望まぬ再会

「ちょ、ちょっと言ってる意味がよく分からないんだけど……。期待外れってどういうこと? 団長たちのことで怒ってたわけじゃないの?」

「別にそんなことでいちいち怒ったりしません! 私は、ダンジョンを名乗りながらも可愛いモンスターの子が一匹もいない、このふざけたダンジョンもどきに怒ってるんです! 私に懐いてくれる子がいたら連れて帰ってペットにしようと思ってたのに、あんまりですよ……」

「……分かった。ちょっと頭を整理するから時間をくれ」


(えーっと、こいつは一体何を言ってるんだ? 可愛いモンスターの子? それを連れて帰ってペットにする?)


 ……なるほど。こいつが一番ヤバい奴だったのか。


「クラリス、人の趣味趣向をとやかく言うつもりはないんだけどな、さすがにモンスターをペットにするってのは無理があるんじゃないか? ほとんどのモンスターは人間を見るなり殺しにかかってくるんだぞー」

「だからアルトさんを私の手下にしたんじゃないですか。私がアルトさんにうまく指示を出せば、ちょっとした行き違いで私たちを襲ってくる子を傷つけないで大人しくさせられるんです。アルトさんはちょっと大変かもしれませんけど、そうすれば私は癒やしを得られて、モンスターの子は愛に満ちた生活が送れる。ほら、みんなが幸せになれるんです!」

「うーん、今の話だと幸せになれない人が一人いた気がするな」


 要は、クラリスは俺を勝手にモンスター調教師に仕立てようとしていたわけだ。

 それについてはいろいろ言いたいことはあるが、こういう危ない思想を持った人間は刺激しないに限る。


(あまり強く言いすぎると、暴発して大惨事を引き起こす危険性があるからな……)


 ここは一つ、穏便に事を済ませよう。


「でもクラリス、今はハインツがいるだろ? ゴブリン族は意思疎通ができるからモンスターには分類されないけど、クラリスもハインツをペットみたいにかわいがってたし、今はそれで十分じゃないのか?」

「確かにハイちゃんはいますけど、あの子は素直じゃないですからね。私は一緒に公園で遊んだり、なでなでしたら喜んでくれるような子と暮らすのがずっと夢だったんです。だから今回ダンジョンに行くって聞いて、モンスター寄せの魔鉱石まで持ってきたのに……」


「はっ? モンスター寄せ?」


「あっ、言っちゃった……。あのー、こんなもの持ってたら怒られるかと思って黙ってたんですけど、より多くの出会いを求めてついつい持ってきちゃったんですよね」

「ふ、ふーん。ちなみにそれってどんな見た目してるの?」

「おっ、興味あるんですか! ちょっと待ってくださいね。今出しますから」


 クラリスはそう言うと、背負っていたリュックを床に置き、ゴソゴソと中を漁りだす。

 そして目的の物を見つけると、まるで子供が満点のテストを母親に自慢するかのように、誇らしげにそれを俺に見せつけてきた。


「じゃじゃーん! どうですか、綺麗ですよね? これは結構お値段が高くて――」

「貸せ! こんな物騒なもん、俺が今すぐぶっ壊してやる!」

「ああああぁぁぁぁ‼ 何するんですか⁉ 返してください! 返してくださいよぉ‼」


 穏便終了。


 俺は身の安全のため、迷うことなくクラリスから小さな丸い石ころを取り上げた。


「ちょっと! さっきは人の趣味には口出ししないとか言ってたくせに! この裏切り者! 見損ないましたよ!」

「別に俺はお前がモンスターを愛でることに文句があるわけじゃないからな。それは好きにすればいいし。俺は単純に危ないから言ってんだよ!」

「そ、そうですか、すみません……。で、でもこのダンジョンはモンスターがいないんだから、わざわざ壊さなくたっていいじゃないですか!」


 クラリスは上目遣いで、俺が持っている危険物を壊さないように懇願する。

 今は背の低いクラリスに奪い返されないよう、握った手を目一杯上に伸ばしているが、こいつは常に隙をうかがっていてちょっと恐い。

 

「それに、これにはモンスターを引き寄せるために魔力がいっぱいに詰まってるので、緊急時の魔力補給にも役立つんですよ? だから持っておいて損はないですって!」

「いや、持ってるだけでモンスターに狙われるっていうデカすぎる損があるわ! よく考えてみろって。この階までにはいなかったけど、下にはうじゃうじゃいる可能性はあるんだぞ! そうなったら団長たちを探すどころじゃなくなるだろ⁉」 

