第45話 ルカの失態
「どどどどど、どう、どうしたの?!」
私はいきなりルカに抱きつかれて、驚愕する。女性嫌いの人嫌いなルカだ。いつもなら絶対にとらない距離感と腰に回された腕に、私がどうしていいかわからない。
「お前を守る…。」
「守る…?何から?」
首が座っていないのか、肩にルカの頭がずっしりと乗っかってくる。そのまま動いてしまうと、ルカが膝をついて倒れそうで、私は突っ張り棒のように身体に力をいれる。
「守れって…。」
「守れって誰に言われたの?」
「言われてなくて…。」
(ダメだ、まともに話ができない。)
「そうね、ありがとう。私だけじゃなくて、みんなを守って欲しいわ。」
私は子供にあやすように適当に会話することにした。
「わかった…。みんな、守る。」
そう言いながら、ルカは腕に力を込める。
「ルカ、痛いわ。少し離れましょう。」
「はなれる…」
そう呟くと、私はそのまま、フワッと身体が浮き、ルカに身体を支えられながら、上空へ向かって飛んでいく。みるみるうちに街が小さくなり、煌々と輝く広場が足元に見える。
「待って?!地面から離れるって意味じゃ…!」
ルカは酔っ払っているからか、空中でもふらふらと安定しない。落ちないように手を繋ぎながら、あっちにいったりこっちにいったりと、さしづめダンスのように縦横に踊る。
「ひゃああああぁ…!」
気がつくと、広場の光が豆粒くらいになったところでルカは止まった。
「離れた?」
「そ、そうね。でも寒いからゆっくり降りましょう。」
残暑の厳しい季節だが、夜の上空は流石に寒さを感じる。酔っ払いに上空の主導権を握られたくなくて、私は降りるように促す。
「寒い?」
そう言いながら、ルカはより強く抱きしめてくる。
「待って!待って!」
男の人に抱きしめられるなど、葵の時でさえ経験のないことだ。ジャンマルコのように筋肉隆々ではないが、ルカも長身でほどよく筋肉がついている。初めてのゴツゴツとした感触に、少しだけ緊張している自分がいる。
「わかった。わかったわ。降りましょう、ルカ。カナリア!カナリアに帰るわよ。」
ルカはカナリアという声を聞いて、少し頬が緩む。そして、ツァーリの先端をくいっと揺らすと、カナリアの方角へと風がゆれた。
「そうよー。いいわね。」
私はいつルカの魔力がスカーレットのように切れるのか、ヒヤヒヤしながら、上空を移動する。これで落ちたら冗談じゃない。ルカの作り出す風にのりながら、私もそっとツァーリを手にする。
ほどなくして、私たちはカナリアの上空についた。その間にも何度かルカは寝そうになっており、上空で急降下と急上昇を繰り返した。
「ルカ、ゆっくり降りて。」
「ゆっくり…。」
ルカは一言そう呟くと、瞼を閉じ、ふっと意識が途絶えた。それと同時に身体を支えていた風がふっと消える。
「待ってええええええええ!」
私は落下のGを感じ、悲鳴をあげた。
意識のないルカの袖を左手で掴んで、絶対離すか、と力を込める。右手にはツァーリを持ち、意識を集中させる。本当であれば、いつも持っている試験管に入った水を媒体にしたいところだが、緊急自体だ。
ツァーリの先から30メートル四方の球体まで意識を集中させる。
「でええええええーい!」
私はありったけの魔力を放出させた後、ツァーリの周囲に凝集をイメージする。
すると、ツァーリの先端から、飛行機雲のように上空に向かって伸びる白い靄が発生した。
「よし、もう少し…!」
私はより集中して、飛行機雲をより凝縮させる。みるみるうちに雲は濃くなり、水の柱が完成した。まるで天高く登るような水龍が完成した。
「できた!」
私は大きく腕を振り、ツァーリから延びる水龍を落下方向へと向ける。そして、水龍はくるくると弧を描くように回転し、バネのように地面に向かう。もうすぐ地上が見えてきたというところで、私は魔力を水龍へ集中させた。
「いけえええええ!」
水龍は掛け声と共に、地面に垂直に叩きつけられた。ただ普通の水のように拡散はせずに、地面へぶつかった反動で球体へと変化し、バネの弾性力と極限まで高められた水の浮力が私たちを落下の衝撃から守ってくれた。
「あばばばばー…。」
水の中で盛大にため息をついてしまい、ぶくぶくと泡が出る。魔力を解くと、水球がバシャと音を立てて崩れ、地面へ吸い込まれていった。
「けほっケホっ。よかった…生きてる…。」
「ゲホッ!ゲホ!」
横を見ると、少し水を飲んだルカが咳きこんでいる。
「なぜ…?ここに?組合長は?レティシア一人か?」
少し酔いが覚めたのか、あたりの景色を確認した後、状況を確認してくる。この様子だとさっきまでの出来事は覚えていないに違いない。弟子に抱きつきながら空を散歩して落ちそうになってましたよ、なんてルカが戸惑うだけだろう。なんなら信じてくれないかもしれない。
「そうよ。少し酔っ払ってたようだから、水をかけただけ。さぁ、カナリアはすぐそこだから、帰りましょう。」
「あ、あぁ。」
まだあまり正気に戻っていないルカの服を引っ張り、私たちはカナリアへ帰った。
その時、すっかり暗くなった上に、壮大な水魔術で少し乾燥気味の夜空に、パチンパチンと小さな火花が連鎖的に広がっていった。
出所を探ると、どうやらスカーレットの部屋だ。窓からフゥが顔を出しているのを見るに、フゥがやっているんだろう。
「きれい。花火みたい。」
「はなび?」
「ええ。火でできた花みたいでしょ?」
「あぁ…確かにな。これは初めて見る。精霊の力か…。」
「なんとなくだけど、フゥのお遊びだと思うわ。」
私は尻尾をふりふりと上機嫌のフゥをみて、そう感じた。
私とルカは、しばらくその花火を見上げながら、ゆっくりとカナリアへと歩を進めた。
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