負けられない戦い

「アルトがここまでやるとは完全に予想外だった。……だが、三戦目で勝敗が決まることになった時点でワシの勝利は確定!」

「俺も一つ勝てばいいってとこまできたんだから、最後に相性なんてもん覆してやるよ」


 俺と親父は長めの距離を空けて相対し、互いに自信に満ちた言葉を交換する。


 ちらりと客席の方を見てみれば、クラリスもハインツにきつく怒られたせいか、ちゃんと大人しくしているので、とりあえず俺も一安心。


 いよいよこの勝負もクライマックスだ。


 ここまできてしまえば、あとは何も考えずに全力を出すしかない。

 

「……えっと、第一戦と第二戦が引き分けとなってしまったため、第三戦は急遽引き分けが発生しない対戦方式に変更となりました」


 睨み合う視線の中間点に立っているロータスさんは、俺と親父を交互に一瞥してから詳しい内容の説明を始める。

 

「今からお二人には、お互いの最大出力の魔法を同時に撃っていただき、それをぶつけ合っていただきます。そして威力で勝り、相手の魔法を打ち破った方が第三戦の勝者。つまり、この対決の勝者となります」


 対決内容は至ってシンプル。魔法と魔法のぶつけ合い。意地と意地のぶつかり合いだ。

 

「なおシルヴェスター様の希望で、シルヴェスター様の魔法の威力が勝り、それがアルト様へと向かっていった場合の防御は私が担当します」

「……親父は守ってもらう人をつけなくていいのか?」

「ワシくらいになると攻撃魔法を撃ちながら防御魔法を展開するくらい容易たやすいことだから心配ご無用。それに……」

「それに?」

「ワシが負けるとは到底思えんからな!」

「よし! 絶対その防御魔法ごと貫通させてやる!」


 親父のむかつく挑発の言葉を受け、俺は開戦の合図も待たずに魔法を撃つ姿勢をとる。

 それに反応した親父もすぐに臨戦態勢に移行すると、ロータスさんは、

 

「ちょ、ちょっと待ってください! このままだと私が挟み撃ちにされて塵になってしまうので、私の合図があるまでは絶対撃たないでくださいよ!」


 自分の身を守るべく、そして親父から任された役割を果たすべく、慌てて俺の方へと駆け寄った。

 

「……ふぅ。ひとまずこれで私の安全確保は完了と。……ではお二方、準備はよろしいですか?」

「当たり前だ! ワシはいつでもいいぞ!」

「俺もバッチこいだ!」


 ロータスさんから最後の確認があり、俺と親父はそれを勢いよく肯定する。


 そしてついに、

 

「では第三戦、スタートです!」

「『エイン・ウィンデック』‼」

「絶対にアルトをワシの下で働かせてみせる! 『インフェルノ』‼」


 開戦の号令がかかると、それぞれ必勝を誓う魔法使い二人は、すぐに自身にとっての最高火力の魔法を発動する。


 俺は愚直に風魔法を。全ての系統が扱える親父は、赤系統の炎魔法を選択。

 そしてお互いの渾身の魔法はすぐに衝突し、戦場に轟くような鼓膜を穿たんばかりの爆音がこの演習場に響いた。

 

「くっ……、うっ、アアッ……。た、耐えたぞぉ‼」


 魔法の性質的には不利な俺だったが、初撃で粉砕されることは気合いと根性で回避。

 それどころか、今二つの魔法は、俺と親父のちょうど真ん中で均衡を保ち、バチバチと音を立てながら動かないでいる。

 

「す、すごい! シルヴェスター様の炎魔法を風魔法で抑えられているなんて……」


 そんな俺でも出来すぎだと感じる予想外の善戦に、隣にいるロータスさんも思わず感嘆の声を漏らす。


 ただ、全力で魔法を撃ち続けているので、やっている本人としてはすでに一杯一杯。

 俺も歯を食いしばりながら必死にこらえているが、この膠着こうちゃく状態を打破して親父の方に押し返していくビジョンがまるで浮かばない。

 