「うじゃうじゃ……。だったら余計にそれが必要です! 返してください!」

「痛っ! おい、俺を登ろうとするな! あとやるならせめて靴脱げ!」


 まずい、こいつ目がマジだ。


 俺の腰に足をかけるも、すぐにずれ落ちていったクラリスは、肉食動物のように目を光らせて次の奇襲を図っている。


 これは今すぐ目的のブツを壊さなければ……。

 

「あっ、あそこに赤い鼻がキュートな魔犬の群れが!」

「えっほんとですか⁉ ならすぐに捕まえないと――」

「はっ! 引っかかったな、これで終わりだよ! 『エイン・ウィンデック』‼」


 古典的な引っかけにまって明後日の方向を向くクラリスを尻目に、俺は渾身の魔法を発動。


 これによって黒々とした忌まわしい石は、音速に迫る早さで壁へとぶつかって粉々になる……予定だったが。

 

「……あれ?」


 結局俺の右手から魔力が放出されることはなく、それどころか俺は体が動かなくなり、冷たい床へと倒れ込んでしまった。

 

「う、嘘だろ、なんで体が動かないんだ……」

「ふっふっふっ。まさかこんなところで私の魔法が役に立つとは」


 クラリスはそんな意味深なことを呟きながら俺の横へとしゃがみ込む。


 しかし、口やまぶたがかろうじて動かせるだけの俺は何の抵抗もできない。


「お前……、あの怪しげな魔法、やっぱり魔力回復なんかじゃなかったのかよ!」

「いや、あれ自体は魔力回復で間違いないんですけど、なぜか私がやると毎回受けた人の体が硬直して倒れちゃうんですよ」

「怖っ! ていうか、なんでそんなもん俺にかけたんだよ⁉」

「いやー、今の成長した私ならいけるかと思ったんですけどね」


(こいつ、本当にどうかしてるだろ……。俺が動けないってことはクラリスにとっても大ピンチなんだけど、分かってないのか?)


「まあとにかく、アルトさんが動けない間に、このモンスター寄せは返してもらいますね」

「おい、俺がこんな状態のときにモンスターが来たら、俺もお前も終わりなんだぞ! だからそんな石ころよりも、俺をどうにかしろって!」

「アルトさんを治してあげたい気持ちはやまやまなんですけど、私がやるとほぼ確実に悪化するので、ここは石の方を先に……。あれっ? 手が石を掴んだまま固まってて、ぜんぜんとれないんですけど!」

「ざまあみろ、バーカ! 自業自得だよ!」

「じゃあもういいです! こうなったらアルトさんごと運びます」

「えっ、そんなことお前にできるわけ……おい! どこ触ってんだよ! 絶対無理だから諦めろ! ちょっ、ほんとにそこは駄目だって!」


「――なに? そこに誰かいるの?」


 俺とクラリスが大騒ぎしていると、突然階段の方から女の人の声が聞こえてきた。


 予想外の展開に、俺たちも自然と息を潜める。


「ねえ、今絶対変なことしてるから引き返そうよ。僕そんなの見たくないって……」

「何言ってんのよ。こんなとこでいかがわしいことをやってる不届き者なんて、私たちがしょっぴいてやんないと」


 まずい。完全に勘違いされた。


 寝そべる俺にクラリスが覆い被さっているこの完全アウトな状態をどうにかして変えたいが、

 

「だ、誰か来ました⁉ あ、アルトさん? いいい一体どっ、どうすれば……」

「お前はとりあえず俺から離れろ!」


 俺は動けない上に、クラリスはパニック状態に陥っていてどうしようもない。

 そうこうしているうちに、二人分の足音はどんどん近づいてきて、ついに。


「ちょっと! あんたたちそこで何してんのよ⁉ ここは今立ち入りが禁止されて……」

「フランカ、どうしたの? ……えっ、なんでアルトがこんなところにいるの」


 聞き覚えのある名前と声が耳に入り、必死の思いで頭をそちらに向けると、


「久しぶりー。げ、元気してた……?」


 そこには学生時代からの親友二人の、今まで見たことのないような曇りに曇った表情があった。

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