第27話 ガルシアの秘伝書
「ところで、わたくしはいつフゥを使役できるのかしら?」
スカーレットがカナリアに訪れて数日たった日の夕食の席のことだ。とうとうスカーレットはルカに物申した。
いつかこの時が来るだろうと、私もクロエもジャンマルコも思っていたが、今日がその時のようだと、三人は目を見合わせた。
ルカは相変わらず、1日に15分程度しか修業の時間を設けない。しかも、私に合わせた初級も初級、超初級だ。
ルカの言いようは、スカーレットにも合わなかったようで、もういいですわ、と怒って自分で修業をし始めた。
「知らん。お前が勝手に居ついただけだろう。」
「確かに、そうですわね。フゥが懐いたので、少し期待をしたのですが、勘違いだったようですわ。明日には…」
「待って!」
私とジャンマルコは、明日には帰ると言いかねないスカーレットを、急いで止めた。
ジャンマルコはガルシア翁に殺されないために、私はフゥをもっとよく知りたいためだ。あと、ついでにスカーレットとも仲良くなりたい。数日で気がついたのだが、本人はすごく真面目に修行に取り組んでいるし、空き時間は私を見かねて一緒に練習してくれるのだ。
「なんですの?」
スカーレットは怪訝そうな顔で、私とジャンマルコを見る。
「スカーレットはどうしてフゥを使役したいの?今でも十分フゥは言うことを聞いている気がするけれど…。」
私は、フゥがジャンマルコを丸焦げにした時のことを思い出した。
スカーレットは、何もわかっていないのね、という表情で、話し始める。
「ガルシア家はバルカン地方一帯を治めています。あの辺りがガルシア領ですわ。ガルシア領には活火山があり、鍛治組合の本部があったり、温泉地としても人気ですのよ。わたくしの自慢の領地です。」
スカーレットはまず、ガルシア領の話をし始めた。温泉地と聞いて、途端に行きたくなってしまう。
「けれども、数年に一度、その活火山が噴火いたしますの。昔は火の精霊の怒りだといって、供物や精霊討伐などを試みてましたが、うまくいかず、結局カエサルの弟子ヴォルケーノがフゥを使役したことにより噴火を鎮めたのです。以降ガルシア家は、フゥの力で領土を守ってきました。フゥを完全体にできないことは、領主として力量足らずということです。」
「なるほど。でも、さっきも言ったけど、フゥが言うことを聞いているように思うけど。」
「フゥはわたくしと幼い頃より一緒にいますから、兄弟のような存在です。ただ、フゥを使役できるかできないかはわたくしの魔術師としての力量の問題ですわ。フゥが完全体になりましたら、ジャンマルコを丸焦げにするだけに留まりませんわ。噴火を止めるんですもの。」
「歴代の領主に完全体にできない人はいなかったの?」
「いるにはいますし、わたくしの父もフゥを使役できませんでしたわ。ただ、今はお祖父様がいらっしゃいますし、噴火もまだ起こる気配はありません。」
「じゃあ、必ずしもフゥを使役できなくてもいいんじゃない?」
「考えたくもないことですが、もしお祖父様が亡くなってしまわれたら、わたくしが噴火を止めなくては行けないのですわ。わたくしは次代の領主なのです。」
精霊を使役できないことは思ったより深刻らしい。自分のせいで領民が苦しむのは領主として苦しいだろう。スカーレットが少し焦っているのも頷ける。
「ルカ、なんとかならないのか?」
ジャンマルコは、すでに夕飯を食べ終わろうとしているルカに視線を向ける。
「サラマンダーの使役は、本当にガルシアの専売特許なんだ。なんでじいさんが俺に弟子入りさせたのか、俺自身もわからない。」
ルカは、最後の一口を食べて、ナイフとフォークを置いた。
「それに、スカーレットはガルシアのじいさん直伝なんだろ。すでに俺の出る幕はない。」
「そうですわね。一通り、基礎は身につけておりますわ。」
そう言って、スカーレットも、ナイフとフォークを置いた。
最初こそ「これはなんですの」や、「どこで獲れたものですの」と言いながら、食事を警戒していたスカーレットだが、一口食べて美味しいと気がついたのか、今では特に何も言わずに完食する日が続いている。
「とりあえずさ、フゥを使役できる方法が見つかるまで、お祖父さんを信じて一緒にカナリアで修行しましょう。」
「そうだ、そうしよう。」
私の提案に、ジャンマルコが乗っかってくれる。
「それに、私、スカーレットがいてくれた方が、助かるわ!私もフゥを使役できるように手伝うよ。」
私は、ぐいっと情に訴える作戦にでる。真面目なスカーレットのことだから、これは効果があるに違いない。ジャンマルコとクロエも、神妙な顔で応援してくれているのが、視界の端に入る。
「領地に帰っても同じことですから、レティシアがそう言うのでしたら、残ってもよろしいですけれど。」
「ありがとう!」「ありがとう!」
ルカは残念な顔をしている。
「ですが、レティシアが手伝ってくれて、何ができますの?」
スカーレットに痛烈な事を言われて、ガクッと肩を落とす。もちろん、修行したての初心者が助けになることなんてないだろうけど。
「何か、ガルシア家に代々伝わる、みたいなものはないの?」
「ありますわ。」
「あるの?!」
ないと思って聞いたが、実際には秘伝書があるようだ。
「それ、ちゃんと読んだのよね?」
「失礼ですわね。読みましてよ?」
「ちょっと見せてほしいな。」
「秘伝書ですから、お見せできませんことよ?」
「でも、私が見たところでフゥは火属性の精霊なんだから、使役できないでしょう?」
「それはそうですが、レティシアが他の魔術師に吹聴しない保証なんてありませんことよ?」
「私、魔術師に知り合いなんていないけれど。」
「これからできるでしょう。」
私はぐぐぐとする。念入りにスカーレットに交渉するが、なかなか頑として秘伝書を見せてくれようとはしない。
「わかった。スカーレットが見ていいって言うまで待つわ。」
「お祖父様に聞いてみないと…。それに、秘伝書は門外不出だわ?」
スカーレットが本気で悩んだ顔をする。
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