第16話 初めての魔術

応接室の扉がゆっくりと開き、ルカが部屋に入ってきた。魔術師既定のローブは来ていないので、軽装だ。

「なんでこんなに大勢いるんだ。」

入ってくるなり部屋に何人もの女性がいるのを見て、ルカは眉をしかめた。


「私たちのことは気にしないで。」

「ジャンマルコのお茶を楽しみに来たんだよ。」

「そうさ。お前さんに用はない。」

女性たちが口々に痛烈な言葉を投げかける。ルカはあきらめてはぁとため息をついた。

そして、応接室の中央のソファに座っている私とクロエを見て、その対面に座った。


「二人いるとは聞いていないが。」

ルカはクロエをちらっとみて、私にそういった。


「信頼できる唯一の侍女です。一緒に住みたいわ。」

「断る。これ以上この塔に女が増えるのは我慢ならない。」

「そんな!私はお嬢様に一生お仕えすると心に決めているんです。」

クロエが悲痛な声を上げる。

「ダメだ。帰ってもらう。」

このまま城にクロエを帰してしまうと、私の逃亡を手伝った者として捕らえられてしまうに決まっている。そんなことは避けたい。


「では、弟子にならないわ!」

女性が一人で修業に来るのに、侍女の滞在も認めてくれないなんて、やっぱり横暴だ。

私が弟子にならない宣言をすると、ルカは苦い顔をしたあと、はぁとため息をついた。

「わかった。勝手にしろ。騒がしくしたら叩き出すぞ。」

ルカは腕を組みながら、しぶしぶながらも了承してくれた。

こんな感じでずっとルカと衝突しなければならないように感じて、これからの修業生活に不安を覚える。


本当に魔術師になれるのかと考えていると、ポットとコップが乗った可愛らしいワゴンを押したジャンマルコが入ってきた。部屋の険悪な雰囲気を察して、ジャンマルコは少し固まった。

「何か悪いタイミングだったか?みんな、お茶を飲むかい?」

「いただくよ。ジャンマルコのいれてくれるお茶はうまいんだ」

そういって、少し離れたテーブルに座って話を聞いていた女将さんたちが、険悪な雰囲気を壊してくれる。


お茶を飲みながら、私は弟子を迷える最後のタイミングだと思って、いろいろと質問をする。

「修業はどんな風に行うの?」

「魔術を基本的な方法を学んで、依頼をこなしていったあと、試験をうける。ちなみに俺は俺のやり方でしか教えられない。もっとこうしてくれ、だの、わかりやすく教えてくれ、といったことは聞けないからな。」

「え?じゃあ私が魔術師になれなかったらどうするの?」

「俺は弟子をとれと言われただけで、弟子を魔術師にしろとは命令されていない。」

「詐欺だわ!!」

「わかっていて来たのかと思ったが。」

「今からでも遅くないわ、やっぱり弟子を辞退させていただきます。私はそんな「背中を見て覚えろ」みたいな時代錯誤でバカみたいな教えをする人についていく気になれません。」


そう言い放って、私は部屋を出ていこうとする。

すると、ジャンマルコが立ち上がって止めた。


「待ってくれ待ってくれ。ルカ、お前の気持ちはわからんでもないが、そんな言い方はよくない。」

「そうだよ、ルカ。もっと優しく言っておやり。」

ジャンマルコと女将さんたちが口々にルカを非難する。

「レティシアちゃんも冷静になってくれ。何もルカの教え方はそんな教え方じゃないんだ。ちょっと難があるかもしれないが、一度教えてもらってくれてから判断してくれ。君ならもしかしたら、大丈夫じゃないかと思う。」

すがるようなジャンマルコや女将さんたちの顔を見て、私は少し思いとどまった。城からも遠いし、少し接しただけでも街の人が温かいのがわかる。ルカ以外の環境は最高だ。

「わかったわ。そうね、じゃあ、私に簡単に初回授業をしてもらえる?」

ジャンマルコの言うことももっともだと思ったので、私は了承する。

ルカも渋々うなずき、目の前のカップを左手に取った。


「属性は水だったか?」

ルカはコップを見つめながら聞いてくる。

「ええ、そうよ。」

私は先ほどから、女嫌いをこじらせて、女性をひとくくりにしか見ていないルカにイライラしながらぶっきらぼうに答える。


「魔力を扱うのは、想像力とセンスだ。センスがない奴は何してもうまくいかない。」

そう言って、ルカは右手でツァーリを取り出した。ツァーリの先端でカップを指すと、カップの周りに渦巻きのように空気が流れ、カップが浮き上がる。


「俺の属性は風だ。今の通説としては、魔力は四大エレメントで構成されていて、それぞれ別物だと考えられている。つまり火属性の魔力、水属性の魔力、と言った感じだ。魔術師が別属性のツァーリを使っても魔術が発動しないことから、そう言われているが…。」

