第5話 公王との対面

次の日の目覚めはよかった。ふかふかのベッドは心地いい。

今日はクロエが魔術に関する本をかき集めてくれているはずだ。クロエにお茶を準備してもらって、1日引きこもって読書しようかしら、と考える。

そんな事を考えながらベッドの上でダラダラと過ごしていると、クロエが起こしにやってきた。


「お嬢様。おはようございます。起きてらっしゃったのですね。実は…朝食は陛下とお取りになるよう言われています。準備しますね。」


クロエはこちらをうかがいながら不安そうにそう伝える。心配でたまらないという顔だが、一介の侍女が国のトップに逆らえるはずもない。諦めて出席するしかないという、有無をいわせない雰囲気をクロエから感じた。クロエはいつもより少ししっかりしたドレスを準備し始めた。


「お嬢様、今日はこちらでいかがでしょうか?」


そういって、真っ赤な深紅のドレスが準備されていた。

「お嬢様は、とてもきれいなブロンドなので、深い色あいの原色がよくお似合いになるとずっと思っていたのです。お嬢様の好みではないのは承知しておりますが、きっと、お似合いになられますよ。」

そういってクロエがずいっとドレスを前に出し、力説してくれる。どれも生地からしてよくよく観察したいドレス達だが、どれがTPOに似つかわしいのかわからないので、クロエにお任せするしかない。婚約を強要している元凶と対峙しに行くのだから、戦闘力が上がりそうなドレスであってほしいな、とついでに注文をつける。クロエは目を輝かせて、あれもこれも、といろいろと取り出してきた。


「これは、派手すぎないかしら?」

「そんな事ございません!公王様とお会いになるのです。これでも控えめでございます。」


クロエが用意したドレスたちでミニファッションショーが行われ、ようやくクロエの合格をもらったあと、いざ、私は公王に会いにいった。王城は私たちが暮らすスペースと公王が過ごすスペースが異なる。今は公妃がいないが、公王と公妃は同じスペースで過ごすようだ。長い渡り廊下をゆっくりと歩いていき、朝食スペースへ向かう。


「レティシア、身体は問題ないのか?」


入室して席につくと、公王である父親は、こちらをちらりと見て冷淡につげる。レティシアは父親譲りなのだろう。公王はレティシアと同じ金髪碧眼で、若いころは美しい顔をしていた美丈夫だったのだろうとうかがわせる容姿だ。ただ、その瞳の温度は冷たい。

すでに食事の席にはエリザベスがいて少し驚いたが、エリザベスも公女なのでいても不思議ではない。


「はい、ご心配をおかけしました。侍医からは少し療養するように言われておりますが、身体は問題ないとのことです。」


そう無難に答えながら、私は目の前の朝食の尋常じゃない量に驚いていた。旅行先で上がったテンションでも、こんなに食べないであろう量が並んでおり、そういえば私は王族だった、ということにいまさらながら自覚した。ヨーロッパ史に照らし合わせると、そろそろ民衆が暴動を起こして処刑されてもおかしくないのではなかろうか、と感じる。


「そうか。1年後の婚約式は問題ないな。準備は滞りなくすましておけ。」


それが公王の伝えたかったことだろう。レティシアを本当に心配する言葉や、式の出席が可能かの打診もない。彼にとっては、式が問題なく済ませられればそれでいいのだ。私は静かな怒りを抱えながらも、「はい」と答えて目の前の料理を口に運ぶ。


(おいしい!さすがに宮廷料理!元いた世界と素材は違うのかもしれないけど、味付けや盛り付けはそんなに変わらなくて安心した。やっぱり食って大事だものね。塩やバターもちゃんとありそう。気候的にはやっぱり地中海性気候とか温帯湿潤気候かしら。そうすると海とかもあるかしらね。)


公王陛下との食事中に考えることではないが、レティシアはおいしい食事に少しだけワクワクする。


「お父様、お姉様は、病み上がりですし、不安を抱えてらっしゃいますわ。もしよろしければ、わたくしが…」

そういってエリザベスは、甘えた声を出し、自分で直談判している。


「エリザベス、何度も言わせるな。帝国はレティシアを望んでいる。エリザベス、お前は公国内の貴族から婿をとってもらう。」

公王陛下ににべもなく却下され、ざまぁみるがいいわ、と下品なことを思いながら、エリザベスを見ると、憎々しげにこちらを睨まれたので、目をそらした。それにしても、エリザベスが行きたいと行っていて、私が行きたくないと思ってるのに、なぜその願いがかなわないのか。元庶民からは理解できない王族の思考である。


エリザベスが玉砕したので、今度は私の番だ、と思いながら公王陛下に提案してみる。


「お父様、帝国へは少々病気で伏せっている、ということにしておいてくださいませんか。幸いにも昨日まで伏せっていたことは事実ですし…。1年後の婚約は性急すぎると思います。」


私は目を伏せて、なるべく悲しそうに言ってみる。婚約の事実が変えられないのなら、期限を延ばしてみようと思ったのだ。

「ならない。1年後だ。」

エリザベスが、少し期待していたのか、ピクリと眉を動かしたので、よい提案かと思ったが、エリザベスと同じく、にべもなく却下されてしまった。


「お父様、せめて婚約式の準備は免除いただけないでしょうか。侍医からも療養をするように言われております。別にわたくしが率先して準備の指揮をしなければならないわけではないでしょう。」


今度は公王陛下が眉をピクリと動かし思案している。しばらくしたのち、食器をかちゃりと置き、執事長へ指示ともとれる目くばせをした。

「よかろう。準備は免除しよう。確かグンデバルの離宮が空いていたな。そこを使え。」


執事長は公王の言葉を指示と受け取り、軽くうなずいた。グンデバルの離宮は問題なく使える状態になるということだろう。

グンデバルが国のどこにあるかはわからないが、どうやら首都を離れられるようだ。これは逃げ出そうとする私からすると願ってもないことだ。


「ありがとうございます、お父様。」


公王陛下は、レティシアの様子が婚約に向けて問題ないことを確認したかっただけだったのだろう。食事は最低限の量を口に入れて席をたった。

私も小さな胃袋にはあまり入らず、席を後にして自室に戻ることにした。

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