早朝、再びアレが
バファルッツでの初仕事やクラリスからの先生就任依頼などがあり、昨日は心身ともに疲れる怒濤の一日だった。
本当なら出勤時間のギリギリまで体を休めていたいところだったが、今朝はクラリスとの約束がある。
ただ、それにしても……。
「さすがに日が出る前から行くのは早すぎたな」
日が昇る方角を見ると、そこだけが薄ぼんやり明るいこの時間。
俺は今、早朝の澄んだ空気を吸いながら一人で例の公園に向かっている。
約束の時間は『朝』としか聞いていなかったし、クラリスを待たせたら悪いと思って早くに家を出たが、眠くてしょうがない。
「さすがにクラリスはまだいないだろうし、ベンチでちょっと寝るか」
大あくびしながら角を曲がると、子供が遊ぶには手狭な、遊具の一つもない
それと同時に、早朝の穏やかな雰囲気には似合わない、元気いっぱいの弾むような声が耳に飛び込んでくる。
「あっ、アルトさーん! こっちこっち!」
「もうバッチリいるし……。ほんとにあいつ張り切りすぎだろ」
遠目に俺の存在を確認したクラリスは、寝不足の俺にはあまりに眩しいハイテンションで手招きをしている。
俺は眠気を飛ばすために軽く頬を叩いてから、小走りで公園の中へと入った。
「おはようございます! 思ってたより早く来るものだから、驚きましたよ」
「それはこっちの台詞だよ。クラリスはいつからここに?」
「うーん。まあ、ついさっきということにしときましょう」
「それって、本当はついさっきじゃないってことじゃん……」
あまり気遣いになっていない気遣いを受け、思わず苦笑い。
結構な時間待ったであろうクラリスが上機嫌にニコニコ笑っているのでまだ良かったが、次からは待ち合わせの時間をちゃんと決めよう。
そんなことを考えながらふと横のベンチに目をやると、そこには分厚い魔法書が三冊積み上げられていた。
やはり、クラリスの本気度は相当なものらしい。
「じゃあ早速、白魔法の授業をお願いします!」
「いきなりだな、おい。……まあ引き受けたからにはしっかりやるけどさ、白魔法を教えろって言われたのが昨日だし、今日なんかは基礎中の基礎しか教えられないぞ」
「全然大丈夫です! 私がつまずいているのは、その『基礎中の基礎』の部分ですし」
「そんなことを胸張って言うな!」
いきなり先行きが不安になるようなことを言われ、安請け合いしたことを少しだけ後悔。
クラリスを一人前の魔法使いにするまでの道のりは、やはり長く険しいものになりそうだ。
だからこそ、今日の一歩目はかなり重要になってくる。
「……アルトさん? どうしたんですか?」
「いや、ちょっとだけ考え事を……」
(とにかく、ここは昨日寝る前に考え、考えすぎて眠れなかった指導プランを実行するか)
「よし、とりあえず始めるぞ!」
「おー!」
俺に続いてクラリスが右手を掲げ、先生と生徒としての関係がスタート。
初日である今日、俺がやるべきことはすでに決まっている。
「じゃあまず、白魔法に関するテストをしよう。俺がいっぱい質問するから、クラリスはそれに答えてくれ」
「テスト? そんなことでいいんですか?」
「おいおい何言ってんだよ。これは今のお前には一番重要なことだぞ」
魔法の連発でも想像していたのか、いかにも拍子抜けといった表情のクラリスに向けて俺は狙いを説明する。
「いいか。昨日の魔力回復のことを考えれば、お前はやり方を絶対どっか間違えて覚えてる。だからテストをして、その間違えてる部分をあぶり出すんだよ」
「私としては、別に間違えてなかったと思うんですけど……」
「自分でも知らないうちに、ってことがあるだろ? とりあえずやってみようぜ」
俺がそう言うと、クラリスは首を傾げ、少しだけ考えるようなそぶりを見せる。
しかしすぐに納得してくれたようで、『それもそうですね』と言って大きくうなずいた。
「ではテストの方をお願いします! ……あっ、そうだ。問題を出すならこの魔法書を使ってください。張り切って持ってる私も分かんないくらいの難しいやつも持ってきちゃったんですけど、一番上のなんかは基本書なのでおすすめですよ」
「いや、そこにある本は全部読んだことあるし、内容も覚えてるから大丈夫」
