第8話 パルティス公国の城下町
「お嬢様、おはようございます。本日は魔術師組合の本部へお出かけでよろしかったですか?」
クロエが分厚いカーテンを開けて天気を確認しながら言う。今日も快晴のようだ。比較的気候も落ち着いているようで、日本と同じくここには四季があると聞いた。
もうすぐパルティス公国では一番過ごしやすい春になるようで、だんだんと暖かい日が続いている、という事だった。
「西にあるって言っていたわね?」
私は朝食を食べながら、以前にクロエから聞いた魔術師組合の場所を確認する。
「はい。ここから馬車で10分ほどです。馬車はいつものように正門ではなく裏門に準備してございます。」
引きこもりで目立つのが嫌いだったレティシアは、ごく稀に外出することがあっても、裏からこっそり出て行っていたようだ。
クロエは外出用のドレスを並べてくれている。陛下と会う際の豪華なものではなかったが、質素とも言い難い程度のものだ。朝食が終わると、髪をととのえ、動きやすいドレスを着せてくれる。あれよあれよという間に立派な令嬢へ仕上がった。
前髪を切ってからというものの、レティシアの容姿に磨きがかかっている。クロエも「これが本来のお嬢様」と言わんばかりに腕によりをかけて仕上げるので、我ながら本当にきれいだな、と思わずにいられない。こんな姫をみすみす帝国に行かせるなんて、公王陛下はどうかしているよ、と思う。
「いや、そもそもこんなに美しい顔じゃなかったら…」
不気味な皇子に目をつけられることもなかったかもしれない、と他人事のように思う。薄幸美人とはよく言ったものだ。
「なにかおっしゃいましたか?」
「いいえ?さ、支度ができたら出発しましょう!」
レティシアとクロエは王城の裏門に行き、準備していた御者に声をかけ、馬車に乗り込んだ。馬車は想像していたよりも立派なもので、後ろに公家の紋章らしきものが入っている。中の椅子はワインレッドのふかふかのベロア生地が張ってあり、乗りご心地もよさそうだ。クロエに聞くと、この馬車はこれでも一番質素なものだと言う。王城でもレティシアしか使わなかったので、ほぼレティシア専用馬車と化していたようだ。
馬車に乗るのは初めてだが、果たしてどうだろうか。まさか本物の馬車に乗れるなんてと、少しワクワクする。イギリスの女王陛下が乗っているのをテレビで見たことがあるくらいだ。いざ出発すると、石造りの道では多少がたがたと振動が伝わってくるが、そういうものだろう。
「お嬢様…。申し訳ございません。深緑魔石が抜かれているようです…。」
体面に座っているクロエが、がっくりと肩を落としている。馬車ががたがたするので、風の魔石を使って振動を軽減させているようだ。どうやら深紅魔石に加えて、いろいろな種類があって、生活に欠かせないものになっているのだなぁ、と感心する。
「大丈夫よ!クロエ。これはこれで、アリだわ。」
落ち込んでいるクロエを尻目に、新たな不思議の発見に興奮していると、城門が開いて街が見えてきた。馬車は大通りを進み、両脇に石造りの建物の店が並ぶ。直前までフランスの学会にいたせいか、パリのシャンゼリゼ通りを彷彿とさせる街並みだ。
「あれは何?」
「あちらは大衆浴場ですが、夜しか開いておりませんよ。」
「あれは?」
「街の中心街にある時の塔です。お嬢様。」
「あのかわいい建物は?」
「あちらは、今城下で流行っているブリオッシュの店ですが…」
私はクロエが面食らっているのを意にも返さず質問攻めにしてしまう。人通りも多く、街が活気付いているのが窓から見てもわかる。
「あ!公家の馬車だ!」
「公王様かな?」
「馬鹿!公王様の馬車はもっと派手だよ。」
「エリザベス様かな?」
「エリザベス様はこんな馬車のらねぇよ。」
「おい、気をつけろよ、下手なことを言うと罰を受けるぞ。エリザベス様は恐ろしいんだ。」
「じゃぁ誰?」
街の子供たちがこの馬車を指差して騒いでいる声が聞こえた。街の子供たちが、公家の馬車を見て臆さない程度には公家は好まれているのだろうか、と感じたが、あの公王とエリザベスを見ている限り疑問ではある。
私は窓から少し身を乗り出して、さっきの子供たちを見ようとした。
「だあれ?」
「わからない!引きこもり姫じゃない?!」
「引きこもり姫が街にでてる!」
私と目が合った子供たちが、わーっと騒がしくなった。こちらに聞こえていないと思っているのだろうか。
クロエがムッとして「お嬢様、私、何か一言いってきます」の言葉と共に腰を浮かせる。
「いえ!いいの!いいのよ!」と、慌てて止めた。
レティシアが国民に顔を覚えてもらえていないくらい引きこもっているほうが悪いと思う。
クロエはまだ不満そうだったが「とってもきれいな人だったよ」の声が聞こえてくると、満足そうにうなずいて、先ほどの出来事を無かったことにしたようだ。
(魔術師組合の本部の中には、私が公女ってわかる人がいるかしら。)
さっきの街の子供たちの反応を見て、おそらくいないだろうな、と確信するが、この馬車がやっかいだ。公家の紋章が入っていると、すぐに公女とばれてしまう。御者には、本部と少し離れたところに止めてもらうように指示した。
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