第17話 レティシアが消えた後
「ごめんなさい、御者さん。行き先が違うみたいだけど…。」
馬車にはフード付きのマントを羽織った少女二人が乗っている。二人はオビからグンデバルに向かうという。
「いえ、こちらで合ってございます。レティシア様」
「あらそう?じゃあ、私たちはここらでドロンするわね。」
そういうと、少女二人は走っている馬車から軽やかに出てきた。
「ちょ、ちょっと?」
御者は慌てて馬を止めて、御者台から降りる。
乗っているのは、第一公女のはずだ。公女が走っている馬車から降りるなど、普通はありえない。御者は少し警戒心をあらわにする。
「どうされました?レティシア様、クロエ様。」
「あなた、本物のレティシアとクロエを知っている?」
そういうと、金髪の方の少女は被っていたマントのフードをばっと剥ぎ取って、顔を見せる。
「は?つまり、お前たちは偽物、ということか?」
「そうよ、残念だったわね。あなたがグンデバルではなくて、別の場所に行こうとしていた目的は何かわからないけど…その目的はおそらく達成できないわ。」
「くっ。引きこもりのせいで顔を知らなかったのが、仇に出た。お前たちは本物の居場所を知っているのか?」
「いえ?知らないわ。」
金髪の少女はすっとぼける。
「ふはっ。御託はいい。知らぬわけないだろう。こうなった以上、俺も手土産が必要なもんでね。お嬢さん達にはまた馬車に乗ってもらうぜ。」
そう言って御者は、御者台に隠してあった剣を取り出し、構えた。
「あら。あなたの主人が誰か知らないけど、私たちもただでやられるほどじゃないのよ。ねぇ?ニセクロエ?」
「いいから、さっさとやるわよ。」
ニセクロエと呼ばれた黒髪の少女は、金髪の少女の軽口を軽く受け流し、同じようにフードをはぐと、腰にゆわえていた剣をぬいた。
―――――――――――
「レティシアがグンデバルに到着していないだと?」
公王は朝の会議前、部屋に来た執事長から状況を聞いた。
「出発したのは3日前です。どこかで迷っているのか、事故にあっているのか…。」
執事長はわかっていることを淡々と告げるが、見つかっていない、という事実はなかなか言い出せず、しどろもどろだ。
「何をしている、探すしかないだろう。」
「は、わかりました。」
公王は短くそれだけ告げると、その日の会議の部屋の扉を開けた。
公王は会議で退屈な貴族たちの言い合いを聞きながら、行方をくらませたレティシアの事を考える。
レティシアは、帝国との大事なカードだ。
レティシアは非常に美しい顔だちをしているにも関わらず、自信がなく、頭も悪かった。そんな娘が、10年ほど前の会談に、たまたま来ていた帝国の第二皇子に気に入られたのだ。国内か外国か、これからのパルティス公国を強固にするために、どこと姻戚関係を結ばせようかと思案していたが、願ってもない申し出だった。
ランドバルト帝国へは、昔、歳の離れた従姉妹の姫が嫁いでいったが、彼女は公国へ利益をもたらすこともできず、いつからか連絡も途絶えてしまった。今では何をしているかもわからない。
公国は今でこそ、周辺国と友好関係を維持しながら、魔石の貿易を主軸にして富を得ているが、今後はわからない。そして、公国は大きな時限爆弾を抱えている。レティシアはその時限爆弾を少し遅らせる程度には、役割を果たしてもらわなければならない。
ただでさえ、最近は帝国だけではなく、サミュア王国も注視しなければならなくなっている。
数日後、宮廷魔術師のオズワルトが執事長と共に謁見を申し出てきた。
「陛下、レティシア様のことでよろしいでしょうか。」
「何かわかったのか。」
「ええ、実は先日、私はレティシア様から呼び出しを受けていました。」
「オズワルトがか?」
レティシアが宮廷魔術師に用事があるとは思えなかった。過去、私付きの官僚を呼び出したことなどなかったはずだ。政治の勉強もろくにせず、引きこもっていた公女が、いったい何用だというのだ。
