第42話 アマルワインの試飲
翌日には、アマルの実の濃い赤色が綺麗に透き通ってでてきた。澱はしっかり沈殿している。
「まだ熟成させてないから刺々しいかもしれないけど、できたわ。パウラはまだ飲めないけれど…。」
私はちらりとパウラを見る。パウラは見た目は10歳前後だ。公国では18歳からナールを飲めるようなので、それに準ずるべきだろう。
「えぇ!ぼくはいくつになったら飲めるの?」
「あと8年かしら…?」
「そんなに?」
パウラはがっくりと肩を落とし、机に突っ伏す。ここ数日、パウラが一番一生懸命かき混ぜてくれたのだ。それはそれは残念だろう。
「でも大丈夫。パウラ用にジュースも作ったわ。」
「本当?ありがとう!」
少し不服そうだが、自分にもあると知り機嫌を直してくれたようだ。
私は、大きいガラスの容器へお玉を入れて、コップにワインを注ぐ。
「これがワインか?見た目ジュースと変わらないな。」
無関心風を装いつつも、好奇心旺盛なルカが、コップに入ったワインをくるくると回して観察している。
「わたくしは不可解なものには口をつけませんことよ。先にどなたかお飲みになって。」
スカーレットは、完成品を見ても警戒している。
「じゃあ俺がいこうかな。」
そう言ってジャンマルコがコップのワインを一気に飲み干す。
「これはうまい!!」
空になったコップを音がなるほどの勢いでテーブルに置きながら、興奮した目で私をみる。
「少しもったりとした舌触りと、アマルの果実の甘さがさらに濃くなって口の中に広がり、最後にはちょっとした渋みだ。それに、ナールとはまた違ったアルコール臭っていうのか?それが鼻を抜ける。」
ジャンマルコは饒舌に語る。そして、目の前のテーブルをものともせず、身を乗りだしてレティシアに顔を近づけた。
「これは、売れる!」
ジャンマルコが高らかに宣言した事で、皆がごくりと唾を飲む。間近にあるジャンマルコの顔にびっくりしながらも、私はお礼を言った。
「あ、ありがとう、ジャンマルコ。」
「ジャンマルコ、近いぞ。」
すると、ルカが興奮冷めやらぬジャンマルコの顔を、私の目の前からひっぺがした。そして、自分のコップに口をつける。
ワインを口にふくみ飲み込んだあと、ゆっくりと目を見開く。
「……うまい」
ルカはそれだけ言うと、無言で椅子に深く座り直し、もう一口のんだ。
「私もいただきます、お嬢様。」
「わ、わたくしも。いただきますわ。」
クロエは、少しわくわくしながら。スカーレットは少し緊張しながら、ワインを口に含む。
「美味しい!」
「わ、悪くないですわね。」
それぞれに感想を言うと、クロエもスカーレットも手元のワインをじっと見る。
「よかったわ。うまくできるか自信なかったけど、みんながそう言うなら売れそうね。」
私は安心した。実はちょっとうろ覚えだったし、衛生面も心配だった。このまま祭で出せそうでよかった。
「ジュースも美味しいよ?」
パウラは、みんなの反応をみて不貞腐れながら、ちびちびとジュースを飲む。
「もう一杯欲しいな。」
ジャンマルコはワインの容器に手を伸ばす。
「待って、待って。ジャンマルコ。祭の出し物なんだから。」
「おっと。そうだな、そういえば祭だった。」
ジャンマルコば残念そうに伸ばしていた手を引っ込める。
他のみんなも、心なしかしょんぼりしている気がする。しかし、ここは心を鬼にしなければならない。そんなに量を作っていないのだ。
私は皆の視線を無視して蓋を厳重に閉める。
「みんな、ジュースも美味しいよ…。」
パウラが、寂しそうにみんなの顔をみる。
「あぁ、そうだな。」
ジャンマルコがニカっとしながら、くしゃくしゃとパウラの頭をなでる。
「でもパウラ。ジュースも売り物だから、お預けよ。」
私がそういうと、パウラは、「わかってるよ。」と言って、自分で手際よく蓋を閉め、食糧庫の棚まで保管しにいく。
「レティシア、いくらで売るんだ?」
ワインを一杯堪能したルカが、こちらを見て質問した。
「そうなのよね。いくらがいいかしら?ナールが確か、400レル?」
「そうだ。これは一杯800レルで売れ。」
「倍にするの?原価はそんなにしないわ。」
「大丈夫だ。売れる。」
ルカはふっふと不敵に笑っている。
「来週のお祭り、楽しみだね。」
戻ってきたパウラはルカの不気味な笑いに気が付かず、満面の笑みでそう言った。
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