第4話 魔力覚醒
「お嬢様、何か変わられましたね。」
クロエはにこにこしながら、お菓子を片付けはじめる。
「え?そうかしら?」
「ええ、とても感情をあらわにされるようになられております。私はいつもお嬢様に自信を持っていただきたく思っていました。だって、お嬢様はとても美しくて、聡明です。」
クロエは、ふふふと笑いながら、美味しそうなお菓子をじゃんじゃん袋に放り込んでいる。
クロエは私がレティシアじゃないことには気づいていないようだ。でも、クロエが今後、別人になった私に尽くしてくれるとは限らない。新しくクロエと少しづつ関係を築けていけたらと思う。
「では、お風呂の準備をして参ります。本来でしたら髪結いを呼ぶのですが、前髪をお切りになるのは勢いもあるでしょう。気分の乗っている今のほうがよろしいかと思いますので、ちょっと不格好になるかもしれませんが、私がお嬢様の前髪をお切りしますね。」
そう言ってクロエがサンタクロースのように袋を抱え、部屋を出ていった。
(さて、どうしようか。)
ここから逃げ出す決意をしたはいいものの…。
今すぐに夜逃げみたいな形で王城から逃げるにしても、生きていける自信がない。公女だから手持ちのお金はありそうだけど、持続的に生活するには手に職が必要だ。この世界の家賃相場や、物価もなにもわかったもんじゃない。
(とりあえず明日は街に出てそのあたりの調査をしてみようかしら…。)
「お嬢様。どうしましたか?まだご気分が優れませんか?お風呂と散髪は明日になさいますか?」
ぼーっと逃避計画立案にひたっていると、クロエが部屋に戻ってきたのに気が付かなかった。もうお湯が沸いたのだろうか。
「あぁ、いいえ。今からいきましょう。この髪型が重たくて…。」
「そうですか…。」
その途端、クロエはボロボロと泣き出した。
「どうしたの?!」
「いえ、申し訳ございません。いつもお嬢様は、ご自身の容姿を疎ましく思っていらしたから…前髪を長く伸ばし、少しでもお顔が見えないようにと…ようやく…ようやく…うぅ…。」
クロエは、お嬢様が自信をもってくださって嬉しいと、感極まって話してくれる。私は、ちょっと申し訳ない気持ちで、「大げさよ」とクロエを慰める。別人であることを告げたい気持ちをぐっと抑えて、クロエが落ち着いた頃、お風呂への案内を頼んだ。
お風呂は案の定とても広かった。貸切のスーパー銭湯なみだ。
私は侍女数人で着替えをさせられさっそく中へ案内される。
(すごい。絵に描いたような贅沢なお風呂…。)
お湯が出ているところには、ターコイズのような青い石と少しくすんだ赤い石が埋め込まれた白いライオンの口があった。この世界に来てから初めてのお風呂に、ドキドキが止まらない。侍女達はバタバタと外にタオルや香油を取りに行っている。
私はお風呂をぐるりと歩いて、気になるものを確認していく。どうやらシャワーはないようだ。もしかしたら水道整備は整ってないのかもしれない。四角いお風呂のふちをそろそろと歩いて、ライオンの口がどうなっているのか見に行く。
「うわ!!」
バッシャーーン!!!
