第6話 招待状

私は公王へのおねだりの結果、婚約式までの準備などの面倒なあれやこれやは回避し、時間を手に入れた。

あとは具体的にどのように逃げ出すかや、生活基盤をどう整えるかが問題だ。


「秘密裏に魔術師になって生き延びるには……。」

私が思案していると、クロエが部屋に入ってきた。


「お嬢様。今朝、机に宛先も差出人もない手紙がありました。お嬢様がご準備されたものですか?」

「手紙?知らないわ。」

私は手紙を準備などしていない。まだ部屋のどこにペンや紙があるのかも把握していないのだ。

レティシアはクロエから手紙を受け取ったが、何の変哲もない白い封筒に赤い蠟で封がしてあり、確かに封筒の表面には何も書かれていない。

もしかしたらまたエリザベスの嫌がらせかな、と思いながら警戒して手紙を開けることにした。


冒頭に招待状と書いてあるそれは、手紙の最後に魔術師組合という記名でしめられていた。


ー招待状ー

貴殿はパルティス公国内にて魔力の覚醒を認められる者なり。魔術師組合にて保護と育成を望むものは本部へ訪れたし。

ー魔術師組合ー


「魔術師組合って書いてあるけど……。」

「なんということでしょう!やはりお嬢様の魔力が覚醒したのですね。」

クロエはこの手紙を信じるようだ。

「怪しくない?なぜ差出人も宛先もないのに届いたの?」

「魔術師組合は魔術の総本山でございます。魔術にはまだまだ分からないものが多くあると聞くので、きっとその一つでしょうか。それに、確かに魔力が覚醒したものには組合からお知らせが届く、と聞いたことがあります。」

「その本部はどこにあるの?」

「本部は王都の西にあります。十数年前、イエール領から移転してきました。」

「ありがとう。そうねぇ…。」

私はこの不思議な手紙の信頼性と情報収集を天秤にかけた結果、魔術師組合に行ってみることを選択した。

「よし、明日か明後日に出かける準備をしてもらって大丈夫かしら?本部へ行ってみましょう。」

「お嬢様、念のため確認なのですが、魔術師になられるのですか?」

クロエは真剣なまなざしでじっと見てくる。それはそうだろう。主人が城を逃げる準備をしているのだ。クロエに関係ないわけじゃない。

「まずは招待を受けたから行ってみるだけ。」

「承知しました。明日の朝出発できるよう馬車を手配します。」

クロエは引き続き複雑な表情だが、快く了承の返事をしてくれた。

「ありがとう。ところで、昨日お願いした魔術関係の本ってあるかしら?」

「ええ。すでに準備はすんでいますが、お茶も一緒にお持ちするので少々お待ちください。」

「ありがとう!今日は一日読書するわ。」

「承知いたしました。昼食と夕食には声をかけます。」


そういって、クロエは着々と準備を進めてくれた。

レティシアの机には、あれよあれよという間に分厚い本が数十冊高く積みあがる。

馬車が主要な交通手段の時代の書籍にしては、非常に近代的なデザインだった。紙も上質で、装丁もしっかりしている。ぱらぱらと本をめくってみたが、心配していた文字の理解は問題ないようだ。もちろん日本語や英語ではなかったが、レティシアの記憶が、理解できるようにしてくれていると感じた。

クロエは古そうな本から比較的新しめの本まで、いろいろ揃えてくれたようだ。



絵本-大魔術師カエサルの建国物語-

技術書-新・魔術大全-

魔術師組合誌-テトラ・ルキア報ー

歴史書-魔術史-

他にもいろいろあったが、まずは読みやすそうなものから手に取っていく。


―大魔術師カエサルの建国物語―

とある港町に生まれたカエサルは、後に偉大な魔術師となり、現代魔術の基礎を作った。カエサルの教えでは、魔術とは、体内の魔力を操作し、体外の物質に干渉することだと定義し、干渉できる先は、魔力が多く含まれる水・火・風・土のエレメントが基本となることを解明した。カエサルは魔力の素質がある四人の弟子をとり、それぞれ四つのエレメントを扱う術を教えた。弟子たちはよく学び、カエサルと四人の弟子たちは、世界中に名を轟かせるようになった。当時の覇王は、その功績を褒めたたえ、カエサルに国を与えた。カエサルと四人の弟子たちは、その国で幸せに暮らしたのでした。


ー新・魔術大全ー

魔力とは、特定の人にしか発現しない、卓越的で神秘的な、未知の力だ。その魔力を用いて、エレメントを操作することを魔術という。魔力の発現条件はわかっていない。覚醒者は老若男女関係なく、つながりもない。その仮説として多くの説があるが、通説として知られているものは、2つである。1つは、『血』によるもの。ただしこれは、50年ほど前までの話だ。以前は貴族にしか発現しなかった魔力だが、近年では平民からの発現も確認されている。もう1つはカエサルの祝福によるもの。大魔術師カエサルの祝福を受けた者のみ、その魔力を発現する。ただし、こちらもカエサルの祝福を得られる方法はわかっていない。…


そんな読書をしているうちに、もうすっかり日が落ちていた。クロエには心配されたが、葵の時は何時間も読書するなど日常茶飯事だったので平気だ。神経細胞のテーマだけで背表紙の幅が4センチはあろうかという分厚い参考書などを、1日で読み切っていた。レティシアの身体はさすがに公女なのか、姿勢がよくて、痛みも少ない。


魔力については、いろいろと勉強になったが、不満なところも多かった。

「結局!魔力って、何?これじゃ、何もわからなーーーーーい!」

私は、癖で髪の毛をくしゃくしゃと書き上げながら、叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る