夢の入り口
ついにこの時がやってきた。
今日は俺の長年の夢が叶う、記念すべき日だ。
「ここが冒険者ギルドか……。中に入るのは初めてだけど、すごい活気だな」
広い室内にはクエスト参加を募る職員の声や、冒険者同士が喧嘩でもしているのか怒声のようなものも響いている。
「パルディウスを首席で卒業した俺が冒険者になるなんて言ったら、ギルドが大騒ぎになっちゃうかもなぁ。へっへっへっ」
「ちょっと自分に酔ってるとこ悪いけど、首席って言ってもアルトは私に実技で負けてるから。そこは忘れないでよね」
「それに筆記試験で僕に勝ったことないでしょ。だからあんまり調子に乗らない方が……」
「うるさいなぁ! 人がせっかくノってるところに横からブツブツ言うなよ!」
気分が下がる現実を両隣からねじ込まれ、華々しくスタートするはずだった俺の
「ていうか、フランカは俺と一緒に冒険者登録しに来たからいいとして、シャルモーはこんな所にいてもいいのか? 明日が宮廷魔術師の試験だろ?」
「いやまあ、そうなんだけど……。なんか一人でいると緊張でどうにかなりそうだったから、フランカに誘われるままついて来ちゃった」
「そうそう、頑張れって伝えにシャルモーの家まで行ったら、なんか死にそうな顔で出てきたのよ。だから気分転換のために引っ張り出してきてやったわ!」
「そっか……、まあ、シャルモーはこれ以上勉強することなんてないし、大丈夫か」
そう言って俺の魔法学校からの友人二人を見てみると、確かにシャルモーの顔は少し青ざめていて少し心配になってくる。
シャルモーは筆記試験一位の常連、というより一位以外になったことが無い程の魔法の知識を持つ天才だ。
ただ、昔から気が小さくて緊張しいなところがあり、そこは今も変わっていない。
見た目だけで言えは、薄紫の髪や割と整った顔立ちなど、結構モテそうなものだが、魔法の勉強以外には全く興味がなかったこともあり、学生時代は俺と同じく色恋沙汰とは縁遠い生活を送っていた。
また、シャルモーはその気弱な性格からか魔法の実技の方はからっきしで、持ち前の知識量を生かし切れていないのがもう一つの欠点と言える。
一方フランカはシャルモーとは真逆で、好戦的な性格をしていてかなり喧嘩っ早い。
その良く言えば活発とも言える気質と、一見すると美少年と見間違えそうな凜とした顔立ちから、在学中は男子はもちろん、女子からの人気も非常に高かった。
フランカ自身はそれが嫌で、最初は短かった燃えるような赤髪を腰のあたりにまで伸ばすようになったのだが、結局卒業まで女子の間のフランカ熱は冷めぬまま。
周りで黄色い声を上げる女子がいなくなった卒業後の今でも、その長い髪型を切らないでいるのは、本人曰く、『こっちの髪型の方が相手を油断させられるから』らしい。一体どんな場面を想像しているのかは、怖くてそれ以上聞けなかった。
ただ、そんな物騒な考えを持つフランカも、今は自分の夢が叶う嬉しさからか、心底楽しそうだ。
上機嫌に鼻歌を歌いながら歩き出すと、すぐに俺とシャルモーの方へちらりと振り返る。
「じゃあ勉強しかできないシャルモーとエセ首席のアルト、私についてきなさい!」
「……はぁ?」
フランカはあえて大きな声でそう言うと、再び軽い足取りでギルドの奥へと歩き出す。
「おい、誰がエセ首席だよ⁉ 俺は一応ちゃんとした手続きで選ばれたんだからな」
「ほら! アルトだって『一応』って言ってるじゃない!」
「あっ……」
フランカの反論で、俺は自分の失言に遅ればせながら気づく。
確かに俺は魔法学校時代、魔法の筆記試験でも実技試験でも二位で、首席感があまりないことは事実だ。
ただ、どうしても納得できないことがある。
「シャルモーに筆記試験でずっと負けてたことは素直に認めるけど、俺フランカに負けたとは思ってないからな!」
「何よ、負け惜しみ? 実技のテストなんて、的に向かって魔法を撃つ強さと速さを測る平等なものじゃない。あれのどこに文句のつけようがあるのよ?」
「だってお前魔法なんて使ったことなかっただろ! 魔法の試験で杖振り回して、物理的に標的をぶっ壊す奴が成績一番ってどう考えてもおかしいだろ⁉」