「えっ、覚えてるって……、これ全部ですか⁉」
「俺も専門的なところはこれから勉強するけど、そこにある本のレベルくらいまでなら学校の図書室で暇つぶしに読んでたからな」
「うーん、なんでしょう……。私の先生としてはすごく頼もしい言葉なはずなのに、なぜかムカついている自分がいます」
「な、なんでムカつかれなきゃいけないんだよ。……いいからやるぞ!」
いきなりクラリスに嫌われかけるというトラブルは発生したが、いったんそれを無視。
会話の反省ポイントは後で見つけるとして、今は授業の方を優先する。
「第一問!」
クラリスも魔法学校に通っていたらしいし、魔法の基本的な知識は持っているはず。
ただ、その知識の中におかしなものが混じっていたからこそ、俺の体が固まることになったわけで。
(クラリスの答えは間違いだらけだろうけど、俺がしっかりと直していかないとな)
「――えーっと、白魔法のテストを全部で百問出したけど、クラリスは見事全問正解……」
「ほら、だから言ったじゃないですか。私は何も間違えてなんかいないんですよ」
「なんで⁉ 昨日は魔力回復のやり方だってうろ覚えだったじゃん!」
「あれは魔法を使うのが久しぶりだったからですよ。実際、昨日も最後にはちゃんと思い出したじゃないですか」
「あああぁぁぁ! 完全に予定が狂ったぁ‼」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるクラリスとは対照的に、俺は頭を抱えて絶叫。
(これは困ったことになったぞ……)
「お、俺はこれからどうやって教えていけばいいんだ……?」
「アルトさんはなんでそんなに渋い顔してるんですか? 私の魔法の知識は完璧だったわけですし、そのぶん教える手間が省けて良かったじゃないですか?」
クラリスは不思議そうにそんなことを言うが、むしろその逆。
俺がこんなにも頭を悩ませているのは、クラリスの答えが『完璧』だったからこそだ。
「いいか、クラリスは魔法行使のための呪文や、体の核にある魔力を外に放出する基本的な構造、それに白魔法特有の『自分と相手の核を繋げる』方法までちゃんと理解できてた。だから本来、クラリスが使う魔法は成功しないとおかしいんだよ」
「……じゃあ、なんで私が魔力回復を使えば受けた人は硬直しちゃうんですか?」
「それが完全に分かんなくなったから困ってるんだよ!」
こうなってしまった以上、クラリスの記憶違いをどんどん修正していくという俺の指導プランは大幅な変更が必要になってくる。
魔法の実践練習は座学を完璧にしてから、という予定だったが、クラリスがすでに座学をマスターしているのなら……。
「それなら、とりあえず昨日のリベンジも兼ねてアルトさんに魔力回復をかけていいですか? 実際に魔法を使ってるところを見ないと、私の問題点は分からなそうですし」
「うっ、俺も同じこと考えてた……。あぁ! でも怖い!」
一度実際にアレを喰らっているだけに、体が恐怖を覚えてしまっている。
(でも、このまま何もしないわけにはいかないよな……)
「ではアルトさん、本はどかしましたからこのベンチに座ってください。座った状態なら、固まった後でも楽ですから」
「えっ、もうやるの⁉ まだ心の準備が……。っておい、人を固める前提で話すなよ! そうならないように努力しろ!」
俺はクラリスに促されるまま、すぐ隣にあったベンチに腰掛けさせられる。
「今日はアルトさんの魔力消費もまだほとんどないでしょうし、昨日よりもだいぶ軽めでいきます! しっかりと見ててくださいね!」
「み、見るけど! 見るけどさ!」
自分の体がおかしくなっていく様子を直視させられるなんて、まるで趣味の悪い拷問だ。
そして、その拷問の執行官は恐怖に震える俺の胸に手を当てる。
(……どうか、何かの奇跡が起こって急にクラリスがまともになってますように)
俺が心の中でそう
「おい、また俺の胸が紫に光り出したぞ! 二回目だけど意味が分からん!」
るや否や、昨日ぶりの怪奇現象は、しっかりとクラリスによって引き起こされたのだった。
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