道、続く
「おぉ! アルトもいるし、全員無事に帰ってきたか!」
「……あの、このたびは俺のせいで、とんだご迷惑を……」
「いやいや、固い言葉はいらんよ。こうやってまたアジトで全員の顔を合わせられてるんだ。それ以上のことなんてないだろ?」
日暮れ間近になってようやくアジトまで戻ってきた俺たち三人は、一人で留守番をしていた団長からの熱烈な出迎えを受けていた。
ここまでの道中もハインツはあの派手な格好のままだったので恥ずかしくてしょうがなかったが、とにかく無事にここまで戻ってこられて今はほっとした気持ちだ。
「それでバート様。こいつが衛兵に連れ去られたのは、こいつの父親が魔法庁の長官であることが関係していました。性格がねじ曲がった男だったのですが、そいつが自分の息子を宮廷魔術師にさせようという目論見のもと、このアジトに衛兵を派遣したようです」
すると、アジトに入ってからようやく変装を解いたハインツから真面目な報告が上がる。
「ですがその父親問題は一応解決したので、我々の世界征服という目的がバレない限りは、衛兵によるアジト突入は今後ないと思われます」
「なるほど、そうかそうか……。じゃあ万事解決ってことでお祝いでもするか!」
「えっ? あれっ?」
今確実に団長も、俺の親父が魔法庁の長官だと聞いていたのに、なんだこのリアクションの薄さは?
ハインツとクラリスも特に驚きもしなかったし、もしかして、
(俺って自意識過剰? 学生時代とか、周りに変な目で見られたくなくてシャルモーとフランカ以外には親父のことずっと隠してたんだけどなぁ)
「よし! じゃあハインツ、ご馳走の準備だ! 今日はちょうど週末だし、宴を開くぞ!」
「承知しました。ではすぐに用意を」
俺の困惑をよそに、怒濤の勢いで宴の開催が決定。
ハインツはその準備のため、すぐさま台所の方へと動き出した。
「俺は先に行きたいところがあったんだけど、どうしよっかなあ。それにハインツが作る料理ってのもちょっと怖いし……。クラリスはハインツが作った飯食べたこと――」
そんな何気ないことを訊くためにクラリスの方を向くと、最後の最後で思わず言葉が詰まってしまった。
確かにアジトまで帰る道中でも口数が少ないなとは思っていたが……。
「く、クラリス? なんで泣いてんの?」
「い、いや……。っなんでも……な、ないでぅ……」
「なんでもないことないだろ! そんなに目真っ赤にして、どうしたんだよ⁉」
俺が慌てて膝を落としてクラリスの俯く顔を覗き込んでみると、そこには涙を堪えようとしているが堪えられていない、そんな悲痛な表情があった。
これは全員無事にアジトに帰ってきた嬉し涙、というわけではなさそうだ。
そして俺のただならぬ声を聞いた団長とハインツも、心配そうに駆け寄ってきた。
「おーい、だ、大丈夫か? もしかしてパーティーするより、すぐ帰りたかったのかな」
「我もこいつが泣いてるところは初めて見たな……。お前、こいつになんかしたのか?」
「お、俺⁉ 俺は何もしてない……と思うけど――」
「ち、違うんです! アルトさんのせいとか、誰かのせいとかじゃなくて!」
すると突然、俯いたままのクラリスが声を震わせながらも必死に声を上げた。
それを聞いた俺たち三人は互いに顔を見合わせ、無言でクラリスの続きを待つ。
「だってしょうがないじゃないですか。泣きたくもなりますよ! だって、だって……」
そしてクラリスは、ぱっと顔を上げ。
「アルトさんはバファルッツをやめて、冒険者になっちゃうんですよね! 前にアルトさん、冒険者になりたいって言っていましたし……」
「……アルト、そんなこと言ってたのか?」
「えっ……? まあ確かに、クラリスに冒険者を目指したことがあるかって聞かれて、そんな風に答えたけど」
「だから冒険者にもなれるようになったアルトさんは、ダンジョンで会ったあの人たちと一緒にパーティーを組んで……。くうっ、うっ、わぁぁぁ!」
「うおっ! こ、ここは団長として何か言わなければ。でも何を言えば……」
「おい、お前もそんなに泣くなよ。……ほ、ほら、ハイちゃんもここにいるぞー」
堤防が決壊したように、一気に涙が溢れ出してきたクラリス。
団長とハインツがどうにか落ち着かせようとあたふたしているが、その効果は薄い。
(……クラリスは俺のせいじゃないって言ってたけど、どう考えてもこれは俺が悪いだろ)
だから今伝えないといけない。自分が本当にやりたいことを。
「――俺はさ、学校を卒業してからずっと、自分の夢を叶えるために動いてきたんだよ」
俺が唐突にそう切り出すと、涙を止めようとしていた二人も、涙を流していたクラリスでさえも、あっけにとられたように俺の方を見つめてきた。
そして、あまりに突拍子のない話に疑問が挟まれないうちに俺は次の言葉を繋げる。
「でも俺が一人で動いてたときは失敗ばかりだったんだよ。俺を雇ってくれるようにいろんな店を回って頼んでは断られたり、下手な変装でギルドに突撃して撃沈したり……」
「あ、アルトさん……?」
「それで、逆にうまくいった時はいつだろうって考えたら、それは『誰かに助けてもらった時』なんだよ」
パルディウスを首席で卒業したというのに、俺は一人では何もできなかった。
でも、俺は人の助けを借りた時には、何かを成し遂げることができた!
