人をイラつかせる天才

 二人とギルドで別れた俺は、全ての元凶のもとへ駆け足で向かっていた。


 こんなことになるぐらいなら何も言わずに黙って冒険者になればよかったと、走りながら何度も悔やんだが時すでに遅し。

 昨日は泣き落としを使ったが、今日は強硬手段も辞さない覚悟だ。


「はぁ、はぁ……。やっと着いたぞ」


 今朝ぶりに自宅の前まで戻ってきて、まずは荒くなった呼吸を整える。


「起きたら家に誰も居なかった時から変だと思ってたけど、まさか裏であんなことやってたとはな……」


 親父の性格上、俺がギルドへ向かう時にはうざいくらいの見送りをするはずなのに、それが無かった時点で気づくべきだった。


 親父との話し合いが終わってからの流れを思い返してみると、昨日の夜に自分の部屋に戻って以降、俺は親父の姿を見ていない。

 もしかすると、親父は夜中から行動に移していたのかもしれない。


 そんなことを考えながら、怒りに任せて家のドアを開けると、中は薄暗くて明かりもついていなかった。


「あぁーそっか、まだ昼間だもんな。親父はまだ王城に居るか……」


 急いで家まで戻って来たはいいものの、今はまだ昼。あのクソ親父も仕事場にいる時間だ。


「王城まで押しかける訳にはいかないし、腹立つけどここで待つか」


 親父の事情に合わせるのはしゃくだが、こればかりは仕方ない。

 家で待っている間に、あの馬鹿げた法律を撤回させる作戦を練っておこう。


 そうするのが賢明だと判断し、俺はしっかりと腰を据えて考えるため、二階の自分の部屋へと向かう。

 すると、その途中。階段手前にある親父の部屋の扉が、少し開いていることに気づいた。


「……ぅ ……ぅ」


 しかも、変な音が漏れ聞こえてくる。


(……なんか、嫌な予感がするな)


 俺は意を決し、その扉をゆっくりと開けてみた。すると、


「……すぅ ……すぅ」

「……何寝てんだよ! 起きろぉぉぉぉ‼」

「ふぇ! あ、アルト⁉ お、落ち着け! ひとまず頭を揺さぶるのはやめてくれぇ!」


 仕事に行っているはずの親父がベッドで気持ちよさそうに寝ている暢気のんきな姿を発見。

 次の瞬間には、俺は親父の胸ぐらをつかみ、馬乗りになって親父をシェイクしていた。


 途中で親父が何やら叫んでいたが、怒りに震える俺には届かず、本来の目的である親父への詰問が開始できたのは、それからしばらく後だった。


「まったく、ただでさえ親父にムカついてんのに、なんで仕事さぼって家で寝てんだよ! あやうく魔法までぶっ放っすところだったわ」

「ふぅ…… アルト、お前も親に対する遠慮がだんだんなくなってきたな。ただ、これもまた我が子の成長の一つ。ワシは嬉しいぞ!」

「……やっぱ魔法撃てばよかった」


 今まで寝ていたベッドに腰を下ろした親父は、息を整えるやいなや腹立つことを言ってくる。

 気が済むまでシェイクを続けた後、俺は部屋にあった椅子に座り、親父が話せるようになるまで待っていたが、そんな気遣いは不要だったかもしれない。


 パルディウスでの六年間の寮生活を終えて家に戻ったのが少し前。

 それからというもの、昔よりも悪化した親父の親バカ加減には本当にうんざりしている。


「それに、ワシは仕事をさぼってたわけではないぞ。アルトの……ではなく、とある緊急の問題が発生したせいで徹夜で仕事だったんだ。だからこれは正式な休みで――」

「もう自分で『アルトの』つってんじゃねぇか! 親父お前、冒険者登録法に俺の名前書いて、俺が冒険者になれないようにしただろ! 長官だかなんだか知らねぇけど、自分の息子の就職先が気に入らないからってあんな個人的な法律作ってんじゃねえよ!」

「ななな、何を言ってるんだ? わ、ワシはそんなの知らんぞ」


 親父は図星を突かれ、目を泳がせながら無意味な反論をする。

 その反論がなぜ無意味なのかと言うと、あんなことが出来るのは宮廷魔術師で構成される魔法庁のトップであり、俺の父親でもあるシルヴェスター・オーゲン・クリーズ以外にいないからだ。


 親父はその性格はともかく魔法使いとしての実力は飛び抜けていて、ここベンザール王国では唯一、全ての系統の魔法を最上位のレベルまで操ることが出来る。

 だからこそ親父は俺が生まれる前には最年少で魔法庁の長官にまで登り詰め、俺が十五になる今現在までその地位に座り続けられている。


 と、そんな武勇伝をずっと親父自身から言い聞かされてきたわけだが、親父が得意顔で言っていたことはこれだけではない。


「親父昔からよく俺に自慢してたよな、『父さんは魔法庁で一番偉い人だから、この国の魔法に関するルールは全部自分で決められるんだぞ』とか言って」

「い、言ったかなぁ、そんなこと……」


 親父はそう言うと、今度は露骨に俺から視線を逸らし始めた。


「それに、さっきギルドのお姉さんが言ってたけど、俺の名前が書かれた法律は今朝届いたらしいぜ。親父に冒険者になるって言った次の日に、俺が冒険者になれないようにする法律がギルドに届くなんて、どうしてだろうな?」

