第26話 サラマンダーとその主人
「かわいい…」
私は思わず心の声を漏らしてしまった。
サイズ感もさることながら、よちよちと歩く姿が可愛らしい。尻尾をふりふりしていることから、尻尾でバランスをとっているのだろう。
ジャンマルコは机の上のサラマンダーをひょいと拾い上げ、高い高いをするように目の前に持ってきた。
「確かに。昔からじいさんが連れていたサラマンダーだな。名前はフゥだったかな?ホゥだったかな?」
「フゥよ。フゥ、ご挨拶して差し上げなさい。」
スカーレットがそういうと、サラマンダーは口をかぱっと開けて、目の前のジャンマルコに向かってレーザービームのような光源を吐いた。机の端と、ソファの背もたれの一部が焼け焦げている。直撃したジャンマルコの上半身も言うまでもなく、焦げている。たが、ジャンマルコの鉄壁の前髪は、焦げても顔をあらわにしてくれなかった。
横に座っていたルカにも多少影響はあったはずだが、魔術を発動して防いだのか、ルカの周りは何も影響はなく、涼しい顔をしている。
「懐かしいな…フゥ。」
そう言ってゲホッゲホッっと、ジャンマルコは大きく咳き込んだあと、気を取り直して、サラマンダーを机の上におろして呟く。
「サラマンダーを完全体にできていない、って手紙には書いてあったんだけど?」
丸焦げのジャンマルコは、机の上でぷるぷると首を降っているフゥを視界に収めながら、スカーレットの方へ解説を求めるように視線を送る。
「ぐっ…。その通りですわ。わたくし、1年間お祖父様の元で修行しましたのよ。でも、フゥが完全体にはならなかったのです。私が未熟であるせいで、お祖父様はご自分を責められ、カナリアのあなたを紹介されたのですわ。」
「なぜ俺なんだ。サラマンダーの管轄はいつだってガルシア家だ。」
ルカは、反論する。
「お祖父様の意図はわかりませんわ。弟子になるという件については、当初は困惑しましたが、お祖父様はがんとして譲りま…まぁ、フゥ、どうしましたの?」
机の上に立っていたフゥは、突然ルカの膝の上に飛び乗った。「きゅー!」
そして、かわいい鳴き声をあげたかと思うと、そのままご機嫌でくるっと身体をまるめ寝っ転がった。
「フゥ!あなた!どうなさいましたの?おかしいですわね。ガルシア家以外の人間になつくなんて、こんなことはわたくしがフゥと出会ってから一度もなかったのですが…。」
スカーレットは、フゥがルカに懐いていることに困惑して、ソファに座ったり立ったりを繰り返している。スカーレットがいくら呼びかけても、ルカの膝から動こうとしない。側から見ていても、スカーレットが狼狽しているのがわかる。
何度かスカーレットが声をかけてもフゥがルカの膝から降りることはなかったので、スカーレットはとうとう諦めた。
「仕方ないですわね。弟子になりますわ。」
そう言って、ジャンマルコに向かって「手続きをした後、部屋を案内しなさい」と伝えていた。
「ちょっと待て、俺は、むがっ!」
ルカはフゥを膝に乗せたまま、弟子を取る気はないことを主張しようとしたのだろう。だが、すかさずジャンマルコから口を塞がれた。
ルカはそのまま、ジャンマルコに応接室からつまみだされた。しばらくしてジャンマルコだけが応接室に戻ってくると、スカーレットに対して声をかけて。
「スカーレットちゃん、ありがとう。部屋を案内するよ。」
「ここがスカーレットちゃんの部屋だ」
そう言ってジャンマルコは、私の隣の部屋を案内した。私も夕食まで部屋でゆっくりしようと思ってついていった。
「レティシアちゃんの隣だから、わからない事があったら気聞いてくれ。」と言ってジャンマルコはうしろにしる私をちらと見る。私は、胸を軽く叩いて、合点承知だ、という合図をした。
「よろしくね。」
私は、握手のつもりで右手を差し出したが、スカーレットから握手は返ってこなかった。
「わたくし、遊びにきたわけではなくてよ。」
スカーレットはそう言って、部屋の扉を開けて入っていった。
「仲良くできそう?」
ジャンマルコは閉じた扉を見ながら、私にそう言ったが、表情は複雑そうだ。
「大丈夫よ。魔術師として1年先輩みたいだし、いろいろ教えてもらうわ。」
私は、特に気にせず答えると、ジャンマルコは安心したように微笑んだ。研究対象が増えることは大歓迎だしね、とこっそり思う。
「たぶん、根は悪い子じゃないんだよな。」
「私も、なんとなくそんな気がする。」
二人でうんうん、と頷きながら、スカーレットが入っていった扉をみる。扉からは「薄汚れた部屋かと思いましたが、なかなか清潔にしてますわね。合格ですわ!」という声が聞こえた。
「スカーレット、夕飯ができたらしいわ。案内するよ。」
私は、クロエとジャンマルコから頼まれて、スカーレットを呼びにきた。すぐにガチャと扉があき、スカーレットが顔を出した。
「一緒に食べますの?」
「うん。食堂でね。ジャンマルコとクロエが作るご飯は美味しいのよ。」
「わかりましたわ。」
そう言ってスカーレットは後ろから姿勢正しく付いてくる。
「ねぇ、スカーレット。フゥはどこにいるの?」
「フゥは精霊ですわ。呼ばなければ出てきません。」
「フゥは魔獣とどう違うの?」
「魔獣のような低俗な生物と一緒にしないでくださいませ。」
「あ、ごめんなさい。」
スカーレットからぴしゃりといわれてしまい、なんとなく反射で謝ってしまう。
スカーレットからフゥの情報を引き出すのは、もう少し工夫が必要そうだ。
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