太古の残滓
そこの空間だけは、まるで遙か昔の時代に取り残されたような雰囲気だった。
大森林の中にぽっかりと空いた場所で、静かに佇むメビフラダンジョン。
黒っぽい石で造られた建物には蔦が這っていて、その周りには建物から崩れ落ちたのか、大きな石の塊がごろごろと転がっている。
近くまで来て見てみると、やはり柱や壁などは石の風化が進んでかなりぼろぼろだ。
「よし、じゃあ中に入るぞ! 目標はもちろん最下層! 今のバファルッツなら、それぐらい余裕のよっちゃんだ!」
「さすがはバート様、では参りましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください。戦闘員の俺がメインで戦うのは分かってるんすけど、このダンジョン遠征の目的って、お互いに連携がとれるようにすることですよね?」
ダンジョンへと続く階段の前まで来て、団長とハインツはかなり前のめりの姿勢だ。
ただ俺としては、このまま危険が多いダンジョンに入っていくのは無謀に思えていったんストップをかける。
「それなら、モンスターが出たときの役割分担は決めといた方がいいと思うんですよ。前衛後衛、あと支援とか。それに、俺は団長たちがどんな風に戦うのか知らないし」
「ん? あぁ、そうだな。じゃあこの中で一番戦闘力があるであろうアルトがまず先陣を切り、もし援軍が必要ならワタシとハインツが参戦しよう。ワタシも年をとったとはいえ、少しは腕がたつからな」
「なるほど、それは名案ですね。おい新入り、バート様の実力をあなどるのではないぞ。バート様の腕は相当なものだ。ちなみに言うと、我もバート様ほどではないが、戦力として考えても差し支えない」
「お、おぉ……。だったら、そういう感じでいきましょう」
体がかなり小さいハインツが戦えるというのも意外だが、まさか団長もそんな実力者だとは。
ただ、言われてみれば確かに、団長も見た目の雰囲気的には武術の達人っぽい気もする。
「あっ、でもその場合、クラリスの役割はどうなるんですか?」
「クラリスかぁ……。そうだな、じゃあ――」
「ちょっと待ってください! みなさん、何か一つ大事なことを忘れてませんか?」
すると、突然手を挙げて台詞めいたことを言い出したのはクラリスだ。
三人の注目を一身に集めたクラリスは、ビシッと俺の方を指さし、
「アルトさんはすでに私の手下なんですよ!」
「あぁ、そういえばそんなこと言ってたか……」
俺がすっかり忘れていた身分設定を、今頃になって声高に主張し始めた。
「私の手下であるアルトさんがバファルッツで一番の戦闘員ということは、自動的に私が兵長の肩書きを得たと言ってもいいんじゃないでしょうか、団長!」
「……まぁ、クラリスがそう名乗りたいなら、別に構わんが」
「ほんとですか? それなら私、兵長としてアルトさんにアレコレ指示出しちゃいますよ?」
「えっ?」
「兵長なら、それくらいしたって問題なし。好きにやりなさい」
「ということは、お前たちがバファルッツの戦闘部隊というわけだな。バート様のためにしっかりやれよ」
なんか、ものすごいスピードで話を勝手に進められてしまった。
自由に魔法が撃てることを期待していた俺としては、あんまり細かく指示を出されるのは勘弁してほしいんだが。
「じゃあアルトさん、戦闘のときには私が後ろにいるので、私がいいって言うまでは攻撃とかしないでくださいね」
「えええぇぇぇ!」
(ちょっと待ってくれよ。自由に撃つどころか、俺まだ一回も魔法を使ってないよな?)
ダンジョンに入る直前になって、俺の描いていた明るい未来に暗雲が立ちこめ始めた。
(……このままだとまずい)
別にクラリスの手下になること自体は、不服ながら受け入れられないほどではない。
しかし、魔法を撃つのにいちいちクラリスの許可いるとなれば話は別だ。
「いや、さすがにそれはやめた方がいいと思うな! だってすぐに攻撃しないと、相手に先に襲われて――」
ドンッ
――危ないだろ。
そう言おうとしたのだが、その最後の言葉は、突然あたりに響き渡ったこの低い轟音によって遮られた。
ドンッ ドンッ!
「ななな、なんですかこの音は? 何がどうなってるんです⁉」
「ていうか、音がこっちに近づいきてるような……」
ドンッ! ドンッ! ドンッッ‼
クラリスが軽いパニックに陥っている一方で、このダンジョンの情報を持っている団長とハインツは特に慌てるような様子がない。
俺はクラリスとの交渉をいったん後回しにして、この音の原因を知っていそうな団長の方に向き直った。
「団長、これって何の音なんですか⁉ 俺も何が来るか分からないと戦いようがないし、知ってるなら早く教えてください!」
「……そうだな、じゃあハインツ、これから出てくる敵について教えてあげなさい。クラリスとアルトはハインツの方をしっかり向いて、ちゃんと話を聞くように」
「えっ、なんでそんな面倒なこと……」
「今はそんなこといいじゃないですか! ハイちゃん、一体これは何の音なんですか⁉」
どうして団長が直接言わないのかはよく分からないが、あまり時間をかけてはまずそうなので、俺もひとまず団長の言う通りにした。
「バート様承知しました。おい戦闘員ども、これから話すことは、我の顔をしっかり見ながらよーく聞けよ」
そして、当のハインツも切羽詰まった状況にも関わらず、もったいぶって話を始める。
「これからお前たちの初仕事だ。今からあそこの入り口から、人間の気配に反応する守衛ゴーレムがわんさか出てくる」
「ゴーレム⁉ そそ、そんなのがいるんですか⁉」
クラリスが驚きの声を上げる中、ハインツは落ち着いた様子のまま話を続ける。
「ちなみに体が岩で構成されていて固いし、大きさも物置小屋くらいはあるぞ。そういうわけで頑張れ」
「わんさかってどれぐらい……。おい、何逃げてんだよ、まだ話は終わってないぞ!」
ハインツはかなり物騒なことを一方的に伝えてくると、すぐにダンジョンとは反対の方向に走って逃げていった。
しかもその逃げ足は、あの短い足から想像出来ないほどの速さで、あっという間にダンジョンを囲む森に入っていくのが見えた。
「まったく、守衛ゴーレムって何だよ。このダンジョンは初心者向けって話だったろ……」
それに悪魔が造ったとかいうさっきの話もあって、この建物からはどことなく異様な雰囲気が出ている気がしてなんとなく気持ち悪い。
「あ、あのー、アルトさん……」
「ん……? うわぁ、ほんとに出てきた……」
クラリスに服の袖を引っ張られ、後ろを振り返ってみると、
「ックオオオオォォォォ」
ダンジョンの入り口から、ハインツが言っていた通りの特徴を持つゴーレムが、土煙を上げながら現われた。
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