「例えば、俺がこうやってここにいられるのは間違いなくレーナ王女とサンドラさんのおかげだろ? それにどうしてその二人が動いてくれたのかっていえば、シャルモーとフランカが俺との約束以上のことをしてくれたからだし。……そして何より、一番俺の助けになってくれたのがここにいるみんなだよ」
「わ、私たちですか? ど、どうしてそんな……」
ここが一番大事なのだが、一番言っていて恥ずかしいところでもある。
それでも、このきょとんとした表情を浮かべた三人に理解させるには、絶対に外すことはできない。
「だってクラリスは、危険を冒してまで俺を王城まで助けに来てくれた。それに翌日の勝負に不安があった俺を励ましてくれたし、勝負の最中もハインツの制止を振り切ってまで力一杯応援してくれた。正直言って集中が削がれる部分はあったけど……、その応援に救われたのも事実だ」
「そ、そんな風に思ってくれてたんだ……」
「それにハインツ。お前は目立ちまくるクラリスを怒ってたくせに、俺がピンチになると誰よりも大きい声で俺を鼓舞してくれた。その気持ちはすっげー嬉しかったぞ」
「いや、だからそれは別に……」
「あとは団長! 団長は……」
「おっ、次はワタシか! さあ、アルトの本音を聞かせてくれ!」
「団長は、えっと……」
(……ど、どうしよう。団長は留守番だったせいで、一人だけ熱く語るほどの思い出がないぞ)
流れで名前を出した俺が完全に悪い。だけど団長も、そんな期待の眼差しを向けないでくれ。
「だ、団長はその……、給料を前借りさせてくれたり……とか」
「……前借り? なんかワタシだけエピソードの毛色が違うような――」
「と、とにかく! 俺が言いたいことはだな! クラリス、よく聞けよ!」
「は、はい?」
団長の追及とクラリスの戸惑いをぶった切り、俺は勢いよく立ち上がる。
そしてこの場にいる全員に向け、俺は力強く宣言した。
「俺には憧れの人がいて、その人に近づくために冒険者になりたかったけど……。俺は俺の意思で、その夢を塗り替える!」
「……えっ?」
「だから俺はバファルッツを抜けたりなんかしない。冒険者になるよりも、俺のことをこんなにも大事に思ってくれる人たちのために働いた方が、あのかっこいい理想の姿に近づけると思うから」
「アルトさん……! ほんとですか⁉」
そう言って俺を見上げるクラリスの笑顔を見ると、この選択が間違いではないと改めて確信できた。
どうせ俺一人だったらゴーレムを倒すくらいのことしかできないんだ。
だからきっと、俺をこんなにも信頼し、必要としてくれる仲間がいないと、俺の夢なんて夢のままで終わってしまう。
「当たり前だろ。それにお前を一人前の魔法使いにするって約束したから、どのみちそれまではここから離れられないし」
「ははっ! だったら一生バファルッツから抜けられないかもですね!」
「いや、お前も一人前を目指す努力はしろよ!」
クラリスもようやく軽口が叩けるくらいには元気が戻ったらしい。
そんな様子を見ていると、俺も口ではやる気のなさを叱っていても、自然と顔に笑みが浮かんでしまう。
「これで本当の意味での解決だな。よしじゃあ早速宴の準備を――」
「あっ、ちょっと待って団長! その前に俺、ギルド横の酒場まで行ってもいいかな? ほら、シャルモーとフランカにまだお礼が言えてないのと、諸々の報告がしたくて」
「それならその二人をここに連れて来ればいい。宴会は人が多い方が楽しいぞ!」
「あぁ確かに、それもいいかも。じゃあ二人を呼んでくるわ。ゴブリンの手料理って言ったら渋られるかもだけど」
「し、失敬な! 我の料理は絶品との評判なんだぞ! ……よし、お前が二度とそんな口がきけないくらいの美味い料理を作って待ってるから、さっさと行ってこい!」
そんなハインツからの挑戦状を『ほいほい』と言いながら軽く受け取り、いざギルドに向かおう……としたが、その前に。
「あっ、忘れてたけど。クラリスこれ返すわ」
「返すってこれ、モンスター寄せじゃないですか。私にまた渡しちゃっていいんですか?」
「いいよいいよ。だってそれもう、中に魔力が入ってないから」
「魔力がない? ほ、ほんとだ。ヒビが入っちゃってる……。あっ、もしかしてアルトさん⁉」
「だから親父には内緒な。勝負の最後に、魔力を拝借したのがバレちまうから」
俺はそれだけ言い残し部屋を出た。
クラリスにはあの石の恩も返さなければいけないが、とりあえず今日はパーティーを楽しむことに集中しよう。
新しい仲間と、昔からの友人と。俺の進む方向が決まった今日くらいは思いっきり!
俺は素直じゃないフランカへの誘い文句を考えながら、夜にしてはやけに明るい、満月と明星が同居する空の下を歩き出した。
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