「はい、私も不思議に思いました。結局、レティシア様本人には体調がすぐれない、とのことで出会えませんでしたが、レティシア様の侍女と会話をしました。どうやら、レティシア様は、組合所属のある魔術師のことを探っているようでした。」
「なぜレティシアはその魔術師のことを調べようと思った?」
「私もその時は不思議に思いましたが、組合に問い合わせたところ、どうやらレティシア様のような女性が、魔術師組合を訪問したようです。」
「レティシアは魔術師組合に行って何をするつもりだったのだ。」
「魔術師になろうとしておられました。」
「なに?魔力が覚醒していたのか?」
「どうやらそのようです。今はその魔術師のもと、イエールで修業をしていると。」
「イエールか。」
「それと、お耳に入れておきたいことが…。」
「なんだ?」
「その魔術師ですが、実力は確かなのですが、少々性格に問題がありまして…。」
オズワルドは、ルカが政治的な圧力に対してまったく動かないことや、女性を嫌悪していることを公王へ伝える。
それを聞いた公王は、しばらく考えた。
「レティシアはイエールで放っておけ。」
「いいのですか。」
「どうせ離宮に行かせる予定だったんだ、イエールにいても同じだろう。エリザベスには漏らすな。婚約式までにまたレティシアにちょっかいをかけられたら面倒くさい。」
「承知しました。組合には、公女様がいらっしゃることをどのように伝えましょう。」
「組合長まででとどめておけ。婚約式まで死なせないようにするのが組合の仕事だ。」
「わかりました。」
オズワルトは、そういって部屋を後にした。
皇子が気に入っているのは、レティシアの美しい容姿だ。だから、レティシアが傷つくことは許されない。逆に、そうでなければどこにいてもいいということだ。先日、レティシアが食事中に倒れた際は少し肝が冷えたが、異常もなく復活して安心した。もしレティシアがそのまま死んでしまえば、また別の手を考えるまでだが、手持ちのカードは大事に持っておきたい。
婚約式まで見習い魔術師であれば、危険も少ないだろう。
婚約式までに連れ戻せればいい。
ーー
「お姉様がいなくなったですって?」
エリザベスはテラスで午後のお茶をたしなんでいたが、侍女頭のフランソワからそれを聞いたとたん、ガシャンと音をたててカップをソーサーに置いた。音にびくっとしたフランソワを見て、エリザベスは少し冷静になる。
「おかしいわね。オビの街を出た後、御者は森でお姉様を始末するはずではなかったこと?」
「はい。確かにそのはずでしたが、道を外れて森に向かい、始末しようとしたところ、偽物だったとのことです。」
フランソワは、申し訳なさそうにエリザベスに報告する。
「その御者は、偽物から本物のお姉さまの行方を聞き出せなかったの?」
「どうやらその女性二人が相当の手練れのようで、偽物とわかったとたんにやられてしまった、とのことでした。」
「使えないわね。そいつはもういいわ。」
「はっ。」
フランソワがそういって深々とお辞儀をした後、テラスから室内に戻ろうとしたので、エリザベスは念を押した。
「わかっているわね、探すのよ?」
「はっ。承知しております。」
エリザベスは、ここ数日の姉の変わりように、何かがおかしいと思いながら、計画を練り直さないといけないかしら、と考える。
警戒心はありながらも、反撃したり逃げたりすることを考える姉ではなかったはずだ。決められた運命を嫌だと思いながら、行動に移すこともできない、かわいそうなお姉さま。だから王城から遠く離れた森の中で確実に始末しようとしたのだ。逃げたり反撃したりすることを、お姉さまが学習したのであれば、もう少し綿密に計画を立てる必要があるかもしれない。
(お父様にもきっと情報が入っているでしょうね。お父様はどうなさるのかしら)
まぁ、関係ないけれどね、と思いながら、エリザベスはレティシアの行方の報を待つことにした。
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