リベンジアットギルド!

 翌日。

 俺は夢破れた因縁の場所に、二日ぶりに戻ってきた。


「今日は絶対、冒険者になってここを出るぞ」


 初めて来た時と変わらぬ賑わいと活気を見せる冒険者ギルド。

 二日前の俺はその中できっと、見学の子供のような周りから浮いた存在だっただろう。


 しかし、今日の俺はひと味もふた味も違う。


 受付窓口を目指し、堂々とした足取りで進んでいる途中も、すれ違う先輩冒険者たちは俺に見向きもしない。

 今日の俺は、この荒くれ者が揃うギルド内でそれほど馴染んでいるということだろう。


 そしてギルドの奥にまでやって来ると、今日は全ての窓口が空いていた。


 さあ、ここからが本番だ。


 俺は真ん中の窓口に近づいていき、いざ声をかけようと受付の人の顔を見てみると。


「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどんなご用件でしょうか?」


(げっ! 前と同じお姉さんじゃん!)


 何も考えずに一番近い窓口を選んだけど、よく考えたら前も真ん中だったような……。


 ここまできて思わぬ凡ミス。だが、ここでクヨクヨしているわけにはいかない。

 それに今の俺は、変な法律で冒険者になることを禁じられている『アルト・オーゲン・クリーズ』とは違うんだ。


「あ、あぁ。そうだな……」


(だから、絶対大丈夫!)


「わしゃあ今まで西の方で冒険者稼業をやっとったんじゃが、そこで金も、名誉も、女も、ありったけ手に入れてのぉ。やることが無くなってしもうたんじゃ。ほいじゃけ、こっちの方に場所移して、新しく作ろうか思うとるんよ」


 俺はぐっと低くした声でそう言って、受付のお姉さんに圧をかける。


「そ、そうですか……。では、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「おぉ、向こうじゃあちょっとした有名人じゃったけえ、名前を聞かれるなんて久しぶりじゃのう。姉ちゃん、『西の冒険王』ことダッシム・ラインを知らんのんか?」

「存じておりませんけど……、えぇー、ダッシム・ライン様ですね。それでは冒険者登録の手続きをしますね」

「おう、頼んだわ」


(よっしゃ! めちゃめちゃうまくいってるぞ!)


 昨日から考え準備してきた『赤の他人に変装大作戦』が、ひとまず順調だ。


 今の俺は、首が隠れる程長い襟がついた上着を羽織り、帽子を目深にかぶって口には付けひげまでセットしてあるので、とても十五の若造には見えないだろう。

 これらの変装グッズを買ったせいで財布の中はもうすっからかんになってしまったが、これで冒険者になれるなら安いものだ。


「それでは職業の方を教えていただきますか? 活動許可書に記載するので」

「おう、それじゃあ魔法使いで頼む」

「……分かりました。少々お待ちください」


 とうとう最終段階だ。お姉さんはデスクの引き出しから、書類を何枚か取り出した。

 さっき言っていた『活動許可書』さえ手に入れさえすれば、俺のミッションは完全達成。


 活動許可書が無ければギルドでクエストを受けることも、報酬を受け取ることもできないのだが、その許可書に書かれる個人の情報は名前と職業だけ。

 つまり、ダッシムのものとして発行された許可書を、アルトに戻った俺が使ったとしても偽造がバレることはほとんどない。


 まあ、万が一それがバレたりしたら逮捕されるんだろうが、その時はその時の自分がなんとかしてくれるだろう。

 今はとにかく、冒険者になることが最優先だ。


「それでは確認をお願いします。お名前、ダッシム・ライン。職業がま、魔法使い……。ふふふっ」

「それで合っとるけえ、はよお許可書を渡して……」


(あれ? 今この人笑ってたよね。……バレた?)