「うわっ! いきなり来やがった!」


 そんな弱気な考えが頭に浮かぶと同時に、一気に親父の魔法の威力が上がった。


 さっきまで俺と親父の真ん中にあった二つの魔法の衝突地点は、ゆっくりとだが、確実に俺の方へと近づき始めている。

 魔力の流れの一点に集中し、全力を注いで魔法を撃っている今、親父がどんな様子なのかを窺い知ることはできないが、きっと親父も本気を出してきたのだろう。

 俺が放つ暴風の弾丸も、親父の燃えさかる業火によって消し飛ばされそうな勢いだ。


 ……このままだとまずい。

 

「アルト様、ギブアップされますか? アルト様の合図があれば、すぐに防御魔法を展開する用意はできていますので――」

「いや、絶対に防御魔法なんて使わないでくださいよ! 俺は絶対に勝つんで!」


 次第に実力差が露わになり始め、見かねたロータスさんから暗に諦めるようさとされたが、俺はそれを断固拒否。


 この勝負に負けることは俺の夢が潰えることを意味する。自分から白旗をあげるなんてできるわけがない。

 

「で、でもこれはッ……」


 ただ、そうこう言っている間にも俺の魔法はどんどんと後退させられていき、その動きは歯止めが効かない。

 

(魔力もそろそろ切れかかってきてるし、これは本当にやばい……)

 

「アルトさん! 昨日の約束覚えてますよね⁉ 私の先生なら、それくらい守ってくれないと困りますよ‼」


 すると、俺の心が弱気に支配されようとした直前、力一杯の叫声が耳に届いた。

 言っている内容といい、聞きなじみのある声といい、今のは完全にクラリスだ。

 

「おい! なに辛気くさい顔してるんだ! そんな顔してたら、勝てる勝負も勝てなくなるぞ!」

「えっ、ハインツ⁉」


 さっきまで目立つクラリスをいましめていたはずのハインツの怒号が響き、驚きのあまり普通に名前を呼んでしまった。

 状況を確かめようと、魔法を発動させながらも一瞬だけ二人がいる座席の方に目を向けてみると、

 

「我らがここでしっかり見てるんだから、最後まで思い切ってやれ‼」


 そこでは、ハインツは席の上で立ち上がり、小さな体を目一杯使って声を張り上げていて、クラリスは祈るように顔の前で手を組んでいた。


 二人のそんな必死な姿を見て、俺は一つ重要なことを忘れていたことに気づく。

 

(……このまま負けたら、こいつらに会うことも無くなるのかな?)


 俺は今まで自分の夢のことばかり気にしていたが、勝負に負けて宮廷魔術師にならされたら、世界征服なんて言っている組織の連中とつるむことなんてことはできないだろう。


 それどころか俺自身がクラリスたちを取り締まることになるかもしれない。

 

(……それは、なんか嫌だな)

 

「あのー、あの方たちはアルト様と何か関係が――」

「ああぁぁ! そこまで言われたらやってやるよ‼」


 俺は自分を奮い立たせるように雄叫びを上げ、残り少ない魔力を振り絞る。


 未だに俺の魔法押され続けている現状は変わっていない上に、起死回生の一手なんて微塵も浮かんでいないが、気持ちだけは完全に上向きになった。


 でも、俺はいつのまにバファルッツに対してこんなに思い入れができていたのだろう。思い返してみても、団長たちと会ってから、ろくな思い出なんてないというのに。


 会って早々に連続攻撃を足に喰らったり、大量のゴーレムの前にほっぽり出されたり、モンスター寄せなんていう物騒なものを持った奴と一緒にダンジョンを回ったり、そいつに二度も体を固められたり……。

 

(……ん? そういえばってどうしたんだっけ?)


 俺は右手で魔法を撃ちながら、記憶から抜け落ちた存在を求めて急いで左手を動かす。

 するとすぐに、指先に固い感触を得た。


 ひょっとすると、これは『起死回生の一手』にになるかもしれない。


 これまで俺は親父からの嫌がらせに対し、変装をしてギルドに行ったり、親父の影響がない働き口を探したりと、逃げの選択肢をとってきた節があるが、今は逃げも隠れもできない一対一の対決。しかも勝負は終盤ときた。


 だったら最後くらいは思いっきり爪を立ててやろう。

 

「アルト様! これ以上押されてしまえば、私の防御魔法が間に合いません! ですのでここが潮時……、えっ、う、嘘でしょ⁉」

「だから言ったじゃないですか! 俺は絶対に勝つって!」


 いよいよ危険水域にまで達したと判断したロータスさんだったが、突然の状況の変化に驚きを隠せない様子だ。

 それもそのはず。さっきまで後退させられっぱなしだった俺の魔法が、ジリジリと親父の猛火を押し返しているのだから。

 

「おっ! なんだこれは⁉ きゅ、急にアルトの魔法が強くッ……!」


 今まで声も出さずかなりの余裕があったであろう親父からも、ここまで聞こえてくるほどの驚きの声が上がった。


 ここで、一気に決める!


