第44話 頭の上がらないお客様

ジュースとワインは順調に捌けていった。

子供にはジュースを売り、大人にはワインを売った。ワインは口コミですぐさま話題となり、店の前には長蛇の列ができた。中にはそれを見て、店番をすっぽかしてくる人たちもいた。


「これはいいな!どう作るんだ?」

「企業秘密ですわ。」

「俺の店でも出したいんだ、卸せないか?」

「無理ですわ。」


アルコールで多少陽気になった人たちが、店の前に押し寄せてきたが、スカーレットが店頭に仁王立ちになり、目が座った状態で素気無く追い払っている。スカーレットの片手にはワインがあるため、スカーレットも少し饒舌で、テンポが軽くなっている。


その人だかりをすり抜けるようにして、背の高い人物が3人がやってきた。そのうち2人はルカとジャンマルコだ。中央にいるもう一人は女性で、少し年配に見える。組合のローブを着ているので魔術師だろうが、ローブにはいろいろな装身具がつけられていて、何やらものものしい。彼女は背筋がピンとのび、すさまじい貫禄でこちらに歩いてくる。


「お嬢さん。私にも、そのワインとやらをもらえるか?あと肉も少し。」

ルカ達を連れ立って歩いて来た女性は、グレーの髪を後ろで緩くまとめており、長い杖をついて歩いてくる。その容貌は中性的で、低くてよく通る声と相まって、一瞬壮年の男性を思わせるほどだ。

その人物の注文を受けてよいのか、ちらっとルカとジャンマルコを見ると、あげてくれ、といった様子で頷かれた。

「はい。ワインは適量を守ってください。飲みすぎるとよくないので…。」

「その氷はお嬢さんが維持してるのかい?」

「ええ。ワインを冷やしたくて。」

「この火柱は?」

「ああ、これはそこにいるスカーレットが…ってスカーレット?!」

「にゃにかしら?」

「大変!いつの間にかスカーレットが酔っぱらってるわ!」


先ほど仁王立ちをしていたスカーレットは、前に後ろにぐらんぐらん揺れて、直立していない。少し目を離した隙に、一気に来たようだ。コントロールを失っているのか、炎柱も勢いを増している。

「スカーレット姉ちゃん、肉が焦げちゃう!」

子供達もふらつくスカーレットを正気に戻させようと試行錯誤だ。


「あれは、大丈夫なのか?」

グレーの髪の女性はスカーレットをまじまじとみる。


「大丈夫じゃ…あ!倒れる!」


その瞬間、スカーレットの周りで一陣の風が巻き起こり、スカーレットの上体が起き上がる。

ルカがやったのかと振り返ると、長い杖が少し動いていた。どうやら形は違うが、あれもツァーリのようだ。

それにしても、スカーレットが倒れてから、魔術が発動するまでのタイムラグがなく、とても均一で静かな風であることがわかる。


ジャンマルコが出店の中に入り、「大丈夫か?」と言いながらスカーレットを支えた。ドラム缶の炎柱は消えており、スカーレットはすぅすぅと寝息を立てている。


「スカーレットちゃん、酔っ払っちゃったのか?」

ジャンマルコは心配そうに、こちらを見る。

「そうみたい。そんなに飲んでるとは気がつかなくて…。」

「わかった。一旦俺はスカーレットちゃんをカナリアまで運ぶよ。ルカと組合長はここでワインでも飲んでてくれ。」

「ジャンマルコ、ちょっと待て…。」

ジャンマルコは、ルカが止める間もなくスカーレットをお姫様抱っこして帰って行った。

「ルカよ、残念だったな。」

組合長はにやっと笑って、愕然とするルカを見た。

「裏切りもの…。」

ルカは組合長に見えない角度で苦々しい顔をしてそっと暴言を吐き出した。

組合長は、ルカに「聞こえてるぞ。」と一言添えた後、私に向き直ってもう一度ワインを注文した。

「あ、はい、すいません…。でも、あの組合長って。」

私はグラスにワインを注ぎながら、一連会話で得た疑問をぶつける。

「自己紹介がまだだったか?魔術師組合で組合長をしている、ヘレナだ。」

組合長はさらりと挨拶をして、ワインを受け取った。

「王都からいらっしゃったのですか?わざわざ?」

「教会を爆発させたり、教会の膿出しを率先したり…だったか?修理費を見て、少し会いに来てやろうと思ってな。」


(ひいー!)

