第43話 サトゥルナリア祭の開幕

サトゥルナリア祭が始まる。

会場となるのは、街の広場だ。

お店を出店するための道具は、カナリアの物置に眠っていた。昔は人がいっぱいいたため、祭りにも参加していたのだ。


「よーし!儲けるわよ!」

私は食糧庫に保管していたワインを広場に持っていけるように準備していく。ガラス容器のほかに、ヨハンさんに作ってもらった樽でも作っていたのだ。それらをずるずると引きずりながら食堂まで持ってきた。


「はしたないですわ、レティシア。本来、貴族は汗水流して働くものではございません。」

「でもスカーレットは魔術師になってお金を稼ぐんでしょう?それはいいの?」

「わたくしは領民を守るために魔術師になるのであり、儲けるためではございません。」

「そうなのね。」

スカーレットはそう言いながらも、食堂で着々とティーセットを準備して、大きめの日傘まで持ち出している。広場まで持っていけるように、昨日クロエにバスケットを頼んでいた。売り子をするかはどうかわからないが、なんだかんだと売り場で楽しむ気はあるようだ。


その時、勝手口の扉が開いて、パウラが入ってきた。

「レティシア、スカーレット。孤児院のみんなを連れてきたよ。」

「おかえり、パウラ。みんな、ありがとう。今日は手伝いをよろしくね。」

「はーい!」


孤児院の子供達は、自分たちの教会の司祭様にあんな事件が起きたため、出店を取りやめようとしたらしい。あれからゲイリー司祭の横領はサミュア本国の本部にも報告され、追放に処されたそうだ。それから足取りはつかめていない。今イエールの教会の運営は、マイケル司祭が代わりを務めてくれているようだ。

孤児院にはパウラの同年代が多かったため、あの依頼からパウラは頻繁に孤児院に出入りするようになった。ジャンマルコもクロエも、お使いだと言って、パウラにおやつを持たせて孤児院に行かせていた。孤児院へのお使いの時のパウラの笑顔を見たくなると、大人たちが率先してお使いを言い渡すのだ。

パウラは、孤児院の子供たちが祭りに参加できないことを残念に思い、「孤児院のみんなも一緒に参加できないかな?」と提案してきたのだ。パウラからの提案は珍しいので、全会一致で参加が決定した。どうせワインは売れるだろうし、人手は欲しい。アルコールの香りに酔わないようにだけ注意して、ジュースとワインを売ってもらおう。


「なんだ姉ちゃん、食べ物はないのか?」

「こらっハンス!俺たちは手伝いにきたんだ!売り物を食ってどうするんだ。」

生意気そうな子供が一人、机の上の瓶と、樽を見て、がっかりしたような声を上げたが、年長者の少年に背中を殴られてた。年長者の少年は、孤児院でゲイリー司祭から殴られていたジョセフを助け出していた少年だ。確かアレンといったはずだ。アレンはパウラと同じくらいだろうか。


「ふふふ。心配ご無用よ!シノイの干し肉とタローのほほ肉の串焼きもあります!」

私はうきうきしながら宣言した。ワインと一緒に売るのだ。シノイの肉はもともと売ろうとジャンマルコと相談していたが、せっかくの祭だから、とタローの肉まで仕入れてくれたのだ。子供たちの「やったー!」という声を聴いて、準備してよかったな、という気持ちになった。


