第29話 オビの街のパウラ

「いてててて…」

キッチンの奥から黒髪の子供が現れた。叫んだ拍子にどこかに頭をぶつけたのだろうか、手で頭を押さえている。


「子供?どうしたんだ?」

ジャンマルコが問いかける。不審者かと身構えたら相手が害のなさそうな子供だったので、警戒が解けたのだろう。フライパンを持つ手が下がる。


「あの…驚かせてごめんなさい、僕はパウラ。そこのお姉さんを追いかけてきたんだ。」

そういって、パウラと名乗った子供は、立ち上がって砂をはらいながら、レティシアを指差した。指を差された当の本人は、その子供に全く覚えがなくて、きょとんとした。

ただ、クロエにはあったようだ。はっとした顔で、パウラに応える。


「お待ちください、見た顔です。オビの街にいましたね?」

すると、パウラはこくん、と頷く。

「え?オビ?会ったかな?」

私はやっぱりパウラを思い出せなくて、首をかしげる。逃げる手助けをしてくれたジルサンダーは言わずもがな、身代わりになってもらった少女達とも違う。彼らには正式に会ったと言えそうだが、他の人を覚えていない。

「市場で盗みをしていた少女です。」

「あ、あーーー!」

クロエの言葉に、私はパウラの事を思い出した。帽子を目深にかぶっていたので顔はあまり覚えていないが、色素の薄いグレーの瞳をしていたことは覚えている。クロエの観察眼がとにかくすごい。


「え?オビから私を訪ねてきたの?イエールまで?一人で?なんで?…ちょっとまって。とりあえず座りましょうか?」

私は動揺が止まらないが、一旦心を落ち着けて着席をうながす。それにつられて、ジャンマルコと、クロエもとなりの部屋へ移動し始めた。

「そこに座って。」

私がそういうと、パウラは目の前の椅子によっこいしょと座った。クロエとジャンマルコ、私が座ると、さっきの話を詳しく聞くことにした。


「私を訪ねてきたの?」

「そう。市場でお姉さんが魔術師になるって話をしていたから、それで追いかけた。馬車の御者から、イエールまで行くって聞いた。あの辺じゃ見ない馬車だったから、すぐにわかった。」

「魔術師に興味があったの?」

「そう。ぼくも、たぶん魔術が使える。」

「そうなの?どんな魔術?」

「ちょっと待ってて。」


そう言うとパウラはぴょんと飛び跳ねてまた勝手口の方へ向かった。どうやら外に出たようだ。もう夜も深くて真っ暗だが、何がしたいのだろうか、と残された三人で目を合わせる。

すると、勝手口が開く音がし、パウラが戻ってきたのかとそちらに目線をやる。

すると、戻ってきたのはパウラではなく、膝下程度の、それこそフゥのようなサイズ感だが、ゴワゴワとした茶色い人型の人形だった。目や口はない。ロボットのような、かくかくしい頭がついている。


「珍しいな、ゴーレムか。」

それを見たジャンマルコが、つぶやいた。

その人形の後ろにパウラがついてきた。パウラは足元の人形を抱き上げ、扉をきちんと閉じた。

またさっきの場所に座り直すと、改めて魔術について話し始めた。

「ぼくの友達で、リッキーだよ。ゴーレムっていうの?これは魔術かなって思ったのは最近なんだ。」

「あぁ、土属性の魔術だ。でも、魔術師の手を離れて動くゴーレムなんて珍しいな。俺が唯一知ってるゴーレム使いは、もうじいさんだ。」

「そうなんだ。リッキーとは、ずっと昔から一緒にいるんだ。小さい頃はもっと小さかったんだけど、こんなに大きくなっちゃった。」

パウラは膝にゴーレムをのせ、ヨシヨシと頭をなでる。

「えっと、パウラちゃんだったか?君はどうしてレティシアちゃんを追ってここまできたんだ?」

ジャンマルコが、質問する。

「最近、リッキーがうまく動かせないんだ。リッキーを治してほしいんだ。」

「なるほど…それでレティシアちゃんを追ってきたのか。親御さんはいるのかい?」

「いないよ。僕は孤児院で育ったんだ。ぼくがいなくなってもシスターは気にしないさ。」

「そう…。」

なんだか、訳アリのような雰囲気があるが、本人は淡々と語っている。オビで盗みを繰り返していた理由はここにあるのかもしれない、と思う。


「魔術師組合っていうのは知ってるか?手紙は届いたか?」

「何も知らないよ。手紙は届いたことはないし、届いたとしてもシスターか司祭様が確認するんだ。」

「そうか。一度、魔術師組合に連絡してやるから、パウラちゃんの好きなところで修行するか?その、なんとなくオビには帰りたくなさそうだが。」

「うん、ここが…いい。」


そう言ったとたん、パウラはばたんと机に突っ伏してしまった。同時に、そばにいたゴーレムも、サラサラと形を崩し、土の山になる。

「え?どしたの?」


さっとクロエが駆けつけ、パウラの体をチェックしはじめる。


「お嬢様、寝てるだけです。」

なるほど、子供は、こんな電池が切れたみたいに寝てしまうのか。

「たしかに、もう深夜よね。子供は寝る時間だわ。」

「とりあえず、二階の客間に運ぼう。ごめんよ、クロエちゃん、俺は少しベッドを整えてくるから、この子を運んでくれるかい?」

「承知しました。」


そう言ってクロエはパウラを軽々と抱き抱えた。

「パウラちゃん、ここで修行したいって言ってたけど、ルカが許すかな〜」

ジャンマルコは、パウラに布団をかけてやりながら、小声でつぶやいた。

「二人増えたら三人も一緒じゃないかしら?」

ジャンマルコは少し考えたあと「それもそうだな。」と言った。


――


翌日、案の定スカーレットとルカが「この子供は誰だ?」と訝しげに朝食を食べていた。

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