第二章:出会い

第18話 ルフィナおばあちゃんの畑

「いや、俺がやるよクロエちゃん」

「いえ、私にやらせてください。」

レティシアちゃんとクロエちゃんのカナリアでの生活初日、俺とクロエちゃんは朝から喧嘩をしていた。

俺は、朝食の準備は今まで自分でやってきたから私たちの分もついでにやると言い、クロエちゃんは、居候の身なので自分に俺たちのぶんもやらせてくれと主張したいるのだ。


「まぁまぁ。みんなで一緒にやろうよ。食器棚はここ?」

「そんな!お嬢様は座っていてください!」

二人のやりとりをみて、自分の食器は自分で準備しようとしたレティシアちゃんだったが、クロエちゃんにピシャリと止められていた。


「ルカは?」

「そろそろ降りてくるさ。昨日は珍しくカナリアに街の人が雪崩れ込んだから、疲れたんだろう。」

レティシアちゃんとクロエちゃんの歓迎会と称して、カナリアの一階部分の大半を占める食堂には、多くの人が集まった。街の女性陣から辛辣な対応をされていたルカだったが、男性陣からも同様の扱いを受けており、歓迎会では主役である二人よりももみくちゃにされていた。


結局、クロエちゃんを説得し、キッチンの勝手がわかっている俺が朝食を作ることになった。


俺がエプロンをつけて準備しようとした時、カナリアの扉をドンドンと叩く音が聞こえた。

それと同時に、「ジャンマルコ、ルカはおるかなぁ?」という声が聞こえてくる。


「どしたのルフィナおばあちゃん?」

訪問者の正体は、街一番の年配者であるルフィナおばあちゃんだった。もう歳だから、と言って昨日の歓迎会には参加しなかったが、隣人にお祝いと称して果物や飲み物を託してくれた。街のみんなに好かれている優しいおばあちゃんだ。


「歓迎会の後ですまんねぇ。今年もアマルの収穫を手伝って欲しくてなぁ。」

「もうそんな時期か!たぶん大丈夫だ、聞いてくるよ。中で待っててくれ。」

毎年この時期になると、ルフィナおばあちゃんの畑で取れるアマルの収穫があるのだ。


アマルは酸っぱくてあまり食べられたもんじゃないが、ルフィナおばあちゃんは毎年作っている。なんでも、亡くなった旦那さんが好きだった果物だそうだ。


ルフィナおばあちゃんだけでは収穫が大変なので、毎年俺とルカが手伝っている。街の住民もたまに手伝ってくれるが、皆手持ちの仕事があるため、比較的暇な俺たちが駆り出される事が多いのだ。


「ルカ、ルフィナおばあちゃんが畑の収穫を手伝ってくれってさ。」

俺はまだ起きてきていなかったルカの部屋を勝手に開け、要件を伝えた。ルカはベッドの端に崩れるように寝ていた。昨日の歓迎会で、鉱山の男達にナールを飲まされて、そのままぶっ倒れたんだろう。ルカは少しお酒に弱い。


ルカを叩き起こして、着替えるルカにもう一度同じことを言うと、「もうそんな季節か」と返ってきた。

最初こそ、めんどくさいと嫌がっていたルカだったが、近頃は何も言わずとも参加するようになってきた。ぶつくさ言いつつも、ルカはカナリアでの生活を気に入っているのだ。


俺たちが食堂に行くと、クロエちゃんがルフィナおばあちゃんにお茶を出してくれていた。

ルフィナおばあちゃんが事情を説明したようで、二人は「私たちも是非とも手伝いたい」と、にこやかに返事をしていた。

ちょうど二人を誘おうと思っていたので、手間が省けた。


――


「おい、なんだ。この有様は?」

ルフィナおばあちゃんの畑に到着した俺たちは、畑の惨状をみて驚いた。畑は街一番の広さだが、その一部が荒らされている。


「うーん。わからんのだねぇ…。朝起きたらよくこうなっているんだよ…。」

そう言っておばあちゃんは、悲しそうに畑を眺めている。


「おばあちゃん、もっと早く相談してくれよ。」

俺はおばあちゃんにそう言って、ルカの方へ向く。


「どう思う?荒らし方が魔獣に見えるが…簡易結界装置をはるか?」

ルカは顎に手を当てて、少し考え込んでいる。アマルは木に2センチほどの小ぶりの実がなり、熟すと落ちてくる。落ちた実を食べようと魔獣がやってきて、食べてるうちに土を掘り起こしたり、木を傷つけたりしてしまうのだろう。