「みんな、ここにいたのか?荷車を借りて来たから、ルカを呼んできてくれ。」

「ここにいるぞ。」

そう言って、ジャンマルコの背後からルカが現れた。また窓から出てきたのだろう。

「うおっ。いきなり現れるな。びっくりするだろ。」

「そうか?」

「そら。お前の出番だよ。でかい樽だけ荷車に積んでくれ。あとはみんなで手分けして荷車に積もう。」

「わかった。」


ジャンマルコの指示のもと、荷物がどんどん積まれていく。大人の身長ほどもある樽は中が液体なので、バランスが悪い。ルカの風の魔術で補佐しながら運ぶことになった。

広場に着くと、様々な人たちが行きかっている。


「わぁ!すごい!」


噴水を中心に色とりどりの布をつけた紐が四方に括り付けられたり、道に花が並んでいたりしている。そして広場には簡単な舞台もできていた。


「あら、カナリアと孤児院のみんなも参加するのね~。」

ぞろぞろと街の広場を興奮気味に見渡す私たちを見て、花屋のマリアさんが声をかけてくれた。

「マリアさん。マリアさんは何か出すんですか?」

「うふふ。こないだ依頼を受けてもらった時に、ジャンマルコちゃんから種をもらったでしょう?その花を町中に置いているのよ~。」

「え!あの花全部マリアさんが準備したんですか?」

「そうなの。今年の祭のテーマは紫なのよ~。なかなかいいお花が見つからなくて、ジャンマルコちゃんに相談していたの~。きれいに咲いてくれてよかったわ。ありがとう。」

「いやいや、俺は種を見つけただけさ。マリアさんが育てた方が、山で咲いているやつよりきれいだよ。」

「まぁ~!ありがとう~!」


そんなやり取りをしていたが、スカーレットの「レティシア、そろそろ準備をしなくてはいけませんこと?」の声で、マリアさんとは別れ、出店の準備に取り掛かる。めんどくさいと言いがちのルカが、この日は機嫌がよいのか、重たいものを運ぶ子供たちに風の魔術で補助を与えて運びやすいようにしている。

初めて触れるリアルの魔術に、子供達はきゃっきゃっと騒いでいる。普段、協会と魔術師組合は、敢えて手を取り合う事などしないのだ。魔術具以外で魔術に触れることは、ままないという。


私たちは、設営準備を完了させた。

肉とジュースとワインを飾り立てた机の上に並べ、机の前には肉を焼くためのドラム缶と薪を準備した。


「あとは…。仕上げをするわよ。」


私は机の上にあるワインの瓶にツァーリをかざす。すると、ツァーリの先から瓶の周囲にピキピキと薄い氷の膜が張っていく。これで、冷蔵庫がなくても冷えたワインが提供できる。


ドラム缶に火をくべ、その中に長い串に刺さった一口大の肉を入れる。

私は肉にお手製スパイスをたっぷり振りかけた。一度カナリアで一口味見したが、キンキンのワインとの相性は悪くない。


「お姉ちゃん、うまく火が大きくならないよ。」

「あら。湿気っている薪があるのか、空気の通りが悪いのか…。」

確かに、着火剤代わりの落ち葉から薪に、なかなか火が移らない。


「ねぇ、スカーレット。魔力でこの位置まで火がくるようにできないかな。」

「わたくしの魔術をそんな事に使いますの?!」

案の定、スカーレットはご立腹だ。

「まぁ、まぁ。これを食べて。スカーレット。」

私は、火が通っていた先端のお肉を皿に盛り、スカーレットの口にぽいっと入れる。

スカーレットは、最初は「ん?」という顔をしたが、一口食べると口元を手で優雅に押さえ、「まぁ。」という顔をして見せた。


「仕方ありませんわね。どうせわたくし、こちらに座っているだけでしたし、火の番くらいやってあげますわ。」

「ありがとう、スカーレット。」


「レティシア姉ちゃん、このお店の名前はなんにするんだ?」

先ほどアレンに叩かれたハンスは、ちゃっかりと焼けたタローの肉を食べて至福の顔をしながら聞いてきた。

「そうねぇ。」

(店名か…。考えてなかったな。)

何か素敵な店名がないか思案していると、パウラがレティシアのスカートの裾を引っ張った。

「レティシア、カナリアにしようよ。いいでしょ?」

「ええ、いいわよ。」

シンプルで、素敵で、当たり前の、私たちのお店の名前だ。

パウラは、もくもくと土の看板を作り始めた。そこにはカナリアの文字が浮かび上がっていた。さらに、手足が生えて走り回っている。


「パウラ、文字を覚えたのね。えらいわ。」

ふふん、と自慢げに鼻をくすぐりながら、「孤児院で勉強してるんだ。」とパウラは言った。


こうして私たちのお店、カナリアには、氷で覆ったワイン瓶と、火柱がたつドラム缶、走りまわる看板にかわいい店員たち、という素晴らしいお店になった。


周囲の出店準備もそろそろ完了したようで、売り出しにかかっている店もある。

花屋のマリアさんは、出店回りの装飾依頼をいっぱい受けているようで、とても忙しそうだ。

宝石商のエリーさんは、普段は売り物にならないクズ魔石を加工して子供が手に入れやすい価格で売ったりしている。

喫茶ライラは本日休業の看板を出している。出店を楽しむそうだ。


広場が活気付き始め、中心で音楽が鳴り始めると、祭りの開始だ。広場では音楽がなり、みんながダンスを踊る。この街に伝わる伝統のダンスだそうだ。


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