「つ、つ、つめたーーーーーーーーーいいいいい!」
気をつけて歩いていたつもりだったが、お風呂のふちに何かが塗ってあったのか、滑って浴槽内に落ちてしまった。そして、不幸なことに誤って落ちたお風呂の中にはってあったのは、お湯ではなく水だった。
「お嬢様?!どうされましたか?!」
クロエが血相を変えて入ってきた時、私は、ひーひー言いながら冷たいお風呂から出ようとしていたところだった。
「ごめんなさい。少し、あの、温度にびっくりして…。」
そう言いながらクロエに弁解しようと顔を上げると、クロエのポカンとした、顔が現れた。
「ん?どうかした?」
クロエは、自分の主人が冷たい水に落ちたのに、ぼーっとして動かない。いつもテキパキと仕事をしてくれるのに、どうしたんだろう。
「お嬢様、あの、下を見てください…。」
クロエがおそるおそる指をさした先を見るために、私は下を見た。
「え?」
なんと私の足元の水が、モーゼの海割りのように私を中心にして球状に割れているのだ。さしずめ、巨大なボールをお風呂に沈めようとしたような形で、球体の周囲の水は、その押しのけられた反動でゆらゆらと大きく波打っている。
「え?どうゆうこと?」
「お嬢様…、一度そこを離れてください、こちらへ…」
「は、はい!!は、は、はっくしょーーーん!」
私はクロエの指示とともにその場を離れようとして、盛大にくしゃみをしてしまった。
くしゃみと同時に、ばしゃんと球状にそりかえっていた水は足元に戻ってきた。
湯船の水面は水が戻った衝撃でゆらゆらとゆれている。
私とクロエは、しばらく固まっていたが、足元ではそれ以上何も起こらなかった。
「くしゃみが原因かしら?今何が起こったのかわかる?」
「お嬢様、とりあえずこちらへ」
「あ、そうね。」
私は湯船をでて、クロエのそばに行く。
クロエがタオルをかけて身体を拭いてくれる。どこかに行っていた他の侍女達も戻ってきて、濡れた床などを吹いてくれている。
心なしか侍女たちが笑っているように感じたのは気のせいではないはずだ。
クロエはいまだに水が割れた場所をじっと見つめているが、何か起こる気配はなかった。
不思議な現象で忘れていたが、私は髪の毛を整えに来たのだ。当初の目的を果たすために、クロエを筆頭に、侍女たちに髪の毛を洗ってもらった。
水が冷たいことに関しては、あまり誰も気にとめていない様子を見るに、おそらくこの世界では行水が主流なのかしら、と考える。
そんなことを考えていると、あっというまに前髪の散髪が終わり、レティシアの美しい顔がはっきりと見えるようになった。ボサボサだった髪の毛は、香油でツヤを取り戻し、長くて顔がよく見えなかった前髪を、顎のあたりまで切ってもらい、センター分けに整えてもらった。
クロエはとても誇らしげだ。
「あれは一体なんだったんだろう。」
散髪が終わって自室に戻る最中、他の侍女もいなかったため、クロエに問いかけてみた。
「お嬢様、もしかすると魔力が覚醒したのかもしれませんね。」
クロエは少し興奮気味に答えた。
「魔力?ま?何ですって?魔力?」
「はい。お嬢様は由緒正しい公家の血を引いているのですから、覚醒してもおかしくはございません。近代史を見ると、公家のご出身に魔術師が少なくなってきましたが、それは古くに魔術師組合との分離が原因だと…。」
「ちょっと待って、魔術師がいるの…?」
クロエが流れるように話す中で、聞きなれない単語が頻出し、思わず聞き返してしまった。これ以上説明を続けられても消化しきれない。レティシアの記憶は、婚約式とエリザベスのことで大部分を占められており、それ以外のことはストンと抜け落ちているようだ。
「え?お嬢様も宮廷魔術師のオズワルト様には昔何度かお会いした事がおありかと思いますが?」
「そ、そうね。そういえばそうだったわ。でも、最近会っていないから……。」
「ふふふ、オズワルト様はレティシア様をかわいがってくださっていたのに、寂しがりますよ。」
クロエは、笑ってレティシアをフォローしてくれる。
これ以上は墓穴を掘りそうでクロエには何も聞けなかったが、この世界には魔力や魔術のようなオカルトめいたものが存在していることがわかった。でもこれは、大きな発見だ。今までの話から推測すると、魔力は誰にでも使えるわけではない固有技術のようなもので、だから魔術師という職業が確立しているということだと理解した。
(もしかしたらこれは、私の計画にだいぶ使えるんじゃない?本当に魔力が覚醒したのなら、魔術師になれるってことよね。そうしたら生活できるんじゃないかしら。)
私は少ない情報であれやこれやと妄想し、逃走計画の頭のメモに加える。同時に、情報収集が必要だ、と感じた。
「クロエ、魔力や魔術についての本があれば、明日部屋に持ってきてほしいの。今のが魔力だったのかも含めて、ちょっと調べたいと思ってて。」
「承知しました。ですが、陛下にお伝えしてオズワルド様をお呼びすることもできそうですが…。」
魔術のことは魔術師に聞く、という当たり前の提案をクロエはしてくれたが、エリザベスの話を聞く限り、公王様が私の味方とは限らない。できればこそこそ動きたいため、私はやんわりとクロエの提案を断る。
「宮廷魔術師様を呼ぶほどではないわ。今はまだ少し自分で調べたいの。」
「わかりました。数冊ほど見繕いますね。」
「ありがとう。」
クロエは特に疑問に思う事なく受け入れてくれた。
そして、自室に戻った私は、そのまま潜り込むようにしてベッドに入った。
なんだか、とても長い1日だった、と思う。
(レティシア、私はレティシアとしてうまくやってるよ…これからもね。)
私はそうつぶやきながら、眠りに入った。
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