ルカは新・魔術大全の冒頭部分をなぞるように説明する。


「俺自身も四種類の力だと考えている。ただ、その実態としては、小さな粒子だと思っている。それが、俺自身の身体を飛び回っていて、ツァーリを介して指向的に放出されるイメージだ。その小さな粒が、属性によって違うイメージなんだが…。そうでないと、人間と魔力が結びつかない。」

ルカはそう言って今度はカップを上下に揺らし始めた。


「そして、風の場合、一般的にはツァーリから放出された魔力から、風の流れをイメージすると操れる、と言われているが、俺は少し違う。流れというより、高さだ。高い位置と低い位置を決めてやるとそこに流れができるんだ。ただ、その高さは上下という意味じゃない。」

そう言ってツァーリを振ったらカップがソーサーに戻った。


「ごめんよ、レティシアちゃん。やっぱりこいつは何言っているか、わからないね。この調子で数々の弟子候補がいなくなっていくんだ…。」

ジャンマルコが申し訳なさそうに頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまった。


ただ、私にはそこまで理解不能なことではなかった。


(ルカの言っていることは、案外的を得ているかも。)


私は古代ギリシャのアリストテレスの四元素説とデモクリトスの原子論を思い出していた。アリストテレスは、地上のすべての物体は、火・空気・土・水の四元素が最小単位だとしたが、デモクリトスは真空の中を飛び回る原子が最初単位だとした。今では主流となっている、素粒子論の起源だ。


私は、この世界では、アリストテレスの思想もデモクリトスの思想も間違っていない、と思う。


それに、私が学生の時に飛び込んだ世界はミクロの世界だ。なぜ人は手を動かせるのか?なぜ人は記憶できるか?そんなことを思いながら、飛び込んだ世界。暗い部屋で蛍光顕微鏡を見ながら、ミクロの世界に浸っていたことを思い出す。生体内に自分の意識を没入させることは得意だ。


私は今のルカの説明で、なんとなくイメージできた事がある。「対流」だ。熱い空気は上に、冷たい空気は下にいく環境を魔力によるエネルギーで無理矢理作り出しているのではないか?おそらくルカは無意識に熱の勾配を作っているのではないだろうか。もちろん水にも対流があるが、空気と違って、もともとの性状として空中に浮かんでいない。


「水の場合も高低差を思い浮かべればいいのかしら?」

「いや、水の場合は、中心に固めるイメージだそうだ。」


私はそうだろうな、と考えながら「やってみるわ」と、ツァーリを紅茶の中に入れた。


私は散らばる思考をまとめて、えいや!と仮説を立てる。


―新しい四種の素粒子―


そして、その四種の素粒子を特異的に含有する、イオン化傾向の高い新たな金属原子の存在。それが、魔力の正体だ、と仮説を立てた。


私は、生体内でイオン化したその金属原子を思い浮かべて、その原子がツァーリに向かって集まるイメージをする。ボールプールのボールを出口に向かって押し込むイメージだ。


ゆっくりとイメージをしていくと、紅茶がゆっくりと表面張力を起こし、中心が迫り上がってくる。そして、スライムのように変形しながら、ゆっくりとツァーリの周りに紅茶が集まってきた。そこまでしか集中力が持たずに、結局紅茶はコップへパシャとこぼれてしまった。


「案外難しいわね。」


そういって顔を上げると、ルカとジャンマルコの驚いた顔があった。


「すごいよ、レティシアちゃん!魔術を教えてもらうのは初めてなんだろう?こんなちんぷんかんぷんなルカの説明を実践してみようとしたことすらすごいのに、魔力を制御できてしまうなんて!お願いだ!弟子になってくれ!」

「ふ。まぁ、才能はありそうだ。」

ジャンマルコは踊りだし、ルカは腕を組みながらそっぽを向く。


「ルカ!めちゃくちゃうれしいくせに、もっと喜べ。」

「う・れ・し・く・は・ない。」

ジャンマルコに背中を叩かれながら、ルカがぶっきらぼうに答える。


「よかったわ~これで一件落着かしら~?」

「よし!じゃあ歓迎会をしよう。」

「一度お店に帰って準備しましょうか。」


クロエは「お嬢様、素晴らしいです!」と言って喜んでいるし、様子を見守っていた女将さんや街の人が、なし崩し的に私の弟子入りを決めている。


私は、これからお世話になる、にぎやかな人たちの反応を見て、まぁいっかと笑ってしまった。


その日、鉱山に行っていた女将さんたちの旦那さんや、街の人たちがカナリアに集まり、夜まで宴会が開かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る