???が現われた!

「……さっきは勝負の邪魔をしてしまって本当にすまなかった」

「いや、私が全部悪いんです。私がアルトさんに助けなんて求めたりしなければ……」

「二人ともそんな気にすんなって。あれは俺がやりたかったからやっただけだし、何より最後はちゃんと勝っただろ? だから万事オッケー!」


 第三戦が終わった後、演習場グランドにて。


 俺はハインツとクラリスと並んで、親父を筆頭とする王城の面々の前に立たされていた。

 

「アルト、万事オッケーってのは違うんじゃないのか?」

「……それはこの不審者二人のこと?」


 不審者というワードに反応し、さっきからうつむいたままの二人がビクッと震える。

 

「うーむ、それもそうだが、まずはこいつらに謝るのが先だな」

「ですよねー……。はい、さっきはいきなり竜巻に巻き込んじゃってすみませんでした」


 珍しく親らしい態度の親父に促され、俺は服も体もすっかりボロボロになってしまった衛兵の皆さんに頭を下げた。

 

「まあ、シルヴェスター様のご子息であるアルト様が頭を下げられているということで、ギリギリ許しますよ。本当にギリギリですけどね!」


 二人を囲んでいた衛兵のリーダーらしき人から一応お許しを貰い、俺はゆっくりと頭を上げる。

 聞けば、剣を構えたのは制圧のためで、別に斬りかかろうとは思ってなかったらしい。

 なので、さっきのペン蓋の要領でハインツとクラリスの周りにいた衛兵を空に打ち上げてしまったことは、本当に反省しなければ。

 

「ではこれで解決ということで、お前らはさっさと治癒術士のところへ行ってこい」

「しかし、そこの侵入者から話を聞かなければ……」

「やかましい! こいつらはワシが預かる! これは命令だ!」

「……しょ、承知しました」


 そのリーダー風の男は渋い表情を浮かべて不服そうにしていたが、親父に気圧されるまま、結局は部下を連れて演習場を後にした。

 

「報告でアルトに仲間がいるとは聞いていたが、あんたらがそのぼろ屋の連中だろ? これで衛兵のことを心配する必要はない。どうだ、これで満足か?」

「こ、これはどうも……」


 これは一体どういう風の吹き回しなのだろう? あのガキみたいなクソ親父が優しいお父さんみたいな行動をとっているではないか。


 未だにエキゾチックテイストなハインツは素直に礼を言ったが、普段のクソ親父ぶりを知っている俺は驚きと困惑で何の反応もできないままでいる。

 

「アルトさんのお父さん、結構いい人じゃないですか?」

「いやー、俺は親父のことはよーく知ってるけど、これから絶対に癪に障ることを言い出すと思うぞ」


 俺とクラリスが小声でささやき合っていると、当の親父から声がかかる。

 

「だからあんたらはもう帰っていいぞ。ただその代わりに、今の勝負はワシの勝ち! 大犯罪を見逃してやるんだから、それくらいしたってお釣りがくるだろ!」

「……ほらな」

「ですね」


 さっきまでのいい父親の姿はどこへやら、いつもの親父が戻ってきた。


 あんな大熱戦の後にこんな恥知らずなことを言い出されると、怒る気力すら奪われてしまう。

 こんな展開を薄々感じていた俺はため息で済むが、横のクラリスはそうはいかないようで、高笑いをする親父をゴミを見る目で見ている。

 

(親父、頼むから空気を読んでくれ。いくらなんでも俺だって、父親が十三才の女の子に軽蔑の目を向けられてるとこなんて見たくないぞ!)


「いいか、お前らはアルトと今後関わるのは禁止だぞ! アルトはこれから、街外れのぼろ屋には似合わない、立派な宮廷魔術師になるんだからな!」

「よ、よろしいんですか? 私もアルト様が宮廷魔術師になっていただいたら助かるのですが、さすがに行動が非常識というか……。ここはご自身が決めた約束はお守りになり、『アルト、成長したな……』とか父親らしいことを言った方がいいと思うんですけど」

「うるさい! 誰にどう思われようと、ワシは絶っ対に譲らんぞぉ!」

「こ、こんなに醜い人間は久しぶりに見たな……」


 人の親とはとても思えない幼稚な態度を目の当たりにし、ゴブリンでさえもドン引き。見慣れているはずの俺までドン引きだ。

 

「だからアルト、そいつらを見逃してほしければさっきの勝負は無かったことにしなさい!」

「……親父さあ、いいかげんにしろよ。親父の自分勝手さはよく知ってるけど、自分で言ったことくらいはちゃんと守れって!」

「――まったく。その通りですよ、シルヴェスター長官」


 とうとう俺も黙っていられなくなって声を上げた直後、入り口の方から女性の明朗な声が響いた。

 

