強烈ビフォーアフター

 フランカの視線をたどって見てみると、そこには一人で会場に向かうシャルモーがいた。


 ただどうしてだろうか。その姿に強烈な違和感を覚えるのは。


 その理由を探っていると、同じく変に感じていたらしいフランカと同時にその答えを見つけた。


「なあフランカ。あいつ上に何も着てないよな?」

「はぁ……、思ってたよりもかなり重症だわ」


 さっきまでは『肌の色に近い色の服』を着ている可能性も多少はあった。


 しかし、あいつの姿がはっきりしていくごとにその可能性は無情にも消えていき、反対に素肌に鞄を掛けたその変態度は急上昇。

 そんな上半身裸で闊歩する変態野郎はなぜか笑みを浮かべ、周りの人をドン引きさせながらどんどん入り口に近づいていく。


「ねぇ、何も見なかったことにして帰らない? 私あんな変態の知り合いだなんて思われたくないんだけど」

「俺だってできればそうしたいけど、あのまま会場に入ったらまず間違いなく逮捕だぞ。せっかくここまで通報されずに来れたんだし助けてやろうぜ」

「えぇー! ほんとに嫌なんだけど……」


 変わり果てた姿になってしまった友人に対し、かなりの拒否反応を示すフランカ。


 ただ、さすがにあれを見過ごすわけにはいかないので、フランカの手を引っ張り、強引にその足を動かす。

 そして俺たちは、どこに出しても恥ずかしい変質者の目の前にまで出た。


「よ、よぉシャルモー……、えっ?」


 シャルモーは俺たちに気づく様子はなく、不気味な笑みを一切崩さないまま俺とフランカの間を通り過ぎていった。


(やばい、普通に怖くなってきたぞ!)


 隣にいたフランカも、あまりの恐怖からか俺の後ろに隠れ、俺の肩越しにシャルモーの様子を伺っている。

 こんなのは普段の好戦的なフランカからは全く考えられない異常事態だ。


 俺は少しだけ先に行ったシャルモーを追いかけ、勇気を振り絞ってその肩に手をかけた。


「シャルモー! ちょっと止まれ!」

「誰だ⁉ 僕に触るのは‼ あっ、アルトだ! それに後ろにフランカもいる! もしかして応援しに来てくれたの?」

「お、おう。そうだよ。……おい、フランカもなんか言えよ」

「えっ、えっと……。そうそう、頑張れー」

「嬉しいなあ。二人ともありがとう!」


 シャルモーの最初の一言にちびりかけたが、一瞬でいつもの口調に変わったのも恐ろしすぎる。

 ただ、どうにか話は通じそうで良かった。


 少しでも落ち着いている今のうちに、この半裸状態を俺たちがどうにかしなければ。

 フランカは目の前の異常者にすっかり怯えきっているし、ここは俺がやるしかない。


「ちょっと試験前に悪いんだけどさ……、シャルモーはなんで上着てないの?」

「えっ⁉ 着てないってそんなことは……。あっ、ほんとだ着てない!」

「き、気づいてなかったのか……」

「うん。でもおかしいなー、家を出るときにはちゃんと着てたはずなのに。どこで脱いだんだろう?」


「ま、まぁとにかく、俺の上着あげるからこれ使えよ」

「いいの⁉ 応援に来てくれた上にこんなに良くしてくれるなんて悪いね」

「……えっと、鞄に入れるんじゃなくて今着ろよ」

「そっか、とりあえず着ないとだめだよね。はっはっはっ!」

「ははっ……」


 いろいろ心配になってくるが、どうにか服を着させることには成功した。

 シャルモーの見た目だけは普通になったことで、フランカもようやく俺の後ろから出てこれるレベルにまで調子を戻したようだ。


「ねぇシャルモー。あんたほんとに大丈夫? ちょっと緊張しすぎじゃない?」

「緊張⁉ 緊張なんてしてないよ。その証拠に、昨日の夜は震えが止まらなかったんだけど、今は震えなんて一切ないんだよ! その代わりに笑いが止まらないんだけどね! はっはっはっ! はっはっはっ!」

「そ、そう! それは良かったわね……。ちょっとアルト、こいつもうだめじゃない?」

「ああ。もうおかしくなっちゃってるな」


 自らの言葉通りにシャルモーは今も声をあげて大きく笑っている。

 そんな狂人の前で、俺とフランカは互いに声を潜めてささやき合う。


「さっきお父さんから答えを教えられたとか言ってたじゃない。それシャルモーに言ってあげたら?」

「さすがにそれはまずいだろ。それにあれ口に出すのも嫌なんだよ」

「口に出すのも嫌な答えって何よ。このままだとシャルモーもアルトと同じ無職になるのよ」

「無職言うな。俺はこれからどうにかするんだから。ていうか、絶対言わないからな」

「……ケチ」


 フランカは目を細めて俺を睨んできて、その視線が痛い。

 わざわざズルなんてしなくても、元が飛び抜けて賢いシャルモーなら、多少おかしくなってもどうにかなりそうだが。


「はっはっはっ! あっ! じゃあ、僕そろそろ行くね」

「そっか、じゃあ頑張れよ」

「せめて自分の名前ぐらいまともに書きなさいね……」


 またしても突然の切り替えを見せるシャルモー。

 俺とフランカもだんだんこの状態に慣れてきて、返事もスムーズになってきた。


「じゃあ、行ってきまーす!」


 そう叫んだシャルモーはくるっと体の向きを変え、再び会場の入り口へと歩き出す。


(……どうにか、なるよな?)


 なんだか急に不安になってきた俺は、シャルモーの後ろ姿に向けて声をかけた。


「シャルモー! 試験前の確認として訊くけど、風系統の最上位魔法の名前分かるか⁉」


 するとシャルモーは顔だけを俺の方に向けて、大きな声で答える。


「もちろん! 鳥退治のララバイでしょ!」

「はっ? いや、ちが――」

「僕は絶対大丈夫だ! 行くぞー!」


 シャルモーはそれだけを言い残し、試験会場となる建物へと入っていった。


「ねぇ、今のって正解……じゃないわよね?」

「そりゃそうだよ……。あんな魔法自体存在しないし、そもそも鳥なんて近づくだけでどっか飛んで行くって……」


 俺とフランカは互いに顔を見合わせて、大きなため息を吐いた。


「次会う時までに、慰めの言葉でも考えておくか……」

「私はこんなこともあろうかと、もう準備してるわ」

「いや、それはさすがに早すぎるだろ!」


 いつも思うが、フランカは友達思いなのか薄情なのかよく分からない。

 でも一応参考のため、後でどんな言葉を考えてきたのか聞かせてもらおう。


「で、アルトはどうするの?」


 俺が不合格発表後の落ち込んだシャルモーにかける言葉を考えていると、不意に目の前のフランカから質問が飛んできた。


「さっきはこれからどうにかするって言ってたけど、冒険者になるのは諦めたわけ?」

「……諦めたわけじゃないけど、なんか面倒なことになってたからなあ」


 親父だけならやり込めることはできたと思うが、王女様まで出てこられたら一筋縄ではいかない。

 でも、俺は自分の夢を追うことを諦めたりはしない。


 だからここは、俺のことを心配してくれている友人に頼らせてもらうか。


「そこでちょっと相談なんだけど、魔法が活かせる仕事って、どんなのがあるかな?」

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