心当たりアリ

「あのー、大変申し訳ございませんが、あなたの冒険者登録は認められません……」

「あえ?」


 あまりに予想外の事態が起こり、人生の中で言ったことのない間抜けな返事が飛び出す。

 俺の聞き間違いでなければ、この人は今、俺の冒険者登録は認められないと言っていた。


 ……なんで?


「えっと、多分何かの間違いじゃないですかね? だって俺、何も悪いところなんて……。あっ、今書いた書類にミスがあったとかですか⁉ だったらすぐ書き直しますよ!」

「あー、いや。そういうわけではなくてですね……」


 どうしてだろう。職員のお姉さんが困ったような、それでいて気まずそうな顔をしている。


(何か俺まずいことしちゃったかな……。でもかわいい人だなーと思って少し顔を見てただけで、別に変なことはしてないはずだぞ)


「あのー、登録出来ない理由を教えてもらえませんか? 教えてくれたら直すところは直しますし、顔を少し見たのがセクハラだと言うのなら、責任を持って出頭して自分の無実を主張してきますんで」

「しゅ、出頭⁉ そんなことしなくていいです! アルトさんが登録できないのは規則でそう決まってるからですから!」

「規則で、決まってる?」


 俺はちゃんと冒険者としての条件をきちんと満たしているはず。

 それなのに、何が問題なのだろう。


「すみません。その規則が書かれたものとかあります?」

「あ、ありますけど……」

「じゃあ、ちょっとそれ見せてもらえますか?」

「……分かりました。少々お待ちください」


 お姉さんはそう言うと席を立ち、窓口の奥にある職員の職務スペースへと歩いていく。

 その姿を目で追っていると、何やら上司らしき人と深刻な表情で話しているのが見え、本当に俺が悪いことをしたような気になってきて心臓に悪い。


 そうしてドキドキしながら待っていると、胸に何かの冊子を抱えた職員のお姉さんが戻ってきた。


「……どうぞ」


 俺はとりあえず出禁にならなかったことに安心しつつ、『冒険者登録法』と書かれた冊子を受け取り、目的のページを探す。


「あった」


 一枚ずつページをめくっていくと、『冒険者として認められない者~魔法使いの場合~』という項目を見つける。


「えっと、なになに。『魔法使いとして冒険者登録が認められない者は以下の通りである。十歳以下の子供、六十歳以上の老人、アルト・オーゲン・クリーズ……」


 なるほど確かに、冒険者になることのできない者の例示として、俺の名前がばっちりと書いてあるではないか。


(そうかそうか。こんなに明確に禁止されてたら、そりゃあお姉さんも断るわな)


 ……………………は?


「はあぁぁぁぁぁぁ‼ アルト・オーゲン・クリーズ⁉」


 当然のように書かれていて一瞬納得しかけたが、すぐにこの事態の異常さに気づいた。


 何度見直しても、近づけて見てみても、ギルドの公的な書類に俺の名前がしっかりくっきり書かれている。


「……はい。ですので、アルトさんの登録を認めるわけには――」

「いやいや、どう考えてもおかしいだろ⁉ 初めて見たわ、法律に個人名が書かれてるのなんて!」

「しかし、これが正式な規則ですので……」

「こんな狙い撃ちの法律があってたまるかぁぁぁぁ!」

「きゃああああぁぁぁぁ! これ今朝来たばかりで替えがないのに……」


 お姉さんが絶叫する中、俺はふざけた内容の冊子を真っ二つに引き裂きそれを放り投げた。

 興奮と混乱で、なんだか頭がくらくらしてくる。


 ただ今のお姉さんの言葉で、こんな訳の分からない事態の概要は大体分かった。


「アルト! さっきからすごい大きな声出してるけど大丈夫⁉」

「あんた登録にいつまで時間かけてんのよ。私はとっくに終わったわよ」


 すると、今まで別行動をしていたシャルモーとフランカが、騒ぎを聞きつけて俺がもめている窓口のところまでやって来た。


「一体何があったの? 結局登録はできたの?」

「いや、俺が冒険者になることは法律で禁じられてたからできなかった」

「ちょっと何言ってんのか分かんないけど……。要はそこの女が認めなかったってことでしょ? 話し合いで解決できないなら、私が力尽くで首を縦に振らせてあげてもいいけど」

「ちょ、ちょっと勘弁してくださいよ! 私にはどうしようもできないんですぅ!」

「いや、フランカいいよ。そのお姉さんが悪いわけじゃないし」


 拳を鳴らして戦闘態勢に入ったフランカをなだめ、俺はすっかり怯えきったお姉さんに笑顔を向ける。


「お姉さん、すみません。乱暴な友達が変なこと言って」

「……自分だってギルドの資料破ってたくせに」


 お姉さんが何かぼそっと言っていたが、多分『か、かっこいい』とかだろう。

 そう思い込みでもしなければ、すでに破れかぶれの俺はやってられない。


「ちょっと、かっこつけてる暇があったら、ちゃんと説明しなさいよ。結局、アルトは冒険者になれるの? なれないの?」

「え、えっと、そうだな……」


 すると突然、フランカは俺の方にぐっと顔を近づけ、俺から逃げ道を奪うような核心を突く質問をぶつけてきた。

 その表情は、今まで見たことのないような真剣なものになっている。


 卒業する前にフランカとは、一緒に冒険者になってパーティーを組もうと約束していた。

 だからこそ、フランカに今の状況を説明するのは心苦しいし、申し訳ない。


 それにいくら友達とはいえ、顔が良い同年代の女子にそんなに顔を近づけられたら、赤くなってしまいそうなのでやめて欲しい……。


 ただ、ここではそんな羞恥心は捨て、真剣にフランカと向き合わなければ。


「ほ、ほんとにフランカには申し訳ないけどすぐに冒険者になるのは無理かもしれない!」

「あっ、そうなの。それは残念ね」

「……えっ、それだけ?」


 緊張の余り早口になってしまったものの、ちゃんと言うべきことは言ったはず。

 それなのに、フランカの反応はあまりにもそっけない。


 さっきまで目の前にあった顔はあっという間に離れていき、その表情から真剣さは消え去っている。


「あのー、もっと驚くとか、悲しむとかするのかと思ってたんだけど……」

「戦力的には私一人で十分だし、アルト抜きなら抜きで別にいいかなー、って」

「薄情過ぎんだろ! 友達との約束はそんなに軽いものなのか⁉」

「私的にはモンスターとかをぶっ倒せればそれでいいし」

「この戦闘狂が!」


 笑顔で怖いことを言うフランカに対し抗議をするも、キラキラしたフランカの目はすでにモンスター狩りに明け暮れる自分の未来を見ており、俺の方には見向きもしない。

 どうやらフランカにとっては、俺が冒険者になれなかった事実よりも、自分が冒険者になれた喜びの方が大きかったようだ。


「アルト、さっきは法律がどうとか言ってたけどさ、それって……」


 すると、俺とフランカのやり取りを見ていたシャルモーから、遠慮がちな声がかけられる。


「あぁ、俺もこうなった理由は分かってるよ」


 自分の世界に入ったフランカはひとまず放っておき、俺はシャルモーの方に向き直る。


 さっきお姉さんは、あの冊子が届いたのは今朝だと言っていた。

 それに、こんな馬鹿みたいなことをするのも、できるのも、たった一人だけだ。


「……絶対あのクソ親父のせいだ」

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