第11話 宮廷魔術師からの噂
魔術師組合の本部から帰ってくると、もう午後を過ぎていた。ゆったりと昼食を食べつつ、もらったツァーリを眺めながら組合での出来事を考える。
ツァーリは、長さが20センチくらいの、青い金属様の棒だった。ラピスラズリのような深めの青で、光沢があるからか角度によって色が違って見える。
組合からの帰り際に、ツァーリのホルダーも一緒にもらった。ゴンザレスは太ももにつけていたが、女性はどこにつけるのだろうか。腰?、と思って腰に巻いたベルトにホルダーをセッティングしたところ、意外にいい感じになった。
魔石からできている、と言っていたから魔石の加工技術があるのだろう。どうやら、石、というより金属に近い物質なんだろうと思う。
修行が必要、とゴンザレスが言っていた通り、ツァーリを紅茶につけてみたが、まだ大きな変化は起きなかったが、紅茶の縁が丸みをおび、表面張力が強くなったように感じた。
その変化を見ながら、魔術師という職業は、やっぱりとても魅力的だと感じる。職業としても去ることながら、もし万が一逃亡先で見つかった時の自衛手段としても優秀だ。どうしても魔術師になって生活基盤を整えたい。問題は師匠だ。ゴンザレスとルカのいう通り、ルカのもとで修業するのが良いと思う一方で、ちゃんと教えてくれるのか心配になってしまう。
うーんと考えていると、クロエが心配そうに話しかけてきた。
「お嬢様、魔術師組合はいかがでしたか?馬車から少し悩んでおられるようなそぶりでしたが、お力になれることはありますか?」
クロエには魔術師組合での出来事をかいつまんで話し、魔術師になろうと思っていることを告げる。
「お嬢様が魔術師に…。私、応援させていただきます!私はいつでもお嬢様の味方です。」
「クロエには申し訳ないと思ってるわ。公女に仕えてくれているのに…。でも、ここから逃げるのに協力してほしい。」
「お嬢様、何か誤解をなさっています。私は公女殿下に仕えているのではありません。お嬢様に仕えています。お嬢様にどこまでもついていきますので悪いようにとらえないでください。」
クロエは、とんでもないことをきっぱりと言ってのけた。もしかして、一緒についてきてくれる気でいたのかしらと、期待がむくむくと持ち上がる。
「あの、でも一年間、見習いとして師匠のもとで修行しなきゃいけないのよ。その間、どうしましょう?」
「私もご一緒していいか聞いてみましょう。お嬢様はどちらのお師匠様へ師事していただくのでしょうか?」
「それよ!師匠はまだ決まっていないんだけど、さっき組合本部で…」
私は、説明会での横暴な男のことをクロエに話した。
「そのルカという魔術師は、とても胡散臭いですね。特に、女性関係に問題がありそうなところが一番気になります。」
「そうよね…。でも魔術を習うには相性の良い人らしいの。」
二人でうーんとうなっていると、クロエがよい案を思いついたのか、手をぽんとたたいた。
「そうだ!お嬢様、一度そのルカという魔術師について宮廷魔術師のオズワルド様に聞くのはどうでしょうか?」
「いいわね!」
「ですが…オズワルド様へご相談すると、公王様へは筒抜けでしょう。いかがいたしましょうか?」
「これから逃げ出そうとしているのに、何か勘づられるとやっかいね。クロエ、私が呼びつけるから、あなたがそれとなく聞いてくれるかしら?」
「わかりました、お嬢様。」
そういって、クロエと私は綿密なシミュレーションを考えた。
――
「レティシア様、お呼びでしょうか?」
40代ほどに見える、壮年の魔術師がレティシアの部屋のドアの前に立っている。きっちりと魔術師組合の規定ローブを着ていて、オールバックにした黒髪と、片目にモノクルをしている風貌が、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
オズワルドはレティシアの部屋の前で扉をノックした後、待機していた。
「オズワルド様、申し訳ありません、せっかくお呼びだてさせていただいたのですが、レティシア様の体調がすぐれず…後日でもよろしいでしょうか?」
扉から出てきたのはレティシア様の侍女のクロエという者だった。
「あぁ、そうですか、構いませんよ。レティシア様は病み上がりです。ゆっくりご療養なさってくださるようお伝えください。」
