第14話 盗人と逃亡

食事を楽しんだ後は、夜の市場を散歩した。

市場はクロエが言った通り、いろいろな品物が売られていた。生活に欠かせない食料品から、装飾品、家具、古書、武器まで売られている。


「あれは何?」

私は、緑色の少し太い針金のような束を見つけてクロエに聞いた。

「魔術具ですよ。お嬢様はお部屋と王城しか活動範囲がなかったですから…きっと目新しいものばかりでしょう。今後目にすることが増えてくると思いますが、あれは簡易結界装置ですね。あれは水撒き装置、暖炉は王城のお部屋にもありましたね。」

クロエがいろいろ指を差しながら魔術具店にならんでいる品々を説明してくれる。


「わたしも魔術師になれば、ああいった魔術具を作れるようになるのかしら?」

「制作過程は私にはわからないのですが、魔術具をつくる専門の魔術師もいます。お嬢様も作れるようになるかもしれませんね。」

そんな他愛もない話をしながら市場を練り歩いていると、突然叫び声が聞こえた。


「きゃーー!誰かその子をつかまえてーー!」


声と同時にクロエが私を守るように前に立ちはだかった。声がした方角へ目を向けると、クロエの肩越しに10歳くらいの子供が人の間を縫うように走ってくるのが見えた。


そのすぐあとに屈強な男たち数人が追いかけている。

「まて!このガキ!!」

「何回目だ!今度こそ捕まえてやる!」


よく見たら子供は果物を両手に持って走っている。

市場で盗んだんだろうか。

捕まえるべきか、でも、子供だしな…そんなことを考えていると、子供が近くを走り去って行く。クロエはさらに背中を押しつけるようにして、私は道端に押し込まれた。

大人たちは人混みに邪魔をされて、なかなか前に進めていない。子供はあっという間にどこかへ消えてしまった。


「女の子だったね。」


走り去る時に見た少女は、一瞬少年のように見えたが、黒髪で薄めのグレーの瞳をしている、線の柔らかい子供だった。少女が消えたのを見てクロエの警戒が解けたようだ。少し離れて私の服を整えてくれる。


「ええ、皆さんの反応をみると常習犯のようですね。治安が悪い街ではないのですが…珍しいですね。」


「お嬢さん方は、よその街から来たのかい?」


私たちの会話をそばで聞いていた露店の店主が話しかけてきた。


「最近、あのガキが盗みをするようになったんだ。狙いは食料品だが、もう3回か4回目だよ。かわいそうだよな、あの辺の店主達も。」


「あの子が毎回盗むんですか?なんのために?」


「いやぁ、知らねぇよ。盗みを楽しんでやがるって噂だ。いいところまで追い詰めたこともあるんだが、ふっと消えていなくなるんだ。よくあらわれるくせに、どこに住んでるかもわからねぇ。たいしたもんだよ。」


「そうですか…。」


治安はいいのだろう。すでに街の傭兵団らしき人たちが駆けつけている。しかし、さっきの少女の姿はない。


パルティス公国は貧富の格差は激しくない。カエサルから続く良政統治が一番の理由だが、四季は様々な農作物の栽培にうってつけで食料に困らず、山もあるので、水も豊富にある。軍事大国であるランとバルト帝国や神の国サミュア王国と比べたらお金はないと思うが、公国民は皆幸せに暮らしている。犯罪率は低かったはずだ。

それに、孤児はもちろんいるが、教会が保護しているはずだ。


しばらく子供の捜索は続いたが、結局見つからなかったのか、だんだん人がはけていき、夜の街はまたいつもの活気を取り戻していった。

クロエは少し警戒を解き、私たちはそのまま宿に帰った。


「お嬢様、明日は朝早くには出発します。」

「そうだね。そろそろ寝ないとね。」

「次の街はオビほど大きくありません。宿も少ないですし、暗くなる前に到着しなければ。」

「はい!」


すぐに眠りにつくと、朝になった。


「お嬢様、起きてください。」

「ふぁあぃ」


城を出てから気が緩んでいるのか、自分が公女の自覚が全くない。クロエも諦めたのか、もはや指導してくれなくなった。葵としての素が出始めている。


城をでてからずっと軽装なので、服も自分で着替えられるようになった。基本的にはワンピースタイプの服を紐で固定する形になっている。

最後に豪奢な髪の毛をポニーテールにまとめ上げて完成だ。


「出発ね。ジルサンダーには声をかけなくて良い?」

「大丈夫ですよ。お店にメモを残してきたので、ジルサンダーならうまいこと準備をしてくださるはずです。」

食事を食べたあと、シチューのお皿のさらに、逃げる手伝いをしてほしい旨の依頼文を挟んでおいたのだ。

それが傭兵団時代の連絡手段だったようだ。


そこには金髪と黒髪の、私たちと背丈の同じくらいの少女が二人いた。

「久しぶり、クロエ。ジルサンダーに頼まれたの。あの馬車に乗ればいい?」

「ええ、お願い。御者には途中で『行き先が違う、間違えて馬車に乗ったみたい』と言って降りてくれて構わないわ。」

「わかった。イエール行きの馬車はあっちに用意してあるわ。じゃあね、クロエ!」

「ありがとう!」


ジルサンダーが準備してくれた替え玉の少女たちだ。

慣れているのか、クロエと簡単に打ち合わせした後、私たちが乗るはずだった公家の紋章が付いた馬車に乗り込んだ。


私たちは、ジルサンダーが用意してくれた別の馬車に乗り込んで、グンデバルの方角へ向かった。


しばらく馬車で向かっていたが、追っ手が来る気配はない。

「やった!やったわ!」

オビの街を無事に抜けた時、私とクロエは無事に逃げ切れたことに喜び、安堵した。


とはいえパルティス国内にはいるのだ。

まだまだ気が抜けないが、ひとまずエリザベスから命を狙われることも、侍女たちから不遇の扱いを受けることはないのだ。私は少し肩の力を抜く。


「次の街はどんな街?」

「ゼナックという小さい街です。周囲の農村を束ねている街なので、少し宿が手狭だと思いますが、食事はおいしいと評判です。」

「そう、楽しみね。」


追っ手を警戒しながら馬車で一日中進むと、夕方頃には街が見えてきた。ゼナックはクロエの言った通り農村地帯の中心にあった。宿はオビとは比べ物にならないくらい狭かったが、これでもこの街一番の宿なんだろう。出張先の格安ビジネスホテルに慣れている私だ、全然平気だった。


ゼナックでは、特に変わったことは起きなかった。というか、夜になると街は真っ暗でひっそりと鎮まりかえり、何も起きようがなかった。


ぐっすり寝て、次の日はまた早朝に出発だ。

明日こそイエールに着く。

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