私は心の中で悲鳴をあげた。

「その節は大変申し訳ございません…。」

確かに、ジャンマルコは気にするなと言ってくれたが、結構なお金がかかっているはずだ。


「まぁよい。使い方はどうかと思うが、よく修行している。そこの動く看板は、その子供の魔術か?よくもまぁ、こんな変な弟子を集めたものだな。」

「違う。集まってきたんだ。」

組合長がちらとルカを見ると、ルカは不機嫌そうに反論した。

「ちょっと待ちなさい。少なくとも私は集められた方よ。」

さも勝手に集まって来たように言うルカに、私もすかさず反論する。ルカは、そういえばそうだったか?というように首を傾げ、「お前も王都から逃げたがっていたじゃないか。」というふうに言った。

「くっくっ。ルカがこんなに感情をあらわにするのは久しぶりだな?」

私たちのやりとりをみた組合長は、口角をあげて静かに笑う。その笑顔は、ルカやジャンマルコが逃げだしたいと思うような豪快な人物の表情には思えないほど穏やかだ。


「お前が弟子とうまくやっているようで安心したよ。ワインをありがとうお嬢さん。ルカ、せっかくだから広場で付き合え。」

「えええ…。」

組合長はワインを受け取ると、不服そうなルカを誘って広場に消えて行った。


――――――――――――――


「レティシア姉ちゃん、もう肉はないから、火は大丈夫だよ。」


肉の番をやっていてくれていたパウラとアレンがひと段落といった形でふぅっとため息をついた。


「ありがとう、皆。ワインももうちょっとでなくなるかしら…。なくなったら私たちもお祭りを楽しみましょう。」

「はーい。」


そんな事を言っていると、ワインも肉も、もうすぐ日が暮れるという頃には売り切れてしまった。街に灯りはともっていて、まだまだ祭りは続きそうだ。お酒は夜に売った方がよかったかもしれない、と少し反省しながらも、子供達が手伝ってくれていたから、仕方がない。


「片付けが終わったら解散よ。暗くなるまであと少しだから、みんなで遊んできて。」

「はーい。」


リッキーが千手観音のように片付けをはじめ、店は一瞬でたたまれた。子供達は達成感でいっぱいの笑顔をしながら、広場に一斉に向かっていく。皆で一緒にダンスを踊るそうだ。パウラと私は、売り子の合間にイエールの伝統的なステップを教えてもらったのだ。


(さて。私も祭りを楽しもうかな。)

私はパウラたちのダンスを見ようと、広場へ向かった。


「レティシア。」

「はい?」

私は、名前を呼ばれて振り返ると、組合長が立っていた。女性にしてはすらりと背が高く、真後ろに立たれると見上げる形になった。


「すまない、ルカの弟子よ。急ぎ帰らなければならなくなった。ルカを頼んでいいか?」

「へ?」

組合長にそう言われて、先ほどまでルカと組合長が座っていたテーブルに目をやると、ルカがに突っ伏している。


「なんで?そんなに飲んでないですよね?」

私はびっくりして思わず声がひっくり返った。ルカは確かにあれから何杯かおかわりをしに来たが、一緒に飲んでいた組合長はけろりとしている。


「ああ、もともと酒に弱いんだろう。ナールは嫌ってあまり飲まなかったからな。ああなるのは初めてだ。」

そう言い残して、組合長は「では、よろしく。」といって帰ってしまった。風の魔術で行けるところまで行くそうだ。

組合長を見送った後、テーブルに突っ伏しているルカを見ながら、さて、どうしたものかと思案する。



「そもそも大の成人男性を18の少女がどうやって運べば…。風の魔術師でもないのに…。」

肩は静かに上下しているので、呼吸は問題なさそうだ。私は少し強めにルカの上半身をゆすってみる。


「ルカ!起きて!」

「んんん?レティ…ティアー?」


倒れていた上半身が起きたはいいものの、呂律は回っていないし、目も半分開いていない。

とはいえ、素材が超弩級に良いルカだ。目が空いてないからまつ毛が頬に影を落とし、その頬も血色よく上気している。少し乱れた髪も合わせて色気たっぷりだ。


「ルカ、カナリアへ帰るわよ。」

「組合長…?」

「組合長は用事ができたらしくて帰ったわ。」

「そうか…。」

ルカはそう言いながらふらふらと立ち上がる。


そして、急にルカに抱きしめられた。

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