「アルトさーん‼」


 すると、自らが放つ魔法に全神経を集中させていき、五感がだんだんと薄れていく中で、俺の鼓膜はかろうじてクラリスの声を捉えた。

 

「すみませーん! 余裕があったらでいいんですけど、助けてくださーい!」

 

(…………えっ?)

 

「おいお前ら! 本物のベルナルド・ラバル・ペレイロ……、今どこまでいった?」

「半分くらいはいってるんじゃないですか? すみません、僕もあやふやで……」

「ま、まじかよ。えっと、ぱ、パスト…… あぁ、イライラする! とにかく! さっき本物の三世から、『予定が遅れて明日到着となりました』っていう書簡が届いたんだよ! お前らは一体何者だ⁉」


 血の気が引く、とはこういうことを言うのか。


 思考も感覚もぐちゃぐちゃになった俺が慌てて座席の方を確認すると、クラリスとハインツは十人ほどの武器を持った衛兵たちに囲まれていた。

 二人は両手を挙げて降参のポーズをとっているが、一触即発といった状況だ。

 

「ち、ちがうんだ。我らがここにいるのには深い訳があってだな……」

「言い訳無用!」


 二人を囲む衛兵の一人はそう言うと、持っていた剣を構えた。


 ――その光景を見た瞬間、場違いも甚だしいが、ずいぶん昔の穏やかな記憶が不意に頭によぎった。考えただけで潮の香りがしてくる、母との思い出。


「……ロータスさん、さっき防御魔法は絶対使うなって言いましたけど、前言撤回です。もしも危なくなったらお願いします」

「えっ、なぜ急にそんなことを……」


 そんなのは決まっている。しょうもないプライドのせいで俺が倒れたら、あいつらを守る奴がいなってしまうではないか。

 

「余裕がなくてもやってやるよ! 『トルネード』!」

「あっ! ちょっと!」


 俺は左手をクラリスたちの方に向けて、新たに魔法を発動させた。親父との対決とは関係のない、全く別のものを。


 今まで俺の全ての魔力を右手に注ぎ込んでいたが、それが分散されるのだから、当然ながら威力は減る。

 実際に俺の魔法の進軍はぴたりとやみ、それどころか親父の炎にものすごい勢いで押し返されてきた。


 きっと親父も、本気を出してきたのだろう。


『自分が楽しむことと、人を笑顔にしたいっていう思い』


 それが冒険者に、そして人にとって重要なことだと母さんは言っていた。


 だったら俺は、危険を承知でここまで来てくれた二人を守らなければならないし、それだけで満足してはいけない。


「た、隊長……?」

「なんだ⁉ 私のやり方に文句でもあるのか⁉」

「その、我々の足下がすごく揺れているような気がするのですが……」

「はっ? 一体何を――」


 両手で頭を抱えて体を震わせていたクラリスの前で、衛兵たちが空を舞う。


 そして、


「俺は何一つ諦めたりしない! 俺は俺のために、親父に勝つ‼」


 親父の業火が眼前に迫る中、俺は役目を果たした左手で乱暴に腰のあたりを殴り、叫んだ。

 母さんやハインツ、クラリスからせっかく借りた勇気が萎んでしまわないように。


「こ、これ以上はもう限界です!」


 ロータスさんがそう叫ぶと、今までの人生で感じたことがないほどの熱を右手に感じた。

 ただ、それは外から浴びせられたものではなく、内から湧き出るもので……。


 ――次の瞬間、体が壊れてしまうのではないかと感じるほどの猛威が、掌を通じて内から外へ流れていった。


 それはロータスさんが咄嗟に展開した防御魔法も、親父の渾身の炎魔法も、全てを打ち破り、そして、


「う、嘘だろおい‼」


 親父の間の抜けた叫びと共に、勝負に決着がついた。

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