VSゴーレム

 赤い目が不気味に光るゴーレムは、動き自体はゆっくりだが、確実に俺たちの方に近づいていた。


 大人の男四人分の幅は優にありそうな肩を揺らしながら、一段、また一段と階段を降りるたびに、固いもの同士がぶつかる不快な音が辺りに響き渡る。

 特に目を引くあの太い岩の腕なんかは、人なんて軽くぺちゃんこにできそうだ。


 しかも『わんさか』というハインツの言葉通り、ダンジョンの入り口からは、また新たなゴーレムが出てきているのが見え、その景色が与えてくる威圧感はすさまじい。

 

「おーいアルト! 後ろにはワタシとハインツが控えてるから、思い切って戦えよ!」

「団長……? って、いつのまにあんな遠くまで避難したんだよ⁉ 絶対参戦する気なんてないだろ!」


 声がやけに遠くから聞こえてくると思っていたら、団長はさっき逃げ出したハインツと一緒に、森の際にある木の後ろから顔を出していた。

 

(さっきわざわざハインツに説明させたのは、その隙に自分が逃げ出すためかよ…)


 二人して暢気に手を振っているが、これはもう団長とハインツの助けは期待できそうにない。

 

「もう、腹くくって戦うしかないか。……あぁでも、意外と俺にとっては好都合かもな」


 よく考えてみれば、思いっきり魔法を使って敵を倒すなんてのは、俺が思い描いていた理想の冒険者活動そのもの。

 苦しくなっても助けが来ないと分かったが、逆に燃えてくる。


 そんなピンチを打ち破っていった先にこそ、俺の夢が待っているってもんだ。


「いっちょやってやるか! おお、テンション上がってきたぁ!」


 先頭をゆくゴーレムは、もうすぐ階段を降りきる。

 

「よし、じゃあ卒業試験以来の全力を……。あっ、クラリス? 一応訊くけど、今からあのゴーレムに攻撃するけどいいよね?」

「ちょっ、いいに決まってるじゃないですか! そんなこと言ってる暇があるなら、さっさと倒してくださいよ! 何やってるんですか⁉」

「なんで俺が怒られるんだよ! さっき自分で訊けって言ったろ!」


 さっきと言っていることが全く違うクラリスは、俺の後ろに隠れるようにしてゴーレムから距離をとる。

 ただ、就任から数分とはいえ兵長となったプライドからか、小さな体を恐怖で震わせながらも、団長たちのように安全圏にまでは逃げようとしない。

 

「……クラリス、別に団長たちのとこに行ってていいぞ。こんなちょっと固いだけの泥人形、別にどうってことないからな」

「えっ? でもアルトさんなら本当に大丈夫、かも……? あ、アルトさん! 危ない!」


「クコォォォォー!」


 クラリスの叫びで視線をダンジョンの方に戻すと、俺の目の前には、岩の豪腕を空に向かってまっすぐ伸ばしたゴーレムがいた。

 俺がクラリスと話している間に、最初に出てきた奴は、その巨大な腕のリーチの中に俺を捉えていたらしい。


 そして、そいつは俺を圧殺するべく勢いよく腕を振り下ろす。

 

「きゃあああぁぁぁ‼」


 それが当たった瞬間、俺は即死間違いなし。


 だが、その悲劇的な結末が訪れる刹那前。

 

「『クリング・ウィンデック』‼」

「⁉」


 俺は魔法の詠唱と発動に成功し、ひとまず生存に成功。

 俺を殺そうとしたゴーレムの方はというと、俺の自慢の風刃によって縦に真っ二つだ。

 

「アルトさんすごっ!」

「ふっ、誰かに素直に褒められるのなんていつぶりだろ。なんか嬉しいな!」


 ゴーレムの亡骸が倒れ、左右から土煙が上がるなか、俺は場違いな笑みを浮かべる。

 

「ねぇ、俺結構すごいっしょ! あんなに早く魔法を発動して、正確に狙いを打ち抜くなんて普通の魔法使いじゃできないからね! しかも、さっきのは上位魔法に分類されるくらいの難しい魔法だから! そこんとこよろしく!」

「あっ、すみません。魔法を撃った後の言動があまりにダサくて、最後までちゃんと聞けませんでした。最後なんて言いました?」

「いや、たいしたこと言ってないから大丈夫。よーし、これからは余計なことは言わずに戦うぞ!」


 新たな黒歴史の誕生に思わず顔をどこかに埋めたくなったが、まだゴーレムが残っているのでそれは後回し。

 

『敵を倒してテンションが上がっても、気色の悪い自慢をしてはいけない』

という教訓を胸に、新たに近づいてくるゴーレムに相対する。

 

「じゃあクラリス、危ないから後ろに下がってろ。ここは俺一人でなんとかするから」

「わ、わかりました……けど、アルトさんが危なくなったら、私は兵長として、絶対に手下を助けに行きますからね!」

「……ありがとな。その時はよろしく頼むよ」


 クラリスからの言葉でまた気持ち悪いリアクションをしてしまいそうになったが、俺は首を横に振って雑念を打ち消し、右の掌を前に向ける。


 その先で重量級の足音を響かせるのは、さっき倒した奴の次に出てきたゴーレム二号だ。

 魔力がこもっただけのただの人形なので、当たり前と言えば当たり前だが、そいつは目の前で仲間が真っ二つにされた直後でも感情のない無機質な動きで階段を降りている。


 ちなみにその後ろには三号もいて、今ちょうど四号がダンジョンの中から姿を見せた。


 俺は二号と三号の頭が一直線上に並んだ瞬間を見逃さない。

 

「よしきた! 『エイン・ウィンデック』!」


 詠唱によって魔力が体中を駆け巡り、それはすぐに差し出された右手に集約される。

 そして集まった魔力が掌を通して外に放出される瞬間、そのエネルギーは全てを打払う砲弾のような暴風へと変換され、

 

「やっば、これ気持ちいいな!」


 射線上にあったゴーレム二体の頭を、有無を言わさぬ突風が一気に吹き飛ばした。


 体から分離してただの石の塊となった二つのゴーレムの頭は勢いよく飛んでいき、すでにひびが入っている遺跡の壁と、日の光を浴びたばかりの四号の胸にそれぞれ着弾。


 結果、一度の魔法行使でゴーレム二体を撃破し、一体を瀕死状態にまで追い込んだ。

 

(……いや、俺すごくね? これが初めての実戦だよ?)


 学生の頃よりも魔法の威力が上がっているし、何よりも戦いの中で緊張することなく落ち着きを保てている。

 

(それどころか、普通に楽しい!)

 

「これ、いくらでもやれるな! おい四号、早くこっち来いよ! さっさと倒されて、俺の成長の糧になりやがれ!」


 俺の挑発を受けたゴーレム四号は、ふらふらと左右に揺れながらも俺に近づいてくる。


 あぁ、魔法を好きに撃ちまくれるこんな楽しい時間がずっと続いてくれればいいのに。

 俺は心の中でそう願いながら、次なる魔法の発動を準備する。


 今の俺は間違いなく、最高の気分だ!

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