第28話 真夜中の侵入者
夜だった。レティシアは遅くまで修業日記をつけていたが、ふと顔をあげて窓の外をみた。
今日は満月だ。
月明かりがカナリアの黄色に反射し、いつもより明るく感じる。
「何かしら?」
私は気になったので、勝手口を見に行くことにした。カナリアはだだっ広い草原に建っていて、視界が開けているせいか、山が近いにも関わらず魔獣や野生動物が近くに来ることはない。それでも、絶対とは言い切れない。せっかくの食材を野生動物に食われてはたまらない、と思い。螺旋階段を降りていく。
「お嬢様?どうされました?」
階段を数段降りたところで、部屋から出てきたクロエに声をかけらた。
「ごめんなさい、起こしちゃったかしら?」
「いいえ。仕事柄、睡眠は浅い方なのです。それに、お嬢様の部屋の方からの物音だったので、声をかけたんですよ。」
クロエは、もう暖かくなったとはいえ、夜は肌寒いでしょうと言いながら、部屋から羽織るものを取ってきてくれた。
「それで、どうされたのですか?」
クロエは私の肩に、ショールをかけながら聞く。部屋からはショールの他にもランタンを持ってきてくれたようで、優しい灯りが石造りの階段に跳ね返り、複雑な模様を作り出している。
「眠れなくて窓の外を見ていたら、勝手口の方に動物が入っていったように見えて、確認しにいくの。」
「では、私もお供しますね。」
「うん、クロエがいてくれると心強い。」
私たちはそう言って、そっと階段を降りる。
勝手口はキッチンの隣にある保管庫にある。買ってきた小麦やじゃがいもなどを、そのまま保管庫に入れるための扉だ。
食堂を抜けて、そっと保管庫を覗くと、ゴリラのような大型の動物らしき何かが、ガサゴソと食料を漁っている影が見えた。
(待って、どうしよう。大きいわ。誰かを呼んできた方がいいかしら?)
(お嬢様、私が少し様子を見てきます。いざとなったら保管庫の扉を閉めて、閉じ込めましょう。)
(そうね、わかったわ。)
こそこそと小声で話しながら、私たちは保管庫にいる大型の獣に向かって、手持ちのランタンをゆっくりかざす。
すると、「うわ?!」という叫び声が聞こえた。
「誰?レティシアちゃん?」
「ジャンマルコ?!」
大型の獣だと思っていた影は、保管庫を整理していたジャンマルコだった。私はジャンマルコに、ここにきた理由を話す。
「そうだったのか。俺は、明日雨が降りそうだったから、夜のうちにシノイの干し肉を中に入れちゃおうと思ってな。」
そう言いながら、トントンと薄切り肉が重なったものを叩く。
見た目はジャーキーのようで、硬い。レティシアが育てているシノイを、ジャンマルコがさばいて干してくれるのだ。
繁殖力旺盛なシノイなので、私たちが消費しきる前に、どんどん溜まっていってしまう。需要と供給のバランスが悪い。
そろそろ街の人たちにもお裾分けが必要かしら、と思っていたところだ。
「雨が降りそうなのね。」
「あぁ。水の魔術師は天気予報もできるらしいが、レティシアちゃんはまだかな?」
そう言ってジャンマルコはイタズラ顔で笑う。
クロエは、それは助かりますね、と言ってにこにこ笑っている。二人のために、早く天気予報士になろうと心に決めた。
「勝手口の影は、ジャンマルコだったのね。よかったわ。」
そう言って、私たち三人は、ジャンマルコを少し手伝ってから部屋に戻ろうとした。
その時、私たちの後ろで、別の物音がした。
「何?」
音の気配は、少し暗くなっている保管庫の奥から聞こえた。何かがゴソゴソと動く。ジャンマルコは少し警戒し、私たちを少し下がらせた。そして、クロエは持っていたランタンを高く掲げる。
私は念のため、キッチンの水瓶にツァーリを突っ込んだ。
すると、ゴソゴソとした影は、高く上げたランタンに照らされ、大きく伸びた。すると、大きな影が飛び出してきた、と同時に、一番後ろにいたレティシアの足元に、背後から何かが近づいた。
「きゃー!何?!」
私は前ばかり気にしていたので、急に現れた後ろからの刺客に、驚いて悲鳴をあげた。と、同時に魔力を流していたツァーリのコントロールがきかずに、水瓶の水でできた大人一人大の水球が天井へとぶつかる。そして、キッチンは水浸しになった。
「なんだ!?」
「お嬢様!」
「うわぁ!」
突然室内に降った雨と、レティシアの悲鳴に、クロエとジャンマルコがそれぞれ反応する。そして、もう一人、反応した人がいた。
雨が落ち着き、クロエのランタンに照らされて、キッチンの奥から出てきたのは、子供だった。
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