第12話 イエールへの旅立ち
「イエールまでどのくらいかかるの?」
「馬車で3日程度です、お嬢様。途中で街を2つほど通りますので、そこで宿をとりましょう。」
「明日か明後日には出発できるかしら?」
「こちらの準備はいたしますが、陛下が離宮の準備を執事長へ指示していたのではないでしょうか?グンデバルへ行くふりをして途中で逃げ出す算段にするので、執事長へ離宮の間に合っているか確認しなくては。」
「そうね。グンデバルへ向かうふりをして自然とイエールに行くことはできるかしら。」
「グンデバルとイエールは、王城から見た時にどちらも北にあります。グンデバルに行くにしても、イエールに行くにしても、オビという街を通る経路になるので、オビまで行ったあと、馬車を乗り換えてイエールへ向かいましょう。」
「いいわね。馬車のあてはあるのかしら?」
「少し昔なじみがオビで食堂を開いているので、訪ねてみましょう。」
「わかった。」
クロエの力を借りながら、私は数日かけて着実に計画を練っていった。持ち物は最小限にし、服は質素な軽装を準備した。
公王陛下への旅の挨拶や、馬車の手配、すべての準備が整うと、私とクロエは計画の最終段階に入った。
さぁ、出発だ。
「お嬢様。以前も申しましたが、イエールに着くまでに2回ほど街に泊まります。公国は治安がいいですが、何があるかわからないので、私と同室をお許しください。」
「わかったわ。たのしみだね。」
今度の馬車は風の属性を持つ深緑魔石がきちんとセットされているのか、振動はほぼない。とても快適な馬車の旅になりそうで、そちらもワクワクする。
王城をでて半日が過ぎただろうか、城下街はとっくに過ぎた。
街を出て、緑色に広がる畑を通り過ぎ、今は草原をゆっくりと進んでいる。
ほどなくしてちらちらと街の明かりが見えて来た。
もう陽が落ちそうな時間だ。
「お嬢様、オビの街が見えて来ました。」
「あれがそうね。どんな街なのかしら。」
「首都から一番近い街なので、多くの旅人や商人が経由地として行き交う街です。首都で扱われる品物の型落ち品や、流行が去ったものが安く手に入ったり、首都で売れるかを確認するために新物が売られていたりしますよ。宿で休んだら夜市を見てみますか?」
「それは楽しそう!」
公家の紋章が入った馬車を町外れの繋ぎ場に預けて、街の中心に位置する大きな宿に着いた。
クロエが中に入ってテキパキと宿の手配を済ませてくれる。御者はオビの街で交代するそうで、ここまで届けてくれた御者は、王都に帰っていった。
「お嬢様、部屋に参りましょう。」
手配を終えたクロエが戻ってきて、部屋まで案内してくれた。部屋に入ると、風合い豊かなレンガでできた壁にベッドが二つ並んでいる、質素な部屋だった。
私は、この部屋の狭さに少し安心し、気が緩んでしまったのか、気絶するように眠った。王城での生活はなんだかんだと緊張の連続だったのだ。
「お嬢様」
「ううーーーん。もう少し…」
「お嬢様、夕食の店が閉まってしまいます。」
「そうか…そうね…。」
眠い目をこすりながら、私はゆっくりと起き上がる。
クロエは私を1時間ほど寝かせてくれたようだ。窓を見るとすっかり暗くなっている。
中途半端に寝てしまったせいで、身体がとてもだるく、眠気が取れるのに時間がかかる。
「夕食は何をたべるの?」
私は眠気を取ろうと、伸びをしながら、クロエに尋ねる。
「昔馴染みがやっている食堂があるので、そちらでいただこうかと思ってます。」
「明日、別のの馬車を手配してくれる方かしら?」
「その通りです。食事もおいしいのですよ。」
そういって、クロエは懐かしむようにふふふと笑う。
「クロエはその人と、どんな関係なの?」
私は、クロエがどんな経緯で王城にやとわれたのかや、そもそもどうしてこんなにレティシアに尽くしてくれるのかを、一切知らないため聞いてみた。
するとクロエは、神妙な顔をして「それは秘密です。」とだけ答えた。
オビの街は夜でも活気があった、ランタンがそこかしこに灯りをともしている。
「明るいのね。」
私はそういうと、クロエがランタンの中の赤い魔石を指さして言った。
「深紅魔石が使われているランタンです。」
「魔石がふんだんに使われてるのね。この辺りの人たちはお金持ちなのかしら?」
私は、以前クロエに教えられたように、魔石は高価であるという情報から推測したが、違ったようだ。
「あれらは大きさが小さい、低質魔石です。平民がいうところのクズ魔石ですが、ランタンであれば、クズ魔石でも機能します。ところでお嬢様、目的地のイエールがどのような街かご存知ですか?」
「いいえ…?」
突然の質問に脈絡なく感じたが、確かにイエールに行くのに、イエールがどんな街か知らなかった。以前クロエから、もともと魔術師に組合の本部があった場所だ、と聞いているだけだ。
「イエールは魔石がとれる街です。特にイエールからは、青金魔石と金剛魔石がよく採れます。魔石商人たちは、一度イエールへ行って魔石を買い取ったあと、良質なものを首都で売ったり、クズ魔石をこのオビの街で売ったりしているんですよ」
「そうなのね。」
私は、そうやって築き上げられた街の歴史と役割に感動する。それをクロエが楽しそうに話してくれる時間がとても有意義な時間だなと感じた。
そうやって話しながら街を歩いているうちに、目的地の食堂へ到着した。
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