長はまともに魔法を使えないお前をよく雇ったな。俺だったら絶対断ってるぞ」
「それはもう、誇張に次ぐ誇張でどうにか。団長もハイちゃんも、別に魔法に詳しいわけじゃないですから、割と簡単にごまかせましたよ」
「えぇ……」
「まあ、入ってすぐに私が魔法をほとんど使えないことはバレちゃいましたけど、『私をクビにすれば、この組織の存在はきっと世間に……』と脅しにはならないギリギリの言葉で攻めてたので、今も私はちゃんとバファルッツの一員でいられています。流石にちょっと罪悪感はありますけどね」
「それに関しては、ちょっとの罪悪感じゃ足りないと思う……」
クラリスの思わぬ入団経緯を知り、こいつの面の皮の厚さに驚いてしまう。
ある意味、こいつはもの凄い度胸を持っているのかもしれない。
「じゃあ次は、私から聞いてもいいですか?」
俺がクラリスに軽くびびっていると、そんな強心臓女から声がかかる。
「アルトさんのお友達二人は冒険者をやってましたけど、アルトさんは冒険者を目指さなかったんですか?」
「い、いきなり核心をついてくるな……」
親父のことを隠しておきたい俺としては、これはかなり答えづらい質問だ。
ただ、クラリスはかなりぶっちゃけた答えをしていただけに、俺だけ嘘はつきたくない。
そうなると、俺が答えられることはかなり限られてくる。
「目指してたは目指してたんだけど、いろいろあったんだよ」
「……今はどうなんですか?」
「えっ、今?」
「今も、冒険者になりたいと思ってるんですか?」
嘘を避けた結果の曖昧な答えを突っ込まれると思っていたが、クラリスは苦し紛れにはぐらかした『いろいろ』の部分ではなく、現在の俺の心境を訊いてきた。
そこに関しては嘘やごまかしは必要ない。俺が自信を持って答えられる、数少ない軸だ。
「なりたいよ。冒険者になることが俺の夢……だったんだけど。今はちょっと厳しいというか、何というか……」
「厳しい? アルトさんはすごく優秀な魔法使いなのに、一体何が問題なんですか?」
「……そこは詳しくは訊かないでくれ」
これでクラリスが納得するかは分からないが、俺としては今話せるギリギリの答えをしたつもりだ。
「そうですか。アルトさんもいろいろ大変なんですね……」
すると、クラリスから俺を同情するような言葉が返ってくる。
ただ、その声音からは話している言葉とは裏腹に、なぜか嬉々としたものが感じられ……。
「でも、そういうことならアルトさんはこれからもバファルッツにいるんですね!」
「ちょっ⁉ いきなり顔近づけてくんなよ! 色んな意味でビビるだろ!」
「あっ、すみません。アルトさんが先生を続けてくれそうと分かってつい……。あっ、アルトさんも動けるようになったじゃないですか」
「ん? ……おぉ、ほんとだ!」
視界に突然入ってきた無邪気な笑顔に驚き、思わず横にのけぞった俺は、クラリスの指摘で初めて体の硬直が解けたことに気づいた。
なんだかんだと言っているうちに、結構時間が経っていたらしい。
俺が手と足を伸ばして体のこりをほぐしていると、クラリスはひょいとベンチから降りて俺の方に振り返った。
その胸には自分が持ってきた魔法書が抱えられている。
「では、そろそろ出勤しましょうか。遅刻するとハイちゃんに怒られちゃいますからね」
「えっ、自由になった途端に仕事かよ……。次からは、授業は休みの日にやろうぜ」
立ち上がりながら軽く愚痴をこぼした俺は、先を行くクラリスに続いて歩き出す。
「結局、お互いに一個ずつしか質問できませんでしたけど、何か言い残したことはありますか?」
「言い残したことか、そうだな……」
二人で並んで公園を出る瞬間、俺の頭に昨日の出来事が浮かんだ。
「そういえば昨日クラリスを送って初めて知ったんだけどさ、俺が最近住み始めたアパートって、クラリスと同じとこだったんだよ。すごい偶然じゃない?」
「えぇ……、なんかちょっと嫌ですね」
「お、おい。地味に傷つくこと言わないでくれよ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます