初めての就活
俺はとりあえず仕事を探すことにした。
もちろん冒険者になることは諦めていないし、親父に屈するつもりもない。
ただ、ほとんど着の身着のままで家を出た俺が、あの法律が変わるのを仕事も何もせずに待ち続けるのは金銭的に不可能。
ましてや冒険者になるために外国へ旅に出るなんてのは夢のまた夢だ。
何を隠そう、俺の財布に入っている金だと、持ってせいぜい家から出て三日ほど。
一人で生きるにはその間に金や寝床の当てをつけなければならない。
(まあ、パルディウスを首席で卒業した俺にとっては、仕事なんて選び放題! なんて、昨日までは思っていました……)
「今うちは人手足りてるから。悪いね」
「そ、そうですか……。じゃあ、失礼します」
これで断りを受けたのは何度目だろうか。
肩を落としながら表に出ると、王都を東西に貫く大通りの喧噪が、空っぽになった頭に響いてしょうがない。
広い道路の真ん中では、王都と遠くの土地とを結ぶ馬車が、荷物や乗客を乗せて激しく往来し、土埃が舞っている。
建物沿いの歩道では小さな子供を連れた母親や籠いっぱいの果物抱えたドワーフの商人、聖職者の衣に身を包んだエルフらが、ほとんど放心状態で立ち尽くす俺の横を次々通り過ぎていく。
ここフィランダは、王都であると同時にアスティナ教の本拠地を街の中心に構える宗教都市でもあるので、行き交う者の出身や種族も多種多様だ。
そんな活気ある街でも、今の俺より絶望している奴はそうそういないだろう。鏡を見たわけではないが、俺はきっと死んだような顔をしているに違いない。
そしてふと頭を上げてみれば、空はすっかり夕焼けに染まっている。
それは俺にとっての猶予期間が、すでに半分以上経過してしまったことを意味している。
「俺が一つも採用されないとか、絶対おかしいだろ……」
――フランカとも相談し、俺の魔法スキルを活かせる仕事に絞って職を探すことを決めたのが昨日のこと。
俺の魔法の実力ならすぐに決まるだろうと軽く思い、『仕事探し手伝おうか?』と言ってくれたフランカとは試験会場の前で別れたが、今思えばそうして本当に良かった。
もしもフランカの提案を受けていれば、昨日今日で起きた連戦連敗の全てを見られるところだった。それはさすがに友達が相手でも耐えられない。
俺はまず魔法が使える仕事として、道中襲ってくるモンスターや盗賊から、馬車内の旅客や荷物を守る警備職に申し込んだが、結果は不採用。
次に金持ちの家の用心棒の仕事を見つけて面接に向かったものの、これも駄目。
他にも似たような仕事を見つけては次々申し込んでいったが、全て断られてしまった。
その理由は、今は募集をしてないとか、風魔法を使う人は採用してないとか、いろいろ言われたが、『パルディウスの首席って言われても、逆に扱いづらいんだよね』と言われた時はかなり心にきた。
野宿のトラウマもあり、宿に泊まってしっかり休んだ上で臨んだ今日も結果は同じ。
しかも今日は、『風魔法を使えば雨雲を動かせる』という理由で、青果店のおやじに農場を紹介してくれと頼んだりしていたぶん、惨めさは昨日以上だ。
「どうしよう……。もう時間無いぞ」
昨日一万テレンはあった俺の持ち金も、今となってはその半分ほど。
もう財布にも心にも余裕なんてほとんどない。
だからこそ、俺には魚屋の前で突っ立っている時間なんてないはずだ。
それが分かっているのに、どうしても足が動かない……。
(……あれ? 魚屋?)
「なんで俺は魚屋で雇ってくれなんて頼んでんだ⁉ そんなとこじゃ魔法なんて絶対使わねぇだろ⁉ ……結局不採用だったけど!」
俺が突然絶叫したせいで、近くを歩いていた人たちが一斉に俺の方を見てきた。
その冷たい視線が本当に痛いし、特にそこのお母さん。子供に『見ちゃだめ』なんて言うのはやめてください。
と、とにかく。少しばかり目立ちすぎたので、ここはひとまず退散しよう。
そう決断した俺は止まっていた足を動かし、歩きながら考えをまとめ始めた。
「なんで俺、魚屋に面接に行ったんだっけ……? あぁ、ちょっと思い出してきたな」
確か、『風魔法を使えば生臭くなりがちな空気を一瞬で換気出来る』とかいう理屈を考えていた気がする。
「ちょっと迷走しすぎだろ……。そもそも、さっきの店は露店だったから換気する必要なんてなかったし」
(ていうか、風魔法を魚屋の換気に使おうなんて思うなよ。首席のプライドどこいった?)
そんな判断もできないほどに追い込まれてしまっている、ということなのだろうか。
あるいは、金を求めているうちに、無意識に魔法の部分を軽視してしまっていたのかもしれない。
魔法を使う仕事を探し始めたのは、自分の強みが活かせて稼ぎやすいからという理由も当然あるが、それ以上に、自分の夢である冒険者の仕事につながると考えたからだ。
……ただ、金が無いと生きていけないのも事実。
だからこそ、魔法がちゃんと活かせる仕事を一刻も早く見つけなければ。
「こうなったら、もう一回あそこに行ってみようかな」
言うなれば今は、俺の夢へと続く道に、親父によって大きな壁を置かれたような状況だ。
そしてこの就職活動は、その壁を避けるための回り道を探す作業のようなもの。
こんなに駆けずり回っても道が見つからない以上、もう回り道にこだわる必要はないのかもしれない。
「だったら、はしごかけて壁を登っちまえばいいよな」
これは家を飛び出した時からの腹案だが、普通に犯罪なので封印していたものだ。
(でも親父が最初に法律をいじって仕掛けてきたんだし、俺が少しくらいやり返したって問題なんてない! ……はず。多分)
次にとる行動がかなりリスクのあるものに決まり、動いていた足が自然と止まる。
ただ、これで少しだけ希望が見えてきた。
俺は口元を引き締め、作戦実行のために必要なものについて考えを巡らせる。
これ実行すると俺の持ち金はすっかり無くなってしまうだろうが、関係ない。
「……決行は明日だ。見てろよ、バカ親父」
人混みの中でそう小さくつぶやいた俺は、準備を整えるべく商業街の方へと向かった。
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