「さぁ、ワシにはさっぱり……」


 意外にしぶとい、というよりも往生際の悪い親父はここまで言っても白状しない。

 そんな親父の態度に、俺も段々といらだちが募ってくる。


「だったら! どこの誰がやったか教えてくれよ。親父以外に、そんな権限がある奴がいればの話だけどな!」

「……あっ、多分ロータスだろう。あいつはワシの補佐であることいいことに、ワシの名前を勝手に使う困った奴だからな。うん、絶対そうだ」


 親父はそう言うと、腕を組んでうんうんと何度もうなずく。


 自分の知らないところで割と重罪の濡れ衣を着せられる、かわいそうなロータスさん。

 ていうか、その人が本当にそんなことしているなら、クビにしてない親父も同罪だろ。


「とにかく、そんな法律が出来てしまった以上はしょうがないな」


 自分の部下を平気で売る親父の姿に俺が怒りを通り越して呆れていると、その薄情者はこれでこの話は終わりと言わんばかりに手を叩いて話題を変える。


「アルトは国一番の名門であるパルディウスを首席で卒業したんだ。やっぱり宮廷魔術師になるのが一番だろう。ちょうど明日、宮廷魔術師の採用試験があるし、神様が『アルトは宮廷魔術師になって、お父さんの次の長官になりなさい』と言っているのかもしれんな」


 もはや動機を自白したようなものだが、親父は立ち上がって俺は宮廷魔術師になるべきだということを熱弁している。


(……これ以上親父と話していても無駄だし、もう最後の手段を使うか)


「だからアルト、明日試験を受けなさい。心配しなくても受験登録はワシがもうすでに済ませてあるし、アルトは賢いから大丈夫だと思うがワシが特別に答えを教えても――」

「本当のこと言わないなら、親子の縁切るぞ」

「アルトぉぉぉぉぉ! すまない、確かに父さんがやったことだ! うっ、うっ……」


 俺が少しだけ脅してやると、親父はあっさりと自分がやったことを認めた。

 そして白状するとすぐに土下座の体勢に移行し、今は俺の足下で号泣している。


(ていうか、さっきこいつとんでもないこと言おうとしてたよな……。めんどくさいから聞かなかったことにしよう)


「なあ親父、昨日は俺に『自由に夢を追え』とか言ってよな? あのやり取りの後に、法律変えて夢追えなくするとかサイコパスかよ⁉」

「だってだって、あの後やっぱり寂しすぎるって思ったんだもん! それにアルトと一緒に働くのが昔からのワシの夢なんだもん!」

「おっさんがそんな口調でしゃべるな! 気色悪ぃな!」


 目を真っ赤にした親父は、子供じみた理屈を子供みたいな語尾をつけて訴えてくる。

 正直言って、白髪混じりのおじさんのこんな醜態は見るに堪えない。

 ましてそれが自分の父親だなんて悪い冗談であって欲しいが、これは変えようのない現実だから救いよいがない。


 ただ、俺が冒険者になれないという現実は、まだ変えることができるはずだ。

 俺は冒険者になるため、今は正座して俺を見上げている親父に向けて要求を突きつけた。


「とにかく、今すぐあの馬鹿げた法律変えてこいよ。あれをギルドの窓口で見た時、驚いたのもそうだけどめちゃくちゃ恥ずかしかったんだからな!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。確かにアルトを冒険者にさせないようにしたのは、ワシがアルトと一緒に働きたいからというのもあるが、純粋にアルトに危険な目に遭って欲しくないという親心でもあるんだぞ。それを分かってくれないか?」


「いーや、分かんねぇよ。もし親父にあの法律を変える気がないってんなら、外国に行くでも何でもして冒険者になるからな!」

「外国⁉ ……いや、そんなことを言っても結局アルトは宮廷魔術師になるしかなくなるんだ。ここはワシも一歩も引かんぞ!」

「あぁーもう! めんどくせぇ‼」


 もう家に戻らないとか言えばどうにかなると思っていたが、当てが外れた。


 勢いよく立ち上がった親父は、俺にとっては最悪の覚悟を伝えてきた。

 そして今は不気味に荒い息を吐きながら、俺を力強く見つめてくる。


「それに、アルトはあの法律を変えるにはワシを説得しなければならんと思っとるだろ?」

「はっ? それ以外何があるんだよ?」


 したり顔で訳の分からないことを言い出した親父に、思わず普通に聞き返してしまう。


「昨日から徹夜で、法律を変える手続きをしたりロータスに新しい法律をギルドへ届けさせたりしてたんだが、今朝それをレーナちゃんに見つかってな」

「レーナちゃん言うな! 親父は直属の配下なんだからちゃんとレーナ様って呼べよ!」


 俺と王女様が同い年だからか、親父は自分が仕える相手にもなれなれしい言葉を使う。

 王城ではこうでないと信じたいが、親父はそんな心配お構いなしで話を進める。


「それでレーナちゃんに『今回は特別に許しますけど、これからはいくら魔法使いの部分だけでも、魔法庁管轄ではない法律を勝手に変えるのはだめですよ』なんて言われたんだ」

「えっ! ……って、結局どういうこと?」

「簡単に言うと、あの法律を変える権限はもうワシにはない」


 親父がそう言った瞬間、頭が真っ白になって何も考えられなくなる。


「レーナちゃんもあの法律を元に戻す気はなさそうだったし、もうアルトは宮廷魔術師になるしかないぞ! ……あれ? そんなに震えてどうしたアルト?」

「もう親父なんか知らねぇ! 二度と帰ってくるか、こんな家‼」


 俺はそう叫ぶと、立った勢いで椅子を倒れたのも気にせずそのままドアの方へと向かう。


(もうあのふざけた法律を戻せない? ふざけんなよ!)


「あ、アルト! 一応明日の試験の答えを教えておくと、選択問題の答えを全部つなげたら、『シルヴェスター父さん大好き』になるからな!」

「教えるな! あとそんなクソみたいな問題出すな‼」


 俺は絶対に親父の思い通りにだけはならないと心に決め、親父の声を背にしながら部屋を出た。

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