「ななな、なんかわしに変なとこでもあったんか?」

「あっ、そんなことはないんですけど。ただ……」

「ただ?」

「そんな見た目としゃべり方で魔法使いなんだなー、と思ってしまって。斧使いの傭兵みたいな感じを出してらっしゃるのに」

「言われてみれば……って、別にええじゃろうが!」

「そりゃあもちろん、いいんですけど」


 一度顔を見られている分、できるだけ自分から遠い存在になろうとしたのだが、その弊害が出てきてしまった。

 この姿やしゃべり方は昔読んだ小説のキャラをモデルにして作ったが、確かにそのキャラは『西部の賞金稼ぎ』で、魔法使いとはほど遠い。


 まあでも、それは些細な問題だ。受付のお姉さんに笑われようと、俺が『アルト・オーゲン・クリーズ』だとばれなければそれでいい。


「それではあなた様向けの書類が準備できたので、こちらをお読みください」

「お、おう。ありがとさん」


 なんだか口調が崩れてきたような気もするが、俺、というよりダッシム向けの書類とは何だろうか。手続き的にはもう許可書が貰えてもいいはず。


 そんな疑問を胸に抱えつつ、俺は手渡された書類に目を通す。

 するとすぐに、付けひげが落ちそうになるほどの冷や汗が、顔から吹き出してきた。


「そういうことですので、アルトさんの冒険者登録を認めるわけにはいきません」


 俺が受け取った紙には、こんなことが書かれていた。


『アルトへ。いくら職を探しても不採用の連続で大変だっただろう。しょうがないから、ワシが長官権限を使って、試験なしでアルトを宮廷魔術師にしてあげるから早く帰ってきなさい。あと、まだアルトは法的に冒険者になれないぞ。――シルヴェスター・オーゲン・クリーズ』


「いやっ! 俺はそんなアルトなんて奴じゃなくて……!」

「あっ、あんまり大きい声を出さないでください。他の職員に見つかったら面倒なので」

「んんッ……」


 俺はあわてて手で自分の口を押さえると、お姉さんは辺りを一瞥いちべつしてからささやき声で話を始める。


「魔法庁の人が来て、アルトさんが来たらこの書類を見せるよう言われてたんですけど、変な仕事増やさないでくださいよ。ただでさえ死ぬほど忙しいんですから」

「いやそれは……、申し訳ないです。すみません」


 声を潜めながらも切実な訴えをしてくるお姉さんに、思わず謝罪の言葉が漏れる。

 どうにかして言い訳しようと考えていたが、結果的に自分の正体を認めてしまった。


「しかも、本当はさっきのを渡すだけじゃないんですよ。マニュアルだと、ギルド職員総出でアルトさんが冒険者になるのを諦めるよう説得しなきゃいけないことになってるんですからね。だから、絶対に他の職員にはバレないでください」

「……本当に、本当にすみませんッ」


 俺が知らないところで、いろいろと大変なことが起こっていたらしい。

 まさかこんな無関係なギルドのお姉さんにまで迷惑をかけていたとは。


 ただ、そんな申し訳ない気持ちで心がいっぱいになるのと同時に、さっき見せられた親父からの言葉の中にどうしても引っかかるものがあった。


「あのー、親父がなんで俺が就活に失敗し続けてるのを知ってるか分かりますか? さっきの書類にそんなこと書いてありましたよね」

「そりゃあ、あなたのお父さんがギルドだけじゃなくて街中の経営者にあなたを採用しないよう脅しまわってるからじゃないですか」

「え? いくら親父でもそんなことはしないんじゃ……」

「本当ですよ。なんなら、あなたの素顔と想定される変装パターンの似顔絵計十種類も一緒に配って――」

「俺はお尋ね者か⁉」

「だから、静かにしてくださいよ!」


 まじでどうかしてるだろ、あいつ。

 法律をいじって王女様に怒られたからって、別の手でより悪質なことをやってやがる。


 ……ただ、不採用続きの原因が分かり、ほっとしている自分もいてちょっと悔しい。


「あーもう、あなたが騒ぐから私の上司がこっちの方見てますよ! 早くここから出てってください!」

「いや、俺はどうしても冒険者に――」

「今すぐ行かないと、身分詐称の現行犯で衛兵に突き出しますよ」

「それじゃあ、失礼しまーす」


 逮捕はさすがに嫌なので、俺はすぐさまお姉さんに背を向けて歩き出す。

 結局、俺の作戦は完全に失敗し、今となってはこの変装もただの趣味の悪い格好に成り下がってしまった。


 今になって考えると、他の冒険者たちが俺の方を見向きもしなかったのはあれだな。

 単に、俺が関わらない方が良いやばい奴に見えていたんだろう。


 それに、俺が変装した状態の似顔絵も配られていたらしいし、普通に俺の正体まで見抜かれていた可能性も……。


「ていうかお姉さん、最初からこれが変装だって気づいてたってことですか⁉ お姉さんも変装バージョンの似顔絵見てたんですよね⁉」

「そうですよ! 単純に面白かったのもあるんですけど、この前書類を破かれた仕返しです! 私そのせいでめちゃくちゃ怒られたんですから!」

「それは普通にすみませんでした‼」


 足を止めないまま聞いたお姉さんの自白によって、渾身の作戦が失敗して落ち込んでいた俺の心に追い打ちがかかる。


 俺はあまりの恥ずかしさに赤面しながら、ギルドのロビーを急いで突っ切って行った。

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