「ええ、ありがとうございます。ただ…お茶を用意してしまいましたので、一杯だけでもいかがでしょうか?」
帰ろうとすると、その侍女に呼び止められた。こんなことは初めてだったが、とっさのことに断り方がわからない。
「あぁ…それでは…いただきましょう。」
仕事が詰まっているオズワルドだったが、気持ちを切り替えてせっかくなのでゆっくりとお茶をいただくことにした。
「オズワルド様、実は先日魔術師組合の本部へお邪魔させていただいたのですが…」
「何用でしたか?」
城の中での魔術関連の相談事は、まずは宮廷魔術師であるオズワルドに来るはずだ。公女付きのメイドがどうして組合に行くのだろうか。規定のルールに反したと捉えられた、と感じたクロエは、慌てて弁解する。
「いえ、母からの形見の魔石が濁っているような気がして伺ったのです。プライベートな事でしたので…。それに、にごりは勘違いでしたので、その件はもうよいのですが、そこでルカ様という魔術師様にお会いしたのです。」
「ルカですか。」
クロエから組合一の問題児と言われる魔術師の名前が出てきたので、少し驚く。
「ご存知でしょうか?」
「ええ、組合長の一番弟子と言われておりますよ。」
本人がいないところで、問題児たる所以のあれやこれやを面白がって吹聴するものではない。それくらいの品性はもっているオズワルトだったため、当たり障りのない情報を提供する。
「どういった方なのでしょうか?」
ルカの情報が欲しいのか、侍女はまだその話題を続ける予定だ。いつもの奴だろうか。これは長引きそうだなとオズワルトはあきらめてルカのことを話し出す。
「あぁ…。まったくあれは、まるでギンリョウヘンですな。」
「どうゆうことですか?」
「いえ、こちらの話です。こう言ってはなんですが…ルカのことを探る女性は多いのです。数々の女性が不幸になっておりますよ。本人は政治や権力に興味もなく、放浪としている変わり者です。最近は本部にくるのも珍しいので、これ以上関わるのはよした方が良いでしょう。」
オズワルドは、この侍女もルカに一目ぼれしたあまたの女性のうちの一人にすぎない、と思い、いつものように警告した。クロエは少しきょとんとしたが、すぐに次の質問がとんできた。
「女性が不幸になるのですか?」
「叶わない想いから暴走する方が多いのですよ。実力は確かなのが拍車をかけていて、魔獣などから助けられた女性が恋慕してしまうことが多いのですが、彼にとってはただの依頼なのですよ。」
「実力はあるのですか?」
「ええ。今のところ風の魔術に関しては組合長をのぞいて彼以上の実力者はいないでしょう。」
「そうなんですね。」
オズワルトはだんだんとこの女性が、何を聞きたいのかわからなくなってきた。いつもなら、お付き合いしている女性や、好みの茶など、非常にくだらないことを教えてくれと言われるのだ。
オズワルトは勘違いをしている、とクロエは思った。クロエはルカの顔さえ見ていない。クロエはレティシアから、ルカがそれほどの美貌だとは聞いていなかった。
「それが聞きたかったことですか?」
「あ!はい!ありがとうございます。とても素敵な方だったので…でも諦めますね。」
クロエは、あくまでルカに恋をしている女性を演じていたが、そろそろ限界だろう。最後にそういって、質問を終えた。
「それがよろしいでしょう。」
ちょうどオズワルドのお茶も無くなった。
ーーーーーーー
「なるほど、女性関係に問題があるというのは、そういうことだったのね。」
「はい。実力は問題なく、政治にも興味がない隠遁生活者だと。」
「それはいい情報ね。」
私はうーんとしばらく悩んだが、これ以上良い師匠の情報も入ってこないと直感的に思う。
なにより私も隠遁生活をするには、ちょうどよい場所ではないだろうか。
「よし!決めたわ!私、イエールで魔術師になるわ!」
「お嬢様!私はお供します!」
クロエにそう宣言すると、今まで映画のように感じていたレティシアの記憶が、すーっと身体になじんだ気がした。
イエールで1年間修業して魔術師になる。そして、城からも、婚約式からも、逃げ出してやるわ。
私はそう決意して、クロエと一緒に綿密な計画を立てることにした。
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