第13話 ジルサンダーの定食屋

店は夜の遅い時間でも多くの人でにぎわっており、店員さんと思われる女性が、テーブルの間を忙しなく歩きまわっている。

その女性が、入口に立っている私たちに気がついて声をかけてくれた。


「2名様ね、あっちのテーブルに座ってくれる?今日のおすすめはタローのほほ肉のやわらか煮込みだよ!」

テーブルに着くと、ビールのようなものがドンっと置かれ、注文を聞いてくれる。

「おすすめのタローの煮込みをお願いします。あとパンをください。こちらの方も同じものを。」

クロエが流れるように注文すると、女の人は厨房の方へ注文を伝えに行ってしまった。

「クロエの昔馴染みはどこにいるの?厨房?顔を見せにいかなくていいの?」

私はてっきりあの店員さんがクロエの昔なじみかと思ったが、違ったようだ。


「はい。今は忙しいようですので…食後にしましょう。まずは、こちらを一杯飲みましょうか。」

そう言いながら、目の前のコップを持ち上げて、乾杯のそぶりを見せてくれる。

「そうね、じゃぁ、私とクロエの逃避行に乾杯!」

そういって、杯を交わす。

「これは?お酒?」

一口飲むと、しゅわしゅわと炭酸の触感と、アルコールのツンとした独特の匂いが鼻をぬけた。

「はい、そうです。ナールですよ、お嬢様。」

「私は飲んでも大丈夫なの?その、成人を迎えていないけど…。」

「お嬢様は成人を迎えておりませんが…昨年18歳の誕生日を迎えられませんでしたか?」

「あ、そうだった!18歳から飲めるのよね。」


この世界は成人より先にお酒を飲める年齢が先にくるようだ。しばらくお酒はお預けかと思っていたが、この世界でも飲めてうれしく思う。

注文したタローの煮込みなるメニューがやってきた。

「おいしい!」

一口食べて、濃厚で複雑な味が口いっぱいに広がる。

タローというのは弱い魔獣だそうで、魔力のない人間でも狩れるそうだ。味が近いのは牛だろうか。少し繊維的でしっかり筋肉を感じられる肉質だ。

クロエと一緒に食事を楽しんでいると、スキンヘッドで筋肉隆々の男性がこっちに向かってドカドカと歩いてくる。タンクトップ姿にエプロンを着ているせいで、裸エプロンのようになっている。

「クロエか?クロエじゃないか?」

スキンヘッドの男は、目を丸くしてクロエに話しかけた。

「ジルサンダーさん、お久しぶりです!」

「やっぱりクロエか!久しぶりだな!」

このジルサンダーと呼ばれた男がクロエの昔馴染みだろう。

「今何してるんだ?この街へは何しに来たんだ?」


ジルサンダーは思わぬ人と再開して、少し興奮しているようだ。矢継ぎ早に質問が飛んでくる。


「今は首都の王城で侍女をしているんです。この街へは友人をイエールへご案内しようと思っての道中で立ち寄っただけです。」

「お、そうだった。お連れさんがいるんだな。俺はジルサンダー。よろしく。今は定食屋をしているが、昔はクロエと同じ傭兵団にいたんだ。」

ジルサンダーはそう言いながら、手を差し出してくる。

「ええ、よろしくお願いします。私はレティシアです。」

「いい名前だ。それに、べっぴんさんだな!クロエにこんな友人がいたなんて、驚きだ!」

軽く握手をかわし、ジルサンダーが白い歯を見せてニカっと笑う。


クロエが傭兵団にいただなんて初耳だ。私はクロエが自分の侍女になった経緯を覚えていない。物心ついた頃からそばにいてくれている気がする。

「クロエは傭兵だったの?」

私はクロエの秘密が思わぬ形で聞けて、うれしくなって質問してしまう。

「なんだ、お嬢ちゃん知らないのか?クロエは傭兵団の中でも一二を争う暴れん坊だぜ?俺でもイチコロだ!」

くっくっく、と笑いながらクロエの肩をバシバシとたたく。

「ジルサンダーさん、友人に誤解を与えないでください!わたしはただの炊事係でした!」

クロエが肩を揺らされたまま、スタッカートぎみに吐き出す。

「いいや、嘘つくな!クロエはなぁ、小さい頃に両親をなくして、団長が世話してやってたというか、クロエが傭兵団にくっついて炊事をこなしてもらってたんだがな。なんせごつい男ばっかり20人ほどの傭兵団だ!食事一回つくるだけでもひと仕事ってんで、いつのまにかクロエが団一番の怪力になっちまったのさ!」

「腕相撲の話ですよ。お嬢様。」


クロエは目をつむってあきらめたように天を仰いでいた。

「ところで、イエールには何のようなんだ?急ぎなのか?」

ジルサンダーは、話題を変えて聞いてくる。

「イエールにある魔術師の支部に行く予定です。」

「あぁ!カナリアに行くのか!お嬢ちゃん魔術師なのか?」

「カナリア?」

魔術師とはかけ離れたと突飛な単語が飛び出してきて、思わず聞き返してしまった。

クロエはカナリアの説明をしてくれる。

「イエールの元魔術師組合本部の外観は、とても派手な黄色なんですよ。そのため、あの鮮やかな黄色い鳥からとって、通称カナリアと呼ばれています。」

「いいところだよな。黄色すぎてよそ者からは観光名所扱いだ。本部が首都に移ってから変な魔術師が住んでるって噂だが、何しに行くんだ?」

「たいした用ではないんです。でも実は相談があって…。あ、ジルサンダーさん、そろそろ注文が滞っているのではないですか?」


ちらちらとこちらを見てくる先ほどの店員さんに気がついて、クロエはジルサンダーに戻るように促す。

「おっと、そうだな。急ぎでないならゆっくりしていけ、と言いたかっただけだ。店が終わったらまたきてくれ!じゃあ、夕飯を楽しんでな。」

そう言うと、体躯に似合わず颯爽と厨房へ帰っていった。


「ふふふ、クロエは腕相撲、強いの?」

クロエが慌てふためく様子が面白くて、さっきの話題を蒸し返してしまう。

「いえ…ちょっとジルサンダーさんは盛っているんですよ!まぁ、あの一応、団長を倒したり、10人抜きをしたりはしましたけど…。」クロエはごにょごにょと恥ずかしそうに言う。それに、と続けてクロエは遠くを見つめて話し出す。

「今では加減ができるようになったのですが、王城で働き始めたころはあまりコントロールできずに、食器をわったり、調度品を壊したりと周囲に迷惑をかけてしまって、どんどん孤立していってしまい…。もう辞めようかと思った時に、幼いお嬢様がご自身付きの侍女にしてくださったのです。お嬢様はもしかしたら覚えておられないかもしれませんね。」

「その話、詳しく聞きたいな。」

「秘密です。」

クロエは唇に人差し指を立てて、ふふふ、と笑った。


それから私たちは食事を楽しんだ。タローの肉とナールはとても美味しかった。

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