第15話 カナリアの塔

私たちはイエールに着いた。


ゼナックからは馬車で半日程度で、その間はぽつぽつとまとまった農耕地があるだけで、拠点らしきものは何もなかった。


後ろを気にしながら途中で休憩をとったりしていたが、グンデバルや王城から、追手が来ることもなかった。


私たちは御者に道中の賃金を払って別れると、イエールの街の入り口であるきらきらと光る門柱をくぐって街へ入った。


街の中心へ向かって歩を進めていくうちに、人通りが多くなり、店が増えていった。出歩いていたり、露店で商売をしている人たちは女性が多い。それに、装飾品やアクセサリーのお店が圧倒的に多かった。


「お嬢様、まずは宿を探しましょう。」

さすがにイエールは初めて訪れます、と言っていたクロエは、私と同じようにきょろきょろしながら宿らしき建物を探している。

街の中心に近いところに位置していた宿を一軒見つけ、そこを今夜の宿にすることに決めた。


「お嬢様、少し街でカナリアについて聞き込みを行いましょう。私もどこにあるのか存じ上げません。」

そういいながら、まずは宿を切り盛りしている女将さんへ話を聞くことにした。


「すいません、私たち魔術師組合のイエール支部に行きたいのですが、どこにありますか?」

「お嬢ちゃんたち、カナリア行くのかい?」

受付で帳簿をつけていた女将さんは、私たちの質問に手を止めて、顔を上げた。

その顔は少し心配そうな表情だ。


「また何か問題を起こしたかい?あの引きこもり魔術師は。こんな若いお嬢ちゃんたちがこんな田舎にくるほどかね。」

女将さんはさぐるようにこちらをジロジロとみてくる。

「その引きこもり魔術師って、どんな人なんですか?」

「おや?ルカに会いにきた訳じゃないのかい?もう一人の方?」

女将さんは自分の心配が外れたのか、少し表情が明るくなった。女将さんが「引きこもり魔術師」と称したのはやはりルカだったようだ。

レティシアと言い、ルカと言い、この国では麗人は引きこもるのが流行っているのだろうか。


「いえ、そのルカに会いにきたんですが、カナリアの場所がわからなくて…。しばらくの間、ルカにお世話になる事になりました。」

そう言った瞬間、女将さんの顔がぱあっと明るくなった。

「お嬢ちゃん、あの引きこもり魔術師に嫁ぎにきたのかい?!これは大事件だね!皆に声をかけてくるよ!」

女将さんは盛大に勘違いをし、私とクロエが訂正する間もなく宿の外に飛び出していった。

戻ってきた時には様々な年齢層の、10人くらいの女性が宿屋の前に集まり、レティシアを一目見ようとなだれ込んできた。


「お嬢さん、べっぴんさんだね!ルカを落とすなんて大したもんだ!」

「王都からひっきりなしに若い女性が訪ねてきてた時期もあったんだけどね。どのお嬢さんもルカに相手にされてなくてね…。そうかい、とうとうかい。」

「一番酷かったのは、あれね。三日三晩カナリアの前に座り込んでいたお嬢さんよね。雨の日でキレイなドレスがぐちゃぐちゃになっちゃって…。」

「でも、あれでルカちゃんの引きこもりが加速したわよね〜。」

「毒を盛られそうになった時からじゃない?」


女性たちはレティシアを見ながら口々に好き勝手なことを言い始めた。

女性たちのおかげで、ルカがなぜカナリアで隠遁生活を送っているのかわかるような気がしてきた。

私が圧倒されていると、女将さんが手をたたいて号令をかける。


「さぁ、みんなでカナリアへ案内してやろう!」


カナリアは街の外にあるようだ。

街をでて小高い丘を登って行く。道中は、綺麗な草原が広がっていて、のどかの一言につきる景色だった。


カナリアに向かいながら、クロエが一生懸命嫁ぐ誤解を解いたが、「あのルカが女の弟子をとる」となってもやはり興味があるようで、だからといって帰る人は一人もいなかった。お店は大丈夫なんだろうか、と心配になってしまう。


「お嬢ちゃん達、イエールは初めてかい?」

街の中心から北の外れのカナリアまではすぐに行ける距離ではないため、女将さんたちとは歩きながらいろいろな話をした。


「そうなんです。ここはどんな街ですか?」

「鉱山の街さ。男たちは皆、鉱山で魔石をほっとる。」

「だから装飾品の露店が多いんですね。」

「そうね。ただ、あれはクズ魔石や、魔力を帯びていないただの鉱石。いいものはぜ~んぶ首都や周辺諸国の輸出用さ。クズ魔石でも装飾品にしたら高値で売れるんだけど。」

「奥さんや恋人へのプレゼントに、イエール産の装飾品をあげると成就するとかって言われていて。」

「だから、愛の街とも呼ばれているのよ〜!」

「そうじゃそうじゃ。この街にルカがおるのは皮肉じゃな〜。」


はっはっは、と他愛もない話をしていると、丘の上に噂通りの黄色い塔が見えてきた。


「想像以上に黄色いわ。」

「私もそう思いました、お嬢様。」


二人して鮮明な黄色い塔に呆然としていると、女将さんたちは気にせずに重そうな木の扉をドンドンドンと叩き始めた。

「ルカー!お弟子さんが来たぞ。」


「はいはーい。おや?女将さん達、大勢でどうしたの?」

扉から出てきたのはルカではなかった。ほどよく筋肉が付いたマッチョな男で、なぜか手にはフライパンを持っていた。レティシアよりくすんだ金髪をしているが、長い前髪を垂らしているので目は隠れて見えない。そのせいで表情が読めにくいが、大ぶりな口元がニコニコしているので、爽やかさがはっきり伝わってくる。元来の人たらしのような害のなさだ。


「ジャンマルコ、いつもすまんね。ルカはいるかい?こちらの子たちが用事があるんだと。」

「あぁ、もしかして弟子になるって子かな?どこにいるの?」

ジャンマルコと呼ばれた男は、きょろきょろと私たちの中に誰かを探しているそぶりを見せた。

「こっちの子だよ。」

「え!?女性!?」

女将さんが私を紹介すると、ジャンマルコは口をあんぐり開けて、持っていたフライパンを落とした。

「そうだよ。こっちの子は侍女さんだと。」

「え!?女性が二人!?」

もう落とすものがないジャンマルコは口をあんぐり開けながら、落としたフライパンを探して拾った。

「驚くわよね~。私たち、とうとうルカちゃんにお嫁さんが来たかと思ったのよ~~」

女性たちの一人が、ゆっくりと話す。

「あぁ、だからこんなに大勢なのか。ごめん、弟子が一人来ることは聞いていたんだが、てっきり男かと…。まさかルカがこんなきれいな女性を弟子にすると思わなくて…。」

ジャンマルコは、汚れたフライパンを服で拭きながら謝ってくれるが、まだ動揺が隠せていない。


「とりあえず、中に案内しよう。女将さんたちはどうする?」

「もちろん入るさ。」

慣れているのか、ずかずかと入っていく女将さんたちに苦笑しながら、ジャンマルコは塔の中へ案内してくれた。


カナリアは王都の組合本部と同じような造りをしていた。

もちろん王都の方が比べ物にならないくらい大きいが、どちらかというと、本部はカナリアをもとにして造ったのだろう。

石造りの階段をあがると、応接室のような部屋に通された。中央に対面式のソファとテーブルが1セットおかれており、部屋の隅には丸い猫足のテーブルと数脚の椅子が備え付けられている。


「ここで待っててくれ。ルカを呼んでくる」


そういってジャンマルコは部屋を出て行った。

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