「でも実際、私の方がアルトより早く全部の的壊せてたじゃない。それにパワーだって、アルトの最大火力の魔法でも壊せなかった巨岩を私は真っ二つにしたんだからね」
「だからなんで木の杖で岩が壊せるんだよ! どう考えてもおかしいだろ!」
フランカは入る学校を間違えたとしか思えないが、魔法ではなく剣術をはじめとする武術において突出した才能を持っている。
そのため実技試験ではいつも魔法を使わずに、魔法制御のための杖を剣代わりに使って、モンスターを模した的などを次々になぎ倒していた。
フランカの剣技ならぬ杖技の速さや威力は理不尽な程凄まじかったが、それ以上に理不尽だったのはそれが魔法実技の成績として認められたことだろう。
試験のたびにフランカが、『これは魔法ですよ』と杖を担ぎながら先生を脅す様子を見ていた俺は、力こそ正義だということを嫌というほど痛感したものだ。
「つまり、パルディウスの真のトップは私ってことね」
「いやいや、フランカのどこがトップだよ。筆記試験のたびに俺とシャルモーに泣きついてたくせに」
「ちょっと、二人とも……。みんなこっち見てるからさ、もう少し静かにしようよ」
「お前もさっきから黙ってるけど、勉強しか出来ないなんて言われて悔しくないのか⁉」
「……うーん? まあ、事実だし」
「お前にはプライドがないのかよ!」
学校を卒業してこれから社会に出て行こうというのに、学生時代から何も成長していないやり取りをしている俺たち三人。
こんな調子ではこれから先がかなり思いやられる。
「とにかく! 俺は座学と実技を総合したら一位だから間違いなく首席なんだよ! 卒業式の時、卒業生代表として前に出たら誰も俺のこと知らなくてどえらい空気にはなったけど、首席は首席なの!」
「アルト……、まだそんなこと気にしてたの? いい加減忘れなさいよ」
「いや、お前が思い出させたんだろ!」
一番成績優秀として認められた卒業生代表は、当日まで代表本人以外には知らされないこと。
試験後の掲示板では、毎回一番になった人の名前しか発表されなかったこと。
こうした事情のせいで、卒業式の日に突然、毎回掲示板に名前が載るシャルモーとフランカではない謎の人物が全校生徒の前でスピーチをするという悲劇が起こってしまった。
スピーチを終え、舞台裏に戻るときに聞こえてきた、『今の誰?』の声は多分、俺の走馬灯の中でも大きな存在感を発揮してくれることだろう。
あれを言っていたのが俺の同じクラスの女子だったことは、自己防衛の為に記憶から消去しようと今も格闘中だ。
「……よし! じゃあ俺がフランカに、冒険者になったら力だけじゃなくて知識も必要なんだって教えてやるよ」
「今一瞬アルトの顔から生気が消えたような……。ま、まあいいわ。戦いにおいては知識なんて無意味なこと、ここにいるシャルモーがとっくに証明してるけど、私がそれを圧倒的な力で見せつけてあげるわよ」
「知識は無意味かあ。ははっ、確かにそうかもね」
「だからお前はもっとプライドってもんを持てよ!」
そんな益体のないことを言いながらギルドの中を進んでいくと、俺たち三人はギルドの受付窓口の前までたどり着いた。
窓口は全部で三つ並んでいて、今は一番左の窓口で誰かが手続きをしているのが見える。
ただの付き添いのシャルモーは別として、俺とフランカにとってはここが未来への扉だ。
俺がそんな感傷に浸っていると、
「おっさきー!」
フランカは待ちきれないとばかりに空いていた窓口へと駆け込んでいった。
そんな子供のように無邪気な後ろ姿を見送った俺は、残り一つになった空いた窓口に目を向ける。
「じゃあ、俺も行ってくるからちょっと待っててくれ」
「うん、分かった。アルトも頑張ってね」
「今日は登録するだけで、別に頑張ることなんてないけどな」
そう言ってシャルモーに軽く手を挙げ、その窓口へ向かうと、椅子に腰掛けたギルドの職員さんと目が合う。
「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどんなご用件でしょうか?」
さあ、ここから俺のサクセスストーリーを華々しく始めよう!
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