「な、なんでお前がここに居るんだ⁉ 今日まで外遊の予定だったろ⁉」

「あのですね、外遊の終了予定日は、この王城に戻る日を指すんですよ。あなたは一省庁のトップにいるんですから、政治にも少しは関心を持ってください」


 突如としてこの演習場に現われ、ゆっくりとこちらに近づいてくるこの女性は、年は二十代の後半くらいだろうか。

 状況のあまりの急変に、クラリスとハインツは事態が飲み込めないといった様子だ。かく言う俺も例外ではない。


「ロータスさん、あの人誰なんですか?」

「彼女はサンドラ副侍従長でレーナ王女専属従者ですけど、一体何をしに来たのか……」

「れ、レーナ王女の従者……」


 ロータスさんのおかげで彼女の正体は分かったが、その目的は不明。

 そしてその王女専属従者は全員が自分に注目していることを確認すると、共通の謎となっている自身の目的を語り始めた。


「私がここに来たのは、レーナ様から預かったお言葉を皆様にお伝えするためです。ですので、今から私が言うことは、レーナ様のお言葉と同じ重みを持つとお考えください」


 その言葉を受け、この場にいる全員に緊張が走る。

 王女の言葉というと、人の首を飛ばすことさえできる絶対的なものだ。


 そんな王女様が一体何を伝えようとしているのか……。

 

「ではでは……。『シルヴェスタ―さん⁉ 私王城を出発する前にあれほど言ったじゃなないですか! 私が居ない間に絶対変なことしないでくださいよ、って!』」

「えっ……」


 さっきまで低めだったサンドラさんの声が急に高くなり、口調までも一変。


 俺はそんな奇妙な光景にあっけにとられてしまったが、親父とロータスさんは全く動じていない。どうやらこれは普段通りの行動らしい。

 そして親父の呼び方が役職付けから、さん付けに変わっていることも考えると、彼女はレーナ王女の表情や身振りまで含めた、発言のを伝えているようだ。

 

「『それなのに何ですか⁉ 勝手に大広間をホテルみたいに使うわ、他の仕事がある衛兵まで動員して、個人的な魔法勝負なんていうイベントを開催するわって!』

「ちょっ、なんでレーナちゃんがそんなことを知ってるんだ⁉ ロータス! もしやお前がチクったのか⁉」

「と、とんでもない! 私はずっとシルヴェスター様と一緒に居たじゃないですが!」

「『しかも、指示通りに客人を演習場に連れて行った衛兵の方に、何しに来たんだ! とか言って怒鳴りつけたとか』……」

「あの若造がチクったのか! それぐらいで上官を売るなんて、最近の若者ときたら‼」

「あっ、レーナ様に報告をしたのがその子とは言いませんが、その子に理不尽な罰とかを与えたら駄目ですからね。内部告発者を守ることは、組織における鉄則です」


 ペーペーによる反撃に憤慨する親父を、自分自身の口調に戻った彼女が軽くいなす。

 親父に臆する様子が微塵もないのを見ると、やはりただ者ではなさそうだ。

 

「えーっと、続きは……。『そして何より許せないのが、アルトさんへの扱いです!』」

「……お、俺⁉」


 親父を責める話の流れの中で突如俺の名前が出て、一瞬ではっとさせられる。


 それは親父も同じようで、『アルト?』と、虚を突かれたように声を漏らした。

 

「『シルヴェスターさんは知らないかもですけど、アルトさんは問題となっていたメビフラダンジョンのゴーレムを殲滅させた功労者なんですよ!』」

「……アルト、そうなのか?」

「まあ、本当だけど。でもなんで……?」


「ダンジョンに調査に行った冒険者から報告があったんですよ。ダンジョンに着いた段階で、すでにゴーレムたちはアルト・オーゲン・クリーズという少年によって全滅させられていた、と。この初心者向けダンジョンでのゴーレム大量発生は、冒険者育成という面で国にとっても大問題でしたので、外遊中のレーナ様にもすぐに報告が上がってきていたんです」

「あいつら、俺の名前を出してくれてたんだ……」


 黙っていれば手柄を独占できたであろうに、わざわざ俺の名前を入れて報告する優しい友人二人の顔が浮かび、自然と頬が緩む。

 しかも、俺との約束通りバファルッツのことには一切触れていない。一体どれだけお人好しなのだろうか。


「街一番の腕利き冒険者に依頼するようギルドに命じていたのに、原因の方は分からずじまいだったのは残念でしたけど……あっ、話がいつのまにやら脱線してしまいましたね。それでは気を取り直して続きの方を……。うっうん、『そんな方の意思を無視して、シルヴェスターさんの下で無理やり働かせようとするなんてのは、絶対許しませんからね!』」