「簡易結界装置か…あれは定期的に見に来なきゃいけないし、畑に置くには壊れやすい。」

ルカは冷たく言い放って、俺の提案を却下する。


「他に方法はないか?」

「ないな。魔獣退治が関の山だ。それも確実じゃない。エサがある限りやってくる。」

ルカはそう言って、ツァーリを一振りし、木の枝にそって風を走らせると、当初の目的だった収穫を手伝おうとする。


「そうさね。ワタシは大丈夫だよ。じいさんが大切にしてた畑だったけど、ワタシじゃ広すぎて手に余ってたんだよ。ちょうどよかったよ。さぁ、手伝っておくれ。」

そう言ってルフィナおばあちゃんは、初心者のレティシアちゃんとクロエちゃんに、収穫の仕方を教えていた。


「本当になんとかできないのかしら?もしできなくても、あんなに冷たい言い方をすることはなかったんじゃない?」

カナリアに戻ってくると、レティシアちゃんがルカに食ってかかっていた。ルカに対してあんなにツンケンと意見を言える若い女性も珍しいものだ。


「本当のことだろう。」

ルカが相変わらず冷たく言い放っていた。ルカに対して人の感情の機微を求めても仕方ないのだ。俺はとっくに諦めているが、ルフィナおばあちゃんに1日お世話になったレティシアちゃんはそうじゃなかったようだ。


「せめて、効果が薄くても魔獣退治くらいしてあげたいわ。」

「レティシアがしたらいい。」

「私でもできるの?まだ何も習ってないけど。」

「やってみなきゃわからないだろ。それに、昨日の様子だと、あとは集中力と慣れの問題だ。」

レティシアちゃんはキョトンとしている。


おいおい、レティシアちゃん、上級者はルカのそのセリフから『俺はしないぞ』という言外の意味を読み取る必要があるんだ、と言いたくなったが、ルカにそう言われてすっかりその気になっているレティシアちゃんに、何も言えなかった。


歓迎会では、ルカとのすったもんだをその場にいなかった人たちに説明しようと、酔っ払った女将さん達がレティシアちゃんに魔術を見せるように何度も頼んだのだ。

レティシアちゃんも、「練習ね」と言いながら断らなかったので、最終的にはコップの水をツァーリの先で維持できるくらいには成長していた。


その成長ぶりに、またしてもルカが目を見張っていて、そしてそれをまた旦那達にからかわれたりにしていたが、レティシアちゃんも満更ではなかった気がしたので、魔術をどこかで試したいんだろう。


まぁいざとなったら、助けようと思って、俺は黙ってレティシアちゃんを見守る事にした。


夜になったので、レティシアちゃんとクロエちゃんが、ルフィナおばあちゃんの畑へ出かけるようだ。クロエちゃんには少しばかり魔獣退治の経験があるようで、適当な棒を探していたので渡した。


二人を見送って、俺は寝ようとしているルカを叩き起こしにいった。

「なんだよ。」

ルカが不機嫌そうに答える。


「本気で寝ようとしてたのか?馬鹿野郎。着替えて行くぞ。」

寝巻きでベッドに入っていたルカを引きずりだして、俺は適当な服を箪笥から引っ張りだした。


「そんなに心配しなくても大丈夫だろ。たぶん土属性のシノイだ。いざとなったら走って逃げるか、高いところに登ったらいいんだ。」

「そういう問題じゃねーよ!師匠だろ。弟子の面倒、ちゃんとみやがれ!」


俺はルカをぶん殴って外に連れ出した。

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