 

「お、おい! それはつまり――」

「『ですからこれは命令です。アルトさんの意思を無視して宮廷魔術師にさせようとする行為は一切禁止します』……。だそうです」

「えっ、ほ、ほんとに?」


「ちょ、ちょっと待て! レーナちゃんだってワシが書き換えた法律を元に戻さなかったじゃないか! それはワシの行動を黙認していたってことだろ⁉ それなのになんで急にそんな話になるんだ⁉」

「私もレーナ様のお考えの全ては分かりかねますが、国に貢献された方には必ず恩を返すと、そのように考えておられるのでしょう」

「じゃ、じゃあ俺は……?」

「あなたはあなたが望む道を歩んでください。その自由は、ベンザール王国四百年の歴史と誇りにかけて、レーナ様が保証されます」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は今までに感じたことのないような感情に襲われた。

 嬉しくて、ほっとして、泣きそうで。でも突然すぎる王女様の介入に混乱して。


 ただ、そんな複雑怪奇な感情を整理する暇もなく、


「やったー‼ これでまだアルトさんと一緒にいられるんですね!」


 喜びを爆発させたクラリスに勢いよく抱きつかれ、思考は急停止させられた。


「いってーな、おい! お前突然何してんだよ⁉ 今のはほとんどタックルだぞ!」

「まあまあ、そんなに怒んないでくださいよ。それくらい嬉しかったってことなんですから、可愛いもんじゃないですか」

「威力は全然可愛くなかったけどな。……ていうか、いつまで俺の上に乗ってんだよ。さっさと退けって」

「あぁ、それもそうですね。すみません……」


 今の状態を客観的に指摘されて急に恥ずかしくなったのか、クラリスは頬を赤く染めてそそくさと立ち上がる。


「試合に負けて勝負に勝った、ということか。お前も悪運が強いな」

「まあ、試合にも勝ったんだけどな。でもそれも、クラリスとハインツの応援のおかげだよ。ハインツなんて、最後はクラリスより声出してたろ?」

「……そんなことしたか? 我は覚えていないな」


 ハインツはそんな下手な照れ隠しをしてごまかしたが、実際二人が応援に来てくれたからこそ、こんな奇跡みたいな結末を迎えることができたような気がする。

 ゆっくりと腰を上げながら二人を見ていると、なんだかそう感じずにはいられない。


「では、シルヴェスター長官とロータス補佐官はレーナ様がお呼びですので、執務室の方へ向かってください。おそらく、お説教が待っているでしょうが」

「えぇ! わ、私もですか⁉」

「……万事休すか、しょうがない。ではロータス、で誠心誠意言い訳をしよう」

「ふ、二人⁉ ……もういいです。こうなったら私も、業務とは無関係の時間外労働をシルヴェスター様から大量に課せられたことを、レーナ様に全部報告します!」

「あっ、お前ずるいぞ! それじゃ完全にワシだけが悪者になってしまうだろ! ちょっと待たんかい!」


 とうとう親父に反旗を翻したロータスさんが告発に向けて走り出し、親父もそれを追いかける。


「っと、その前に! アルト、ちょっといいか⁉」


 すると、加速し始めた親父は急に足を止め、こちらに向けて振り返った。


「ワシはレーナちゃんに何を言われようと、お前を宮廷魔術師にすることを諦めたくはない。……諦めたくはないが、それを実現させるのはもう厳しそうだし、諦めたら『もう家に帰らない』っていうのを撤回してくれるか……?」

「……はぁ。それなら、母さんが家に戻ってきた時くらいは帰ってもいいよ」

「ほ、ほんとか⁉ なら全然諦めて、アルトが勝ったことにしよう! やったやったやったぁー‼」

「だから『勝ったことにする』とかじゃなくて、実際俺が勝ったろ⁉」


 親父は歓喜の叫びを上げながら、両手を高く掲げながら全速力でこの演習場を後にした。


 ……俺の願いが叶ったはずなのに何だろうか、この虚無感は。


 親父の調子の良さや、空気の読めなさときたら。

 この演習場に残された全員同じ気持ちのようで、揃いも揃って冷め切った表情で親父を見送っていた。


(本当に最後の最後まで、親父とのやりとりは何